5章1話『壊せ』
シュルバは椅子に座っていた。彼女の目の前のPCは不規則な0と1の数列を作り出し夜の暗闇の中を青白く照らす。
それを、霧島を含めた6人が取り囲む形で立っていた。
シュルバは脚を組み、椅子を回転させて6人の方を向いた。その横にアルトがゆっくりと進む。
「じゃあ今回の、計画『アポカリプス』について説明しようか…………」
シュルバは後ろに手を伸ばし、キーボードを操作した。
「そもそも一度死んだ生命体が再度活動を再開すること、これ自体が7柱の遺した≪制裁≫の対象になっているの。どんな制裁が下されるかはその生命体がどのような生命体かによって変わるけど、タクトの場合人間、それも高校生連続殺人事件の犯人といういわくつき。こうなると、タクトを蘇らせようとしている私達に下るのは≪絶命の制裁≫、いや、それ以上かもね」
「それ以上って…………」
「存在自体を消されて転生不可能にされるか…………あるいは死なないまま永遠と苦痛を与え続けられるか…………どちらにせよ、待っているのは地獄だな…………」
「じゃあ、その地獄を回避するにはどうすればいいか?簡単だよ、神に見つからない場所でタクトを復活させればいいんだよ」
「神に、見つからない場所?」
「存在こそするものの…………私達ですら入れない禁断の場所。そこに入る手段を見つけ出さなければならない。これが目標その1」
シュルバは左手の人差し指を立てる。
「その2。仮にタクトが復活したとして、ただ復活させるだけじゃつまらないじゃない?だから、同時並行である人物を探そうと思うの」
「ある人物って、誰だ?」
「ある人物…………赤ずきんの時間軸に潜った時タクトが葵ちゃんと戦闘になった原因、彼がクロノス様に協力した理由、そして彼の最終目標となる人物……………………」
シュルバの発言より先に、霧島が声を出した。
「田口 椿希……………ですね?」
シュルバはコクンと首を縦に振る。
「田口椿希、彼女を捜し出す」
そこにヒロキが割って入る。
「彼女を捜し出す…………その方法はあるのか?」
「今のところは…………ない、かな。だからこそ、葵ちゃんの協力が不可欠だったんだよ」
「私ですか?」
「タクトが言うに、田口椿希は吸血鬼の一族だったらしい。そして葵ちゃんは昔ペルセウスとして、吸血鬼討伐の任務を受けている。ということは、田口の居場所がわからなくても、葵ちゃんは吸血鬼の居場所もしくは吸血鬼の被害に遭った人の場所くらいなら分かるんじゃない?」
霧島は静かに笑いながら頷く。
「そしてそこから、田口椿希についての手掛かりを探す。そして田口椿希を特定するってわけ」
すると、アリスが手を挙げた。
「はーい、シュルバっち先生質問でーす」
「どうしたの?」
「手掛かりを探すって簡単に言うけど、そもそもそんなこと出来るの?」
シュルバはクイッとメガネを直して言った。
「私は元探偵なの。そのくらいの調査なら、簡単にできるわ♪」
シュルバは自信満々に言った。
実際、シュルバは数多くの事件を自らの手で解決し続け、"美少女名探偵"としてその名を轟かせた。表向きの正義を貫く心と、裏に秘めた残虐性を交互に見せながら、彼女は数えきれないほどの殺人犯を殺害してきた。その事が彼女の自信にも繋がり、彼女の覚悟を表してきた。
彼女にとって探偵という肩書は非常に重要な意味を担っている。
「なら、私も少しお手伝いさせていただきます。シュルバさん1人では、捜査に限界がありますからね」
霧島はスマホを取り出し、部屋を出た。
霧島は廊下でスマホを耳に当て、スマホから流れるプルルルルという機械音を聞いていた。
その音は突然途切れ、低めの女性の声が聞こえた。
「もしもし」
「もしもし、霧島です」
「あぁ、霧島団長。スマホ変えたの?」
「最近機種変更しました」
「そっか。で、用件は?」
「少し、矢野さんの力をお借りしたいと考えていまして」
「私の力?」
「はい」
「…………裏に、アルタイルがいるのね」
「なぜわかったのですか?」
