5章13話『ロストチルドレン』
海に浮かぶ豪華客船。
潮風が心地よく吹く星空の下で、矢野はふうっと煙を吹いた。
「矢野さん…………少し、よろしいですか?」
「あぁ、団長。どうしたんだぃ?わざわざ話しに来るなんて珍しいじゃないか」
「えぇ、少し気になることがありまして……」
霧島は矢野の横に立った。手すりに寄りかかりながらタバコを吸う矢野は霧島のまっすぐな表情を見て、事態の深刻さを実感した。
「先程、例の男……ゴーストについてアルタイルの皆さんからお話を聞きました」
矢野は相も変わらずタバコの煙を吐く。
「彼、ゴーストは…………『VG』です」
矢野は耳を疑った。
「VGって……オルフェウスが指揮を取っていた時代に殺戮行為をしていた……………………」
「はい、その『VG団』です」
矢野は「そうかい…………」とあくまで平常を装いながら、震える手でタバコの火を消した。
「でもVG団は私と団長が…………」
「はい、壊滅させたはずなんです。それもかなり前に」
「具体的な日数は覚えてないけど…………かれこれ2年前くらい?」
「そう、ですね。馬場団長がVGの団長を殺したのが2年前ですから」
「馬場団長…………」
矢野は霧島から顔を逸した。
「なんか…………懐かしい響きだね」
「ですね……………………」
矢野は目のあたりを擦る。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫。気にしないでくれ」
「すみません…………この話題、控えるべきでしたね…………」
「謝ることはないさ。確かに思い出すことはあるけど、気にしてる場合じゃないからね」
矢野は霧島に作り笑顔を見せた。作り笑顔と一発でわかるような下手な笑顔を。
「話を戻そうか。で、そのゴーストってのがVGなのは分かったけど、なんで今になってまた姿を現したんだ?」
「彼女はこう言ったそうです…………『我々の目的は黒田拓人復活の阻止』。つまり、今回もVGは我々の敵です」
矢野は手すりに寄りかかり、新しいタバコを箱から取り出した。
「そもそもなぜ、VGはそれを知っている?」
霧島は首を傾げた。
「彼らは知り過ぎている。黒田拓人が死んだこと、アルタイルが黒田拓人の復活を計画していること……そしてそれを阻止しようとしているってことは、黒田拓人という人物を知っているということ。つまり、黒田拓人の過去……高校生連続殺人事件の詳細を知っているということだろ?」
「そうですね……あの事件について知っているとすれば、日本の警察…………」
「仮に警察がVGだとしても、日本の警察はペルセウスが管理してるから、それはおかしいよね?じゃあ、あの事件について知っている人が他にいるってことになる」
「………………………」
霧島の表情が一気に変わった。
「いるのか?」
「言うしかない、みたいですね」
霧島は目を見開いて言った。
「事件があった日、私は吸血鬼討伐の任務でこの船にいました。黒田が私と黒田以外の生存者を逃した後私は黒田を殺し、脱出しました。これが何を意味するか、分かりますよね?」
矢野はニヤリと笑った。
「その事件には、黒田が逃した生存者がいる。その生存者がVGに関係している、ってことだよね?」
霧島は頷いた。
「あの事件の生存者は4人。私こと霧島葵、谷口光、渡辺美咲、そして…………」
矢野は耳を疑った。
「それ……本当なのかい?」
「えぇ、間違えるわけありません。私は事件を間近で見ていたのですから」
矢野は「そうか……」と呟き、タバコを口に咥えた。
「で、これからどうするつもり?」
矢野は目だけで霧島の方を見た。彼女のニヤリと上がった口元からは、一筋の白い煙が立ち上っていた。
「もしかして、わかってしまいましたか?」
「私は目を見ればそいつが何考えてっかなんてすぐわかるんだよ」
「そうでしたね……全く、矢野さんには敵いませんね」
矢野は微笑んだ。
「私は今のまま、彼女らに協力します。彼女には私の協力が不可欠ですから」
「ふふっ、団長ならそう言ってくれると思ってたさ」
矢野はまたしても嬉しそうに笑った。
「あなたはどうするんですか?」
「私かい?」
「えぇ。ここまで私が話した以上、知らないフリをすることはできません。どちらに手を貸すか、決めていただきます」
強い覚悟のこもった瞳を見た矢野は若干気圧されながらも、答えた。
「私がどうするか…………あんまり、言いたくないんだ」
「と、言いますと?」
「女なら潔く、出された選択肢の片方を斬ってもう片方を選ばなきゃいけない。でも、私はこう見えて、弱いところあるんだよ。どうしてもそれを決断することができない。ホントはペルセウスの皆の、団長の、それにアルタイルの皆の、頼りになる姉貴にならなきゃいけないのに」
