1章9話『光の裏の影(前編)』
「ヒロキお兄ちゃん、出来たよ」
ルカは自分の部屋に訪れていたヒロキに刀を渡した。
刀を受け取ったヒロキはあまりの美しさに声を漏らす。
「これは…………文句のつけようが無いな」
ヒロキは先の戦闘で刃こぼれしてしまった刀を砥ごうとしていた所、見かねたルカが刀を砥ぐから少し待ってと言って部屋にこもってしまった。
それから4時間ほどしてヒロキが様子を見にいくと、その時には既に刀は見事に切れ味を取り戻していた。
それどころか、
「なんかこの刀、前より使いやすくなったような?」
「あぁそういう事か………」
後ろから現れたタクトは何かを察したような顔つきでヒロキを見る。
「ルカに、ヒロキの手の大きさを聞かれたんだよ。理由は教えてくれなかったけどね」
タクトは右手と左手の義手をぶらぶらとさせながら言った。
ヒロキはハッとしてルカの方を見た。
「俺が使いやすいように改造までしてくれたのか!?」
ヒロキは感謝と驚きが混じった複雑な感情を覚えた。
ルカは嬉しそうな照れ臭そうな、これまた複雑な表情を浮かべていた。
「今回のアルタイルはこの娘だ」
部屋から出てこないルカを除いた全員が集合した作戦会議で次のターゲットが発表された。
タクトが今回選んだアルタイルは、魔王軍の最高指揮官の女性、イリスだ。
彼女は先代の魔王を勇者に殺害されてから、右も左も分からない状態で仕方なく穴埋めのような形で玉座に座る羽目になってしまった若き女王だった。
何とか側近の協力の下政治は行えており、モンスターからの評判も悪くないようだ。
タクトから詳しい説明ある程度聞いた所で、シュルバはある事に気が付いた。
「魔王軍の最高指揮官って事はもしかして…………」
シュルバの発言に対して小刻みに震えるヒロキ。
タクトは小さく頷いてシュルバに返した。
「紛れもない魔王様、ということになるね」
一同は騒然とした。
中でも声を荒げているのはヒロキだった。
「魔王様を仲間にする気だと!?」
ヒロキはゴブリン族、つまりモンスターのため、魔王がどれだけ偉大かを知っている。
だからこそ、ヒロキは魔王であるイリスを仲間にするのは無理ではないかと訴えているのだ。
「もちろん、仲間にしてみせるさ」
タクトは自信たっぷりでヒロキにそう返す。
タクトの余裕ぶりを見て、終始不安になるヒロキだったがそれ以降は特に噛み付く事も無かった。
「それはそうとしてさ………」
もう一度、シュルバはどうしても確認して置きたかった事をタクトに言う。
「ルカちゃんを仲間にした時、そのPCにはルカちゃんのお兄さんの画像が映っていた。でも本当にアルタイルだったのはルカちゃんだった。と言うことはつまり…………」
タクトは表情を曇らせて言った。
「あぁ。ペルセウスが裏で何かしている可能性がある」
最高管理室に沈黙が訪れる。
PCの情報をペルセウスが裏から弄っているとすれば、その情報が信じられる物だとは限らなくなってくる。
更にペルセウスがこちら側のPCにアクセスできると言うことも致命的になる。
トドメに何処から何をどうしているか、それが分からない限り対策のしようが無い。
この状況はアルタイル達にとっては間違いなく不利だった。
「でも、何もできない今はこの情報を信じるしかない。何もできないからって立ち止ってるだけじゃ何も始まらないからな」
タクトは力強くそう言った。
その一言はタクトにしては珍しい感情論が多く含まれている言葉だった。シュルバはタクトの意外な一面を見て少し勇気づけられたように小さく笑った。
「あの、連絡したアルタイルの者です」
ヒロキは門番のデーモンにスマホの画面を見せた。
画面にはタクトから送られてきた良く分からないメールの文が映っている。
「お待ちしておりました。謁見の間に魔王様がおられます」
それを見た門番はすんなりとヒロキを通した。
どうやらこの時間軸でもイリスを確保する為にペルセウスが動いているようだ。
タクトが側近とある程度連絡を取り「謎の軍隊から魔王様をお守りする」と言うとあっさりと謁見を認められた。
魔王軍もペルセウスとの戦闘の影響で人手が少なく、少しでも戦力が欲しい様だ。
ヒロキが謁見の間の扉をゆっくりと開けると、赤いカーペットの奥に座っている女性がいるのを見つけた。
黒髪ロングヘアーの涙ボクロが輝く美人だったが、やはりただならぬ風格を放っている。
イリスはヒロキの姿を確認すると、
「主がアルタイルの者か?良かろう、近うよれ」
ヒロキはイリスに数歩近づき、手を突いて従者の様に座った。
それを船から見ていたシュルバがタクトにある事を申し出た。
「私、この時間軸に行ってもいい?」
タクトはシュルバの目的が良く分からなかった為、シュルバに問う。
するとシュルバは
「何か、あの魔王様が出てきてから体がピリピリするって言うか、何か嫌な感じがするの」
そこまで聞いたタクトはシュルバの申し出をOKした。
「妾の身を護ると名乗りを上げたそうだな。くるしゅうない」
「有り難きお言葉。慎んでお受け致します」
流石のヒロキでも魔王の前には頭が上がらない。
床のカーペットしか見えない状況の中、ヒロキはコツンと言う音と自分に覆いかぶさる影を感じた。
「冗談はよしてください、魔王様」
シュルバは華麗につま先から着地し、メガネをクイと上げて宣戦布告を行った。
魔王の圧倒的な威圧感にも一切動じずに。
シュルバは昔から物怖じだけはしなかった。
どんなに恐れられている相手でも、一切怯えず真っ直ぐに自分の意見をぶつける。
かと言って喧嘩腰では無くあくまで双方が納得できる解決を目指す。
イジメられっ子ならではの特徴と言うのもあるが、大半を締めているのは"もう片方"の理由だろう。
「冗談だと?」
シュルバはゆっくりとカーペットの上を歩く。
「単刀直入に言いますが、貴方、影武者ですね」
「………………………」
イリスは汗をだらだらと流し、シュルバを睨む。
が、次の瞬間。
「フフッよくぞ見破った!そう、私はアリス。魔王イリスの影武者なり」
アリスはシュルバを指差して続ける。
「私の正体を見破った者は初めてだ。貴様、何者だ?」
シュルバは口だけ笑ってこう返した。
「ただの、"探偵"ですよ」
探偵。
タクトが組み上げたプログラムの中でシュルバが全うした職業だ。
前述のもう片方の理由、それは恐ろしい目つきで睨んでくる犯人を無情に殺してきたから。
精神面ではタクトにも負けず劣らずなシュルバはシュルバに負けず劣らずなタクトが形成したと言えるだろう。
アリスはフフッと笑うと謁見の間を後にした。
その後しばらくしてから"本物の"魔王イリスが現れた。
「そち、アリスが影武者だと見破ったそうな?後に妾が直々に褒美をやろう」
シュルバは物怖じせず、
「ありがとうございます、魔王様」
それは一瞬の出来事だった。
大きな音と爆風がその場にいた者全員を襲う。
土煙を吸い込み咳き込む一同はすぐに爆風が起きた方向を見る。
謁見の間の壁に大きな穴が開いており、その先から多くの人影が見える。
「ヒロキ、わかってるね?」
ナイフを首に当てながらシュルバはヒロキに語りかける。
「あぁ。あとは俺に任せろ。魔王様は俺が護る」
ヒロキは姉の遺産、"同田貫・彼岸"を手に持った。