5章2話『目を見れば』
鴨川のせせらぎが心地よく耳に流れ込む。下弦の月が優しくシュルバ達を照らす。
ペルセウスの京都支部。辺りの建物に溶け込んだその建物は風情ある木造建築だった。シュルバ達は扉のついていない入り口をくぐり、最上階目指して階段を上がっていった。
「これが日本の建物かぁ〜」
「なんとも…………美しいな…………」
「ねー!なんか安心するにおいがするー」
アリス、レイナ、ルカの3人は日本の古くからの建物を見るのが初めてのため、辺りをきょろきょろと見渡し目を光らせている。
「ここだね、ペルセウスの人がいるって所」
「はい、少しお待ちください」
霧島は目の前の障子に話しかけるように声を出した。
「霧島です。アルタイルを連れてきました」
その声を返すように障子の奥から女性の声が聞こえた。
「あぁ団長か。入っていいよ」
「失礼します」
中は想像以上に広かった。コンビニエンスストアくらいはあるだろう畳の部屋の奥には、サッシに腰掛けて外を見ながらタバコを咥える黒髪の女性がいた。シュルバや霧島より年上であることに間違いはなさそうだ。
「よく来たね、アルタイル。歓迎するよ」
女性はサッシから降り、ガラス製の灰皿にタバコの先端を擦り付ける。
「私は矢野京子。ペルセウスの調査隊隊長、兼ペルセウス副団長さ」
「私はシュルバです。アルタイルの司令官やってます」
矢野はゆっくりとシュルバに近づき、まじまじとその顔を覗き込む。
「あぁ、タバコ臭かったかい?そんな妙な顔して」
「い、いえ…………ただ、あまりにも私を観察してくるものですので」
「ふふっ…………アンタ、シュルバって言ったっけ?」
矢野はシュルバの唇を人差し指でつんと触る。
「シュルバ、アンタ今まで何人殺してきたのさ」
「え…………?」
シュルバは焦りと困惑が混ざった表情を浮かべる。
「どうやら、図星みたいね」
そこに霧島が割って入る。
「なんで、シュルバさんが人殺しだとわかったのですか?私、矢野さんにはほとんどアルタイル関連の報告はしてきませんでしたよね?」
矢野は落ち着いた雰囲気のまま笑う。
「そんなの、目を見ればわかるさ。この娘の目は覚悟と自信に満ちあふれてる。でも、どこか冷酷で熱がこもっていない。だから私は、この娘は何人も殺してきたんじゃないかって思ったのさ」
「なるほど…………さすが、調査隊隊長ですね」
矢野はふふっと笑う。
「で、どうなの?アンタ」
「何人殺してきたか…………ですか」
シュルバは目を閉じて言った。
「そうですね、あえて言うなら何人も、ですかね。私は、いえ私達は理想を叶えるために何人も殺してきました。それこそ、数えきれないくらい」
そう言ったシュルバの目には一切の感情が宿っていなかった。まるでただただ殺戮を目的としたロボットのように彼女は淡々と矢野の問に答えた。
「ふぅん…………」
矢野はもう一度、シュルバの顔を覗き込む。そしてバカにするようにシュルバにこう言った。
「誰なの?その相手は」
シュルバはドキッとした。その胸の高鳴りが何に対してのものなのかは定かではないが、矢野に意表を突かれた事に対するものだと自分を騙して紛らわせた。
「アンタはあくまでも無心を演じようとしてるみたいだけど、その目の奥には僅かに光が見える。誰かを想う気持ち、誰かを愛する寂しさ、それは…………『恋』」
シュルバは顔を真っ赤にしながら負けを認めたようにため息をつく。
「負けました。さすがペルセウスのNo.2ですね」
矢野はまたふふっと笑った。
「アンタ、なかなか面白いね。気に入った」
「ってことは、私達に協力してくれるんですか?」
「あぁ、もちろん。でもその前に…………」
矢野は霧島の方を見て言った。
「団長、"レプリカ"の準備を」
「了解です」
霧島はポケットから小さな端末を取り出した。
「レプリカ?」
とシュルバが首をかしげる。
「ペルセウスだって命はある。一部のものはアイギスの楯から復活できたけど、ほとんどは復活できずに1回の死で還らぬ人となってしまう。だから、私と団長で訓練プログラムを作ったんだ。対戦する人間一人ひとりを時空間転送技術で別次元に隔離しそれぞれ本体の動きと連動したホログラムを今度は同じ次元に置く。そこでホログラム同士の戦闘を行うんだよ。もちろんホログラムが攻撃を受ければ本体も仰け反ったり、痛みを感じたりする。本体が存在する次元には相手側のホログラムがあるから敵の動きが見えないなんてこともない。まぁ早い話、リアルに限界まで近いゲームみたいなもんさ」
「なるほど…………つまり私は貴方と戦って勝利し、私の覚悟を貴方に証明すれば良いのですね」
「その通りだ。物わかりのいい娘は私の好みだよ」
「ありがとうございます♪」
「あぁ、そうだ。私は1人でいいけど、さすがにそれじゃあ不公平だ。アンタは自分以外に、そうだな、2人まで仲間をつけていい。誰を選ぶかはアンタに任せる」
シュルバは後ろを振り返る。背後の仲間たちは全員が勇気に満ちあふれた顔をしている。俺を呼べ、私を呼べ。聞こえてないのに聞こえてくるようだ。シュルバはそれを見て笑顔で頷いた。
「誰も選びません。私と貴方、1vs1の勝負をしましょう」
矢野はぞくぞくっ!と身を震わせる。
「いいねぇ!最高じゃないかアンタぁ!勇気のある娘も私の好みだよ!」
「私、一応昔は"美少女名探偵"なんて呼ばれてたんですよっ♪」
そのやり取りを後ろから眺める仲間たちもホッとしたような表情を浮かべる。それは、自分が戦わなくていいと思ったからではない。
「さっすがシュルバっち!イッケメーン!」
「シュルバおねーちゃん、かっこいー!」
「まっ、あいつらしいっちゃあいつらしいか」
アルタイル達はシュルバの判断を否定しない。別に彼ら彼女らはシュルバの事を完全に信じているわけでもなければ、かと言って疑っているわけでもない。
ただ、『シュルバなら面白いモノを見せてくれる』。そう思ったから全会一致でシュルバを肯定したのだ。
「シュルバさん、気をつけてください。本来、私はペルセウスの団長ではなく副団長になる予定だったんです。しかし、当時副団長だった矢野さんは私に団長の座を譲ったのです。これがどういうことか、わかりますか?」
シュルバはコクリと頷いた。
「矢野さんは葵ちゃんより実績があり、同時に葵ちゃんより強い。私的に葵ちゃんはアルタイルの誰にも負けない強さを持っていると思ってる。つまり、その葵ちゃんより強いってことは、必然的に私よりも強いってことになる。それも、葵ちゃんがわざわざ忠告するくらい」
「油断は禁物です。彼女の戦闘力はペルセウス最強。1秒の隙が命取りとなります」
「わかってる。まぁ見ててよ、最ッ高に面白いもの見せてあげるからさ♪」
「そう来なくっちゃ、ですね」
霧島は微笑みながら端末のボタンを押した。
〜Replica、起動します〜
機械音が部屋一面に響くと同時に辺りに青白い光が広まった。
矢野は小さな箱からタバコを1本取り出し、ライターをカチッカチッと鳴らす。
火のついたタバコを人差し指と中指に挟み、それをシュルバに向けた。
「さぁ見せてみな、アンタの覚悟ってやつをね!」




