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5章4話『秘密』

 まだ日が昇らない午前4時頃。アルトは眠りから覚めた。肩にのしかかる重い何か、どことなく温かい空気、ギシギシと軋むベッド。それらの中心でゆっくりと目を開けた彼は、それとほぼ同時に硬直してしまった。


「ぁ…………………」


 喉の奥から絞りだされたその声の主はアルトではない。耳元から垂れた長い銀色の髪をアルトの短い白髪に重ねるかのように彼の上に乗りかかっていたのは、銀髪の暗殺者レイナだった。


「レイ…………ナ……………………?」


 困惑するアルトを無視し、スッとベッドから降りるレイナ。アルトもそれを追うように起き上がる。


「おい、どうしたんだよ。こんな時間に」


「………………何でもない…………」


 レイナはそのまま部屋から出てしまった。


「…………何だったんだ?」


 疑問にこそ思うものの、今の段階では考えても仕方ないというのが結論。アルトは気にすることなく、ベッドに戻った。

 そう、考えても仕方ないんだ。アルトは頭に浮かぶ様々なクエスチョンマークをその一言で打ち消し、2度目の眠りに落ちようとした。

 彼の枕元にひっそりと姿を表す血痕を目にするまでは。








「ふぁああ〜…………」


 シュルバは口を小さく開けてあくびをする。どうしても朝だけは苦手。いつまでもそうなのは探偵という休みのない仕事をしていたからだろうか。

 いつも通り、朝食を摂ろうとカフェスペースに移動するシュルバ。カランコロンと扉の上のベルが鳴るとカウンターで職務をする家事ファントムが「おはようございます、マイマスター」と他人行儀な挨拶をする。

 シュルバはそれに「おはよっ」と返し、テーブル席に目を向けた。


「おはようございます、シュルバさん」


「おはよう、ちょいとばかし邪魔してるよ」


「矢野さん」


 矢野は基本的にペルセウスの本部にいる。団長である霧島がアルタイル関連の用事が増えたため、ペルセウスを仕切る者がいなくなってしまうからである。それ故にシュルバは、なんでここに矢野さんがいるのだろう、と不思議で仕方なかった。


「なんでここに私がいるのだろう、みたいな顔してるね」


「矢野さんは私が呼んだのですよ。次の目標を探すのに、矢野さんの力は必須ですから」


「なるほど。ということなら、ありがとうございます」


 シュルバは霧島と矢野の2人に同時に頭を下げる。


「まっ、遠慮なんてしないでなんでも言ってくれよ。アタシにできることなら、なんでもするからさ」


「はい。ありがとうございます」


 シュルバは軽く朝食を済ませ、すぐにカフェスペースを出た。その横で霧島と談笑していた矢野はふと呟く。


「にしても、ここのコたちはみんないい子たちだよねぇ」


「はい、まぁこうしてひとつ屋根の下で暮らしてる時だけの話ですが」


「あぁ。船の中だととっても優しいのに一度戦場に赴けば一瞬で殺戮者に早変わりさ。こんなに表裏の激しい子も珍しいよね。なんだか、あの事件を担当していたときの団長を思い出すよ」


「あの事件…………高校生連続殺人事件ですか?」


 矢野は静かに頷く。


「佐々木って言ったっけ?団長のために死んだ男。実際、団長は自分のために死んでいったにも関わらず佐々木の事をなんとも思っていないんだろう?」


「えぇ。どんなに体を張って私に協力してくれたとしても、私にとっては作戦を効率よく遂行するための駒でしかないので」


「…………それは、あの子たちにも当てはまるのかぃ?」


「いえ、そんなことはありません。私が彼女達に協力したのはあくまで自分の正義を貫くためです。自分の理想のために命を賭けるこの船の住民たちの生き様。私はそこに賭けたのです。彼女達の意思に、そして()()()()()()()の夢に」


「…………フフッ、同じ団長に殺された者同士でも団長からの扱いがここまで変わるとは。やっぱり、団長は私好みの女だ」


 霧島はそれに返すように小さく笑いながらコーヒーを飲んだ。













「さて、みんな揃ったかな?」


 船の最上階に位置する最高管理室。そこに集まる霧島と矢野、それとクロノスを含めた計9人。そのうちシュルバと矢野を除く7人は皆、その2人をじっと見つめていた。


「今回の目的は田口椿希の捜索。そのための手がかりを探すこと」


「捜索っつったって、それなりの目星はついてるんだろうな?」


 シュルバは首を縦に振った。


「田口椿希が吸血鬼の一族だと言うことをタクトから聞いている。つまり、田口椿希の足跡を辿るためにはまず吸血鬼の足跡を辿る必要があるの」


「吸血鬼…………ねぇ」


 アルトは頭を掻いた。


「そもそも…………吸血鬼なんて実在するのか……………?」


「それは私にもよくわからない。でも、なんにもないゼロから捜すよりは、0.0001%に頼って捜して行く方がいいでしょ?だから私は今回、"吸血鬼は実在し、田口椿希はその吸血鬼である"という0.0001%に頼ることにしたわけ」


