5章15話『生きた魂』
日本時間午前2時58分。アルゼンチンの草原に立つ506人の戦士は皆、1分42秒後の戦闘開始に備えて最終調整を行っていた。
「ふ〜、今日は一段と風が強いね〜」
シュルバは弱い向かい風に髪をなびかせながら夜空の星を見上げる。
ヒロキは刀を砥石でよく研ぎ、レイナとアリスはサブマシンガンに弾を詰め、シュルバはスカートをめくった太ももに、アルトは上着の裏側に、それぞれナイフの替えを貼り付ける。
ルカは5人とは遠く離れた場所の木の上からスナイパーライフルのスコープを調整する。
全員の士気は高まっていた。
「Replica、起動します」
ペルセウス本部から遠隔操作されたReplicaは草原を全て包み込み、死の概念を消し去った。
「10……9……8……7……」
ペルセウス達の最後尾にいる霧島のカウントの数字が少しずつ迫っていく。
「3……2……1……」
霧島は拳銃を空に向けた。
「戦闘開始!」
パンッ!
乾いた銃声は草原一体に響き渡り、何百mも離れたアルタイルにもその音が聞こえた。
ペルセウスの最初の小隊は約80人程。全員剣を持って真っ直ぐに突っ込んでくる。
その後ろから120人程の弓兵。さらに後ろには100人程のスナイパー。
最後の200人はペルセウス内の戦力ランキング上位200人。ほぼ全員近距離用の武器を装備している。もちろん、その中には戦力ランキング2位の霧島、1位の矢野も含まれている。
対するアルタイル。
戦闘を独走するのはヒロキ。刀による近距離とハンドガンや"破壊"による中・遠距離の攻撃手段を持つ、アルタイル内最強の男。
彼を背後から追うのはアリスとレイナ。主にヒロキの支援、及び中距離の敵の対応。
さらに後ろにはシュルバとアルト。ナイフを軸とした攻撃を主とする、敵の妨害役。
最後尾、500mほど離れた所からライフルで狙撃を行うのはルカ。幼いながらも、武器の制作で培った繊細な操作で前の5人が対応しきれない敵の殲滅を行う。
以上がアルタイルの基本陣形。後に『ヴァルハラ』と呼ばれる戦闘陣形だ。
「さっそくお出ましか……」
ヒロキは刀を抜いた。
次々と向かってくるペルセウス達の剣の攻撃を、体を右へ左へ動かしながらかわし、直後体勢を崩した所を刀で一刀両断する。
かと言ってその攻撃の直後をペルセウスに斬られるかと言ったら、そうではない。
仮にそんなことをしてみようものならばすぐにアリスやレイナが対応するからだ。
この戦闘においてヒロキはかなり重要な役割を担う。退場されては困るのだ。
「団長、今どんな感じだ?」
矢野が隣の霧島に話しかける。霧島の持つタブレットには無数の緑の球といくつかの赤い球が写っている。緑の球は画面上の方から少しずつ数を減らしており、赤い球は徐々に下へ降りてくる。
「どうやら前線の団員達はバタバタと倒されているようです。これは第二部隊を動かす必要がありそうですね」
「了解だ」
矢野は小さな黒い通信機を取り出した。
「第二部隊、準備開始」
矢野の声はペルセウス達が耳に装着するイヤホンを通じて耳に入った。
ペルセウスの、そして、彼女の。
「第二部隊、準備開始」
その言葉を聞いたのは木の上で銃を構える幼女だった。自分のすぐ近くの枝に貼り付けておいた無線機はペルセウス用の無線をキャッチしてそれを伝えた。
そして今度はルカが一発の花火に火をつけた。
「たーまやー!」
ルカの手元から放たれたロケット花火はアルタイル達の頭上の空で紅く丸い光を放った。
これが合図だった。
シュルバとアルトは走りながらお互い胸元や背中から灰色の球を取り出す。ポケットから取り出したライターで球の導火線に火をつけ、即座に前方に投げた。
導火線はヒロキ達の少し前で燃え尽き、火は球に引火した。途端にプシューと煙が上がり辺りを白く包んでしまう。
「うわっ!何だこれ!」
「クソッ前が見えねぇ…………」
煙幕に包まれて辺りが見えなくなったペルセウスは自分の身を守りながら煙幕が消えるのを待つことしかできなくなった。
しかも煙幕の影響で弓兵やスナイパーも迂闊に狙撃できなくなった。間違えて仲間を倒してしまうかも知れないからだ。
「これは……計算外でしたね」
天にモクモクと登る煙を見た霧島は悔しがりながら、同時に楽しみながら、そうつぶやいた。
「でもこれではアルタイル達も攻撃できない。そこまで警戒する必要はないんじゃないか?」
「確かにそうですね。それに…………」
霧島は右手首の時計をチラリと見る。短針は既に3時と4時の間を指していた。短いように感じるが、もうかれこれ1時間以上戦っているのだ。
