5章14話『特訓』
「むぅ〜…………」
困り顔のシュルバは自室の机に突っ伏して唸っていた。
「ゴーストを倒せるくらいにまで強くなる方法…………なかなか思いつかないもんだな〜……………………」
そうは言っても彼女なりに案は出したのだ。
例えば、『神の領域』に行って神相手に戦闘を行うか。
いや、そもそも7柱は以前アルタイルがほぼ全員殺してしまったし、7柱以外の神を殺しても今のアルタイルに手応えは無いだろう。
唯一生き残っている7柱のクロノスにも協力を煽ったが、
「私は元々7柱ではないので、元の戦力がありません。戦ったとしても今のアルタイル程度の力しかないですよ」
と。だとしたら、実質的な6vs1なので意味はない。
ではPhantom:MONSTERを使って修行するか。
とは思ったもののMONSTERの弱点がわかってる以上、攻略は簡単だ。
しかもゴーストは人間。MONSTERのような巨大な敵を相手にしてもゴーストと渡り合う力はつかないだろう。
ならば普通のファントムを使ってみようか?
しかしそれは以前試したことがあるが、ファントムは人間が操作しない限り一部の決まった動きしかできないためまともな修行にならない。
却下。
と、このようにいい案が思い浮かんでもすぐに問題が発生して却下になってしまう。
それでも何とか知恵を絞り出して特訓方法を模索するが、やはりこれも打ち消される。
そんなルーチンを繰り返して、もう1時間も経った。
それを見かねた彼女はシュルバの部屋をノックした。
「あ、どぞー」
キィ……と音を立てて入ってきたのは飲み物を持った矢野だった。
「調子はどうだい?シュルバ」
シュルバは差し出された飲み物を受け取る。
「行き詰まってますね〜…………思いつきはするんですけど、どうも問題が多くて……」
「難しいものだよね、特訓って…………」
シュルバは深く頷く。
「なんか手っ取り早く且つ効率的な方法…………」
シュルバはふと矢野の顔を見た。
「あーーーー!」
突然大声を出して立ち上がるシュルバに驚いて身を引く矢野。
「わっ。どうしたんだい、いきなり」
「矢野さん!葵ちゃんって今どこにいますか?」
「団長なら、多分ルカの作業室だと思うけど」
「わかりました!ありがとうございます!」
シュルバは活気に満ちあふれた顔で部屋を飛び出した。
一方、ルカの部屋では。
「うーん……もうちょっと、かるくできないかな?」
「結合部付近をもう少しドリルで削れば軽量化できるのではないでしょうか?」
「なるほどー、やってみる!」
ガガガガガガガガガガガ。
鉄の粉が辺りに散らばり、"それ"は少しずつ削られていく。
シュルバが部屋に到着したのは、そのくらいのタイミングだった。
「あーいたいた!」
「あらシュルバさん。どうしました?」
「ちょっと葵ちゃんに、いや霧島団長に頼みがあってさ」
「霧島団長としての私に頼み?」
シュルバは頭を下げた。
「レプリカ貸して下さーい!」
霧島は驚いた。もちろん貸さないわけはない。しかし驚いたのはそこではない。
「なぜ、レプリカを?特訓に使うって検討はつきますが、アルタイルの皆さんは死んでも転生機で蘇る訳ですし、わざわざレプリカを使う必要はないのでは?」
「えっとそこなんだけど…………実はこれとは別に霧島団長に借りたいものがあって……………………」
それを聞いた霧島は驚きと同時に好奇心が湧いた。
「なるほど…………これまた、斬新な発想ですね」
「レプリカ、持ちますか?」
「もちろんです。なにせ我々の英知の結晶ですから」
霧島は少し悪そうに笑った。
そんな霧島の服をちょいちょいと引っ張る少女は銀色に輝く輪を持っていた。
「ねね!かるくできたよ!これでだいじょうぶかな?」
ルカが霧島に手渡した輪には紅い宝石のようなものが埋め込まれていて、その反対側には『凹』や『凸』の形をした結合部があり、さらにその宝石と結合部の中間地点には溝がある。これを引っ張ると少しだが輪が広がると言った、伸縮機能まで完備していた。
「にしてもルカちゃんの作るものってほんとに完璧な仕上がりだよね」
「えぇ、本当に。求めていたものをその通りに、いやむしろそれ以上にしてくれますからね」
2人の会話の横でルカは顔を赤らめ照れていた。
「えっと、6こだったよね?ぜんぶつくってあるよ!」
「なんかもうルカちゃんが神々しい」
その夜、夕食を食べようと食堂に集まるアルタイル達6人。シュルバは彼らを一時的に集め、目の前の机にアタッシュケースを置いた。
開かれたアタッシュケースの中には例の輪が合計6つ、黒いスポンジに囲まれながら存在していた。
「それは…………?」
「これは腕輪なんだけど…………まぁ、ただの腕輪じゃないのはわかるよね」
「一体何に使うんだ?」
「それもまだお楽しみってことで!あ、ちゃんとつけておいてね!」
「あ、あぁ…………」
アルタイル達はよくわからないまま銀色の腕輪を装着した。
「じゃあ本題に入ろうか」
シュルバはタブレットを取り出し、とある画像を開いた。
画像はどうやら写真。その写真には段差のない平たんな場所に短いながら草が生えている、いわゆる草原の画像だった。
「ここはアルゼンチンの方にある、パンパって呼ばれる草原。今日の夜中、ここで特訓を行う」
「随分と広い場所だな。ま、ここなら特訓にはうってつけってわけか」
アルトは半分問いかけるようにシュルバに目を向ける。シュルバはアルトを見て、少し笑った。
「えぇ。これだけ広大な草原は大規模戦闘にはうってつけの場所よね♪」
ヒロキはその単語を聞き逃さなかった。
「大規模戦闘?」
「今回の特訓の目的はゴーストと渡り合えるような力をつける事。そのために葵ちゃんがレプリカを貸してくれることになったの」
「レプリカ?必要か?」
「必要だよー!だって今回私達が戦う相手は、過去最多クラスの人数だもん♪」
霧島はつかつかと白い廊下を歩きながらため息をついた。
「私がいない間にこんな大変なことになってたとは…………矢野さん、申し訳ありません」
ペルセウス本部に到着した霧島と矢野が初めて目にしたのは、慌ただしく駆け回るペルセウス達だった。
『ペルセウス内の騒動』
今の2人の認識はそれだ。霧島も矢野も事態を小さな騒動程度にしか捉えていない。
2人はまだ失われた子供たちを知らない。
それが自分達の敵だと知らない。
霧島は騒動を矢野に任せてペルセウス達を緊急でホールに集めた。総勢500人程が中学校の体育館より2回りほど大きいホールにまとまった中で霧島はマイクを取った。
「明日午前3時、アルゼンチンの草原においてレプリカによる戦闘を行います」
挨拶もなしに告げられたその一言にペルセウス達はざわつく。
「まぁ落ち着いてください。この戦闘はあなた達も望んでいることのはずですよ」
霧島は声高らかに宣言した。
「その戦闘の内容は、私を含めるここにいるペルセウス全員+副団長矢野京子対オルフェウス殺しのアルタイル6人。500vs6の大規模戦闘です」
ウォオオオオオオオ!!!
ペルセウス達から歓声が上がった。
ペルセウス内で噂されていた、偽りの神オルフェウスを討った少年少女達アルタイル。
彼らとついに相見えることができる。
ペルセウスのボルテージは最高潮だった。
「準備はできました。では、期待してますよシュルバさん」
霧島は優しく、そして恐ろしく笑った。