「突然、ペルセウスのオペレーターも介さずに私のスマホに連絡してきたってことは、それだけ重要な用件だってこと。そんな用件が出来たとなるとアルタイルの存在を疑うのも当然だろう?」
「……………さすがですね」
「で、具体的には?」
「ある人の捜査をしてもらいたいんです」
「ある人?」
「名は、田口椿希。私達が長年追ってきた吸血鬼です」
「今更になって吸血鬼?あの事件の捜査はオルフェウスが死んでから打ち止めになったはず…………」
「いえ、吸血鬼の捜査は必須です。田口椿希を特定することが私達の最終目標の1つになっているのですから」
「…………ちなみに、それは団長が自分で決めたことか?」
「いいえ、田口椿希の捜査はアルタイルの計画です」
「…………明日だ。明日、そのアルタイルを連れてきてくれ。場所はペルセウスの京都支部だ」
「わかりました。では、失礼します」
霧島は電話を切って、アルタイルの待つ部屋に戻った。
「葵ちゃん、おかえり。電話?」
「えぇ。今、ペルセウスの調査部隊隊長に連絡を取りました。作戦には協力してくれそうですが、アルタイルを連れて来い、との事です。明日、ペルセウスの京都支部に行きましょう」
「わかった。じゃあとりあえず、明日に備えて今日は寝ようか。おやすみ!」
シュルバのその声と共にアルタイルはそれぞれ部屋に戻った。余った部屋の1つを霧島が利用することになったため、霧島も最高管理室を後にする。
「なんか…………いよいよ始まるって感じだね〜」
シュルバは唯一最高管理室に残ったアルトに話しかける。当のアルトはそれを完全に無視して、「なぁ…………」と問いかけた。
「お前は、本当にこれでいいのか?」
「なんで?私は、タクトを生き返らせれるなら嬉しいけど――――」
「そっちじゃない」
アルトは強い口調で言った。
「田口椿希…………お前にとって、彼女の存在は邪魔になるんじゃないか?」
「……………………」
シュルバは何も返すことができなかった。
「知ってるだろ?タクトは、田口椿希に恋愛感情を抱いてるって。そしてそれが、田口と会えなくなって何日も経つ今でも揺るぎないほど、強いものだって」
「…………だったら何?」
「お前は元探偵なんだろ?ならわかるはずだ。今彼女を見つけ出してしまったら復活したタクトは間違いなく…………そしたら、お前は自分の気持ちを伝えられないまま…………」
アルトは暗い表情を浮かべながら、小さな声で言った。
「お前は…………それでいいのか?」
シュルバはアルトから顔を逸らして言った。
「いいの。タクトは田口さんに会いたくて戦ってるわけで、別に私に会いたかったわけじゃない。だったら…………私は―――――」
「テメェいい加減にしろよ!」
アルトはテーブルを強く叩いた。
「タクトは田口に会いたいだぁ?私のだめじゃないだぁ?俺が聞いてるのはそんなことじゃねぇよ、お前はこのままタクトが田口に奪われるのを眺めながら自分の感情を押し殺すってのか!?」
「それは…………」
「言ってみろよ!お前はタクトをどう思ってるか、田口椿希をどう思ってるか、言ってみろよ自分の口で!」
「でもそれを言ったら計画は破綻する!私の感情1つで作戦は全て消えてしまう!言えるわけ無いじゃない!」
「関係ねぇよ!全部ブッ壊せ!これはお前の人生だ!お前の邪魔をする奴は全員殺せ!今までさんざん殺してきたのに、ここまで来て勇気が出ないなんて言わせねぇぞ!」
「私は…………私は!」
シュルバは一瞬躊躇ったが、言った。
「私はタクトが好き。一度死んだのに生き返らせようとしてしまうくらい、タクトのことを愛してる。だからこそ、私からタクトを引き剥がす田口椿希が憎い」
アルトはため息をついて、後頭部を掻いた。
「やっと、言ったか…………」
「アルト…………?」
「勘違いするなよ、俺はお前の口からそれが聞きたかっただけだ。適当に塗り固めた綺麗事を武器に戦うお前を、俺は見たくなかった。それだけだ」
アルトは最高管理室を後にした。
「適当に塗り固めた綺麗事かぁ…………」
シュルバはふと上を見て考える。
「なーんかアルトにはいっつも助けて貰っちゃってるな」
シュルバは苦笑いで最高管理室から出た。