「あと2時間ほどでしょうか」
霧島は目だけで矢野を見る。矢野は微笑みながら頷いた。
「それにしても、なぜこのタイミングで煙幕を使ってきたのでしょう?」
「矢を撃たせないため、じゃないか?」
「だとしても、彼女らなら我々の矢なんて簡単に避けられそうにも思えますけど…………」
「そんなわけないだろ?」
矢野は口に手を添えた。
「彼女達だって人間だ。たとえどんな凄い能力を持っていたとしても、何百本と飛んでくる矢を避けきるのは無理だろう」
「なるほど…………でも、このままではあちらも攻撃できない。どうするつもりなのでしょうか」
煙の中のヒロキは満を持してその作戦に出た。
彼は刀を自分に向け、肩から腰まで1本の傷をつけた。流れ出る血液は体を伝って地面に落ち、そしてペルセウス達の血と交わる。
ヒロキは刀を目の前で縦に構えた。刀を握る両手はプルプルと震える。それと同じように、足元の血たちも不規則に揺れていた。
そしてその血は1つの塊になり天に昇っていった。
ヒロキはそれを確認し、刀を天に掲げた。
「いっっっっけぇぇぇえええええ!!」
ヒロキは声と共に刀を振り下ろした。それと同時に血の塊は爆発し、地上には破壊能力を持った血液がまるで雨のように降り注いだ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
これで勝っただろ…………と仰向けに倒れるヒロキ。彼にはもうまともに戦えるほどの体力は残っていなかった。
「これは……予想外でしたね」
と霧島。
「あぁ……まさかここまでとはね」
矢野も驚きを隠せないでいる。
しかし。
「あと250人。ヒロキさんが倒れた今のアルタイルなら十二分に倒せる人数です」
ペルセウスは全滅していなかった。
ヒロキの渾身の一撃、もちろんそれは恐ろしい火力を叩き出し数多のペルセウスを葬った。
しかし、風が強いせいか血は第三部隊の前の方にまでしか命中せず、後方に250人も残してしまった。
「ダメだ、まだペルセウスは残ってる!」
シュルバは焦った様子でアルトに語りかける。
「…………なぁシュルバ」
対してアルトは冷静だった。
「今俺らが劣勢なのって…………人数の差が広いからだよな?」
「え?……まぁ、そうだね」
「じゃあよぉ…………」
アルトの左腕が膨らんでいるのが目に取れた。
「今から俺が、人数比ぶっ壊してやるよ」
ビリッと音を立てて破れたアルトの上着。その下にあった彼の腕は筋肉が少しばかり盛り上がった勇ましい腕だった。が、今目に入るのはそれではない。
彼の腕を中心に、銀色の棒がぐるぐると回転していた。まるで太陽の周りを回る星のように。
「…………記念すべき1人目はアルトに取られちゃったか〜」
ゆっくりと止まった銀色の棒はアルトの腕に突き刺さった。
しかし、文字通り痛くも痒くもない。それどころか、体の内側から力が湧いてくるようで、心地よくすらあった。
「…………ファントムだ。出せる限り出せ」
「行けるの?」
「行けるか行けないかじゃねぇ、行くしかねぇんだよ」
シュルバは覚悟に満ちた目をしたアルトを見て胸を躍らせながら、スマホを取り出し操作する。
「よしっ!ファントム召喚♪」
そう言ってスマホの画面をタップしたシュルバ。同時に彼女らの目の前にファントムが現れた。
「まっだまだー!」
シュルバはさらに画面を連打する。1タップに1体現れるファントムはあっという間に250という数字を越えた。
「はぁぁあああああ…………!」
アルトは体を低くし、全身に力を入れる。見開いた目は血眼になり、口からは真っ赤な血が垂れる。
次の瞬間だった。
「うぉらぁあああ!!!」
アルトが背筋を伸ばして叫ぶと同時にファントムが一斉に動き出す。しかも、まるで生きている人間のように。
「アルトの2つ目の能力…………名付けるとしたら、『生霊』」
生霊。
自分の魂を分離し、他の生物やファントムに憑依することができる能力。
「これで今度こそ…………勝ったな」
生きる魂の前に朽ち果てたペルセウス達の骸を見て、アルトは"生霊"を解除した。
汗をダラダラと流しながら地面に座り込むアルト。乱れに乱れた息を少しずつ整えながら、目をよく凝らす。
「まさか…………」
アルトがたった今気づいた出来事。シュルバは当の昔にそれに気づいていた。
「ふふっ♪なーんか俄然楽しくなってきたね〜!」
視界の先にいたのは、紛れもない霧島と矢野だった。