 一同は少し不安を抱えつつも強引に納得した。それ以外に方法がないのだから、強引にでも納得するしかない。


「で、その吸血鬼の足跡だけど…………こればっかりは時間が掛かりそうなのよね」


 シュルバがそこまで言うと、矢野が割り込み話しだした。


「吸血鬼を捜したいなら実際に吸血鬼の被害があった場所に行くのが一番なんだけど、世間一般的に見ると、吸血鬼は実在しない存在。だからたとえ吸血鬼にしか起こせないような殺人事件があったとしてもそれを吸血鬼のしわざだとは判断しないんだ。だから、被害者を捜すのが大変になる」


「なるほど…………こればっかりは完全にゼロから搜すしかないと」


「まぁ安心してよ、明日の朝には見つけ出しておくからさ」


 矢野は美しい笑顔を見せた。


「というわけで、今日の作戦会議はこの辺にしてみんな明日に備えておこうか。じゃあ解散っ!」


 シュルバのその言葉と同時に、各々最高管理室から出て部屋に戻った。








「〜♪」


 夕食を食べ終えた後、シュルバは1階の浴場に来ていた。この船は大理石を床に敷き詰めた大きめの浴場や食堂のハイテクな調理器具の数々、果てはカジノスペースまであるという豪華客船の名に相応しい船だった。

 シュルバは衣服を脱ぎツインテールを解き、眼鏡を新しい衣服の上に丁寧に置いた。それだけでも彼女はまるで別人のように容姿が変わってしまう。

 シュルバが体を洗っていると、入り口の方から音がした。振り向いたシュルバの視線の先には、レイナがいた。

 レイナもいつも被っているフードを外し、マスクを取るだけで別人のように変わってしまう。故に彼女のトレードマークはマスクということになる。


「あぁ、レイナちゃん。お先失礼してマース」


「シュルバ…………先に入っていたのか…………。私も入っていいか…………?」


「どぞどぞー!」


 シュルバは自分の右隣の椅子をペチペチと叩く。レイナはシュルバに誘われるがままに、その席に座った。


「なぁ…………シュルバ」


「んー?」


「私…………実は、シュルバにも言えないくらいの…………大きな秘密を抱えているんだ……………」


「私にも言えない、秘密?」


「あぁ…………それを言ったら最後、私はこの船に居場所がなくなってしまう…………それくらい、大きな秘密を」


 シュルバは椅子から立ち上がった。


「もしかしたら…………いつかこの秘密がシュルバたちの邪魔をするかも知れない…………それでも…………シュルバは…………私を大切に思ってくれるか…………?私と…………友達のままで…………」


 言い終わる前に、レイナは後ろからシュルバに包み込まれた。


「大丈夫。私は絶対に、レイナちゃんを見捨てたりしない」


「シュルバ…………」


「もちろん、レイナちゃんだけを大切に思うなんてことは出来ないけど…………私にとって、レイナちゃんは大切な友達だもん。どんな秘密があろうと、私はレイナちゃんの友達だよっ♪」


 レイナの瞳から一滴の雫が零れ落ちた。


「それに…………レイナちゃんを見捨てたりしたら、私アルトに殺されちゃうよ♪」


「またそうやって……………私をからかう…………」


 頬を膨らませてふてくされるレイナにシュルバは今度は正面から抱きついた。


 2人は浴場を出て、自分の部屋に向かった。その途中、シュルバを呼び止める声が廊下に響いた。


「あぁいたいた。シュルバー」


「あ、矢野さん」


「風呂、入ってたのかい」


「はい、レイナちゃんと一緒に」


「いいねぇ。アタシも入ればよかった」


「矢野さん、目が危ないです」


 シュルバは自分に性的な目を向ける矢野に恐怖を抱きつつ、思い出したかのように言った。


「てか、どうしたんですか?突然呼び止めて」


「あぁ、そのことなんだが…………」


 矢野はノートPCを取り出し、シュルバに見せた。


「見つかったよ。吸血鬼の被害者」

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