5章8話『東京デッドライン』
ちょうどヒロキがゴーストの剣によって事切れたぐらいの時、レイナとルカは織葉駅行きの電車に乗ることができた。
「ヒロキおにーちゃん…………」
ルカは悲しそうな表情でつぶやく。
「残念だが…………ヒロキは今頃、転生機にいるかもな」
レイナもルカの肩に手を置き、そう言った。
「ねぇ……レイナおねーちゃん」
「どうした…………?」
「ルカたち、あの人に勝てるのかな?ヒロキおにーちゃんが魔人化して、アリスおねーちゃんも一緒に頑張ったのに、それでも傷一つつけられないなんて…………」
レイナは怯えるルカに対して残酷な一言を放った。
「無理…………だろうな…………。私達が見ていた通り…………あの人の戦闘力は異常だ…………」
レイナの言葉を聞いたルカは、思い出したように顔を上げ、レイナに言った。
「もしかしたら、ひとつだけ勝つ方法があるかも知れない…………!」
「本当か…………?」
「うん……でも、その方法は絶対に使えない。えっと、使えるんだけど使っちゃダメなの」
「つまり…………それほど危険な行為だということか…………」
レイナは期待と不安を混ぜたような気持ちをぐっとこらえ、窓の外を見た。光が次から次へと通り過ぎていく暗闇の中、2人は重苦しい空気のまま織葉駅へ、アルトの元へ向かった。
「もしもし?」
「あぁ、シュルバか。どうかしたのか?」
「さっき話した、狼の仮面の人だけど…………」
「?……今ん所、見てねぇぞ」
「そう…………アルトはね…………」
「俺はってことは、他に誰か見た奴がいるのか」
「うん。しかも、見ただけじゃない…………戦って、腕を斬り落とされたって…………」
「腕をっ斬り落とされた!?一体誰が…………!」
「…………腕を斬られたのはヒロキ。戦闘力に関して言えばアルタイル最強の男」
「あのヒロキが…………腕を……………」
「今、彼が生きているかはわからない。もしかしたら既に殺されているかも」
「なるほど…………」
「とにかく、その仮面の男を見たらすぐに逃げて。あいつは、まともに戦って勝てる相手じゃない」
「…………なんで、そう言い切れる?」
「わからない。でも、なんだかわからないけどわかるの。あいつとは絶対に戦ってはいけないって、本能的な何かが言っているみたいに」
「ま、それは本当なんだろうな。お前の推理は嘘をつかない事を俺は知ってる」
「とにかく、仮面の男からは全力で逃げて。用件はそれだけ」
「わかった、じゃあな」
アルトはそう言うとスマホをポケットに仕舞い、軽く辺りを見渡した。薄暗くさびれた地下鉄のホームにはアルト以外の誰もおらず、アルトは孤独感と同時に安心感を得た。
しばらくして、アルトの耳に鈍い音が聞こえてきた。
「なんだ……この音」
その音はだんだんとアルトの方に近づいてきているようだ。
ゴォォォォオオオオオと低い音が少しずつ大きくなると共に、僅かながら風も感じられた。
「風か………………………風?」
そう、ここは地下鉄。風なんて吹くはずがない。
じゃあなぜ、アルトは風を感じたのか。その答えは一瞬で彼の目の前に現れた。
「あれは…………」
彼の目に飛び込んできたのは、剣を手に持ちながら線路を駆ける黒いフードに狼の仮面を被った男―――――
ではなく、よくある見慣れた電車だった。
電車から降りて来たのはこれまたよく見る2人の少女。
長い銀髪をフードで隠しマスクで口元を隠す高校生くらいの女と、茶髪ミディアムヘアの色白の小学校低学年くらいの少女は手を繋いで一緒に電車から出てきた。
アルトはその2人に駆け寄る。
「レイナ、ルカ。2人とも無事だったんだな」
「あぁ…………私達はな」
「ヒロキは、もうダメなのか…………?」
「ヒロキおにーちゃんだけじゃない………アリスおねーちゃんも……………………」