「つまり矢野さんは…………選ばないんですね?」
「あぁ。私は中立を保つ。どちらの味方もできないし、するつもりもない」
「そうですか。まぁ、それが貴方の選択なら私は否定しません」
霧島はニコッと笑ってみせた。矢野もそれに返すように笑った。
同じ時間帯、ペルセウス本部の一角での出来事だ。
「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。拓海が、霧島葵の陰謀を突き止めた」
特別仲の良い訳でもない数人の円の中の1人は、束になった紙を取り出した。
「これが、その資料だ」
円になった少年少女はその資料に釘付けになる。
「詳しいことはそれを読んでもらうとして…………簡単に、彼女の陰謀を教えようと思う」
短すぎない短髪の少年は生唾を飲み込み、口を開いた。
「彼女はアルタイルと呼ばれる団体に協力している。そしてそのアルタイルの目的は、今ある世界の崩壊、そして新世界の創造。つまり、アルタイルは…………いや、霧島葵は世界の再構築を目論んでいる」
「ふぅん……?気に入らない世界を壊して自分の望んだ世界を作り出す…………神様にでも、なろうとしてるのかしら」
ミディアムヘアの少女が冗談交じりで言った言葉に、少年は強く反応した。
「そうだ…………」
「え……?」
「霧島葵はアルタイル達を神に等しい存在に成り上がらせ、その護り手になろうとしている。今でこそ、ペルセウスはクロノス様という神の護り手だが…………いずれ霧島の計画が完了したら、俺達はアルタイルの護り手になる。そしてそのアルタイルは…………≪・≫オルフェウス様を殺した犯人だ」
一同は絶句した。
「オルフェウス様を……殺した?」
「それだけじゃない。確かにオルフェウス様の殺害にはアルタイルの手も加わっていたらしいが…………実際に手を下したのは霧島葵だ」
辺り一面の顔が、スッと蒼白く変わっていくのが分かった。
「そんな…………霧島さん、信じてたのに!」
赤髪の少女が手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。
他のメンバーも絶望を隠せなかった。自分の信じてきたボスが倒すべき存在になった。
自分の未来を、世界の平和を賭けた団長が世界の破滅を望んでいた。
そんなことを聞いてしまえばもう何も信じられない。
途方に暮れる。その言葉そのものだった。
しかし、ある1人が言った。
「なぜ俺が……このメンバーを集めたかわかるか?」
次の言葉は決定的だった。
「俺達もアルタイルなんだ」
「え…………」
先程まで泣いていた少女も顔を上げた。
「そもそもアルタイルとは、神が定めた特殊な人間。そしてそれは、これまた神が定めた識別番号の特定の番号に割り振られている。この番号は同じ時間軸では唯一絶対のものだが、別々の時間軸には同じ番号の人間がいる…………世界に少しでも分岐が発生し尚且つ別の時間軸に接続する手段さえあれば同じ時間軸に複数、同じ識別番号を持った人間が存在できる」
と、霧島の資料にあった。と続ける。
「なぁ……俺達、手を組まないか?」
「手を組むって……霧島葵を殺すために?」
「いや、霧島葵だけじゃない。俺達で、アルタイルの陰謀も止めよう。今のペルセウスはあてにならない。なら、今アルタイルを止められるのは、同じくアルタイルの俺達だけだ」
少年の意思は熱を持ち周りに伝わっていった。
「なるほど……俺はその話乗るぜ」
「修哉…………」
「俺はこの世界が好きだ…………お前らが、皆が…………好きだ」
修哉は立ち上がった。
「世界を壊すなんて、そんなことさせねぇ。俺が好きな世界は、俺が守る」
強く拳を握った修哉を皮切りに、アルタイル達は次から次へと立ち上がった。
「皆…………」
「私も……修哉と同じかな」
「そうね………………」
「ここまで来たら、やるしかねぇ」
「皆……ありがとう…………!」
少年は笑いながら泣いた。
「で、チーム名は?」
「チーム名?」
「アルタイルってだけじゃあっちと区別がつかないよ。裕翔団長、あんたが決めて」
「団長…………」
そう呼ばれて少し照れくさくなってしまったが、裕翔は胸を張って言った。
「アルタイルは様々な時間軸を訪れて、7人もの仲間を得た。そしてここにいる俺達は、その7人に選ばれなかった。要するに失われたんだ」
裕翔は人差し指を天に突き上げて言った。
「だから、チーム名は失われた子供たち…………もとい」
ロストチルドレン。