「アリスがいたってことは、ヒロキは魔人化したってことだよな?流石にシュルバが忠告するほどの敵を相手にヒロキが魔人化を使わないわけがない。それでも負けたって…………」
「ただ負けただけじゃない…………。ヒロキは、いや2人は仮面の男に傷一つつけられずに死んだ…………」
「それだけ強い相手ってことか…………」
そう言い終わった頃、アルトとレイナの間に天井が降ってきた。爆発音と砂煙を上げ隕石の如くその場に現れたのは、その仮面の男・ゴーストだった。
「お前は…………」
アルトは近接用ナイフを手に持ち、腰を落とす。レイナもサブマシンガン、ルカもスナイパーライフルを装備し臨戦態勢に入る。
対するゴーストは一切の警戒を行っていなかった。ユラユラと砂煙の中から立ち上がり狼の顔をしたまま周囲を見渡した。
そしてアルトに近づき、剣を抜く。その刃はアルトの首の横にピッタリとくっつき、ゴーストが少しでも手を動かせばアルトの首が飛ぶような状況だった。
ゴーストは低い声でこう言った。
「シュルバを出せ」
意外な所で出てきた名前に驚きながらも、彼はそれを表情に出すことはなくこちらも低い声で言った。
「断る」
アルトは剣を下からくぐり抜け左足を起点に回り、ゴーストの背後を取った。
そしてガラ空きの背中目掛けてナイフを振り落とした。
ガキンッ。
鉄と鉄がぶつかり合う音が辺りにこだました。
「ぐぁあっ!」
アルトは地面と平行に吹き飛ばされ、背後の壁にぶつかった。
「アルト…………!大丈夫!?」
「大丈夫だ…………でも、なんだアイツ。剣の力が半端じゃねぇ」
現にアルトの握ったナイフはヒビが入ってまともに使える状態ではなかった。
「待って。今あたらしいナイフをつくるから…………」
ルカはアルトの手の上に自分の手をかざす。青い光がアルトの上に集まり、質量を持ったナイフとなる。
「ありがとな」
アルトはナイフを構え、ゴーストに向かって言った。
「シュルバに何の用だ?」
「…………奴には、黒田拓人復活計画を中止してもらわなくてならない」
「……なぜその事を知っている?」
「いずれ分かる。貴様らが、私に勝つことができればの話だが」
「へぇ、じゃあすぐに分かりそうだなっ!」
アルトはナイフを持って背後の壁を蹴り、前方に飛び出した。
ゴーストは例のごとくそのナイフを剣で受ける。
「ついでだし、お前の前日談も覗かせてもらうぜ」
アルトはその衝突時の勢いのまま上に飛び、ゴーストの頭を触った。それと同時に『接続』を発動する。アルトの頭の中に、ゴーストの記憶が流れ込んできた…………。
「なんだよ、これ…………」
アルトの頭に入ってきた映像は、とても過去の事とは思えなかった。なぜならそこに映っていたのは、外でもないアルトだったのだから。
アルトだけではない。シュルバ、ヒロキ、アリス、レイナ、ルカ、アルト…………アルタイルの全員がゴーストの記憶に映り込んでいた。
それも、ただ映っていたのはだけではない。ゴーストを含めた全員が血塗れになりながら、お互いに死に者狂いで刃物を振っていた。
ただ1人、内臓を辺りにぶちまけ口から血を吐いて虚ろな目をしたまま倒れていたシュルバを除いて。
「もう一度言う、シュルバを出せ」
現実に戻ったアルトの耳に最初に入ったのはその声。
「もう一度言うが断る。お前なんかにシュルバを…………」
2つ目に入ったのはそう返す自分の声。
そして3つ目に入ったのは…………。
「ふぅ〜、ギリギリ間に合ったっぽいね♪」
笑顔で電車を降りるシュルバの声だった。
どうでもいいですが作者の中では
タクト(CV.緒方恵美)
シュルバ(CV.沢城みゆき)
ヒロキ(CV.山谷祥生)
アリス(CV.雨宮天)
ルカ(CV.日高里菜)
レイナ(CV.佐藤利奈)
アルト(CV.小野大輔)
で流れてます




