4章28話『禁断の覚悟』
「貴様は……オルフェウスの護り手…………?」
霧島を見たアルテミスが問う。
「いえ、違います。今の私はクロノス様の護り手、貴方がたから見れば、私は裏切り者、ということになりますね」
アルテミスは奥歯をガリッと噛み締めた。手を強く握り、目を鋭くさせる。そして苦しめられているように鈍い声を出す。
「またか……またなのか…………っ!」
怒りに翻弄されるアルテミスをシュルバが遠くからニヤニヤと見つめている。
「また私はクロノスに……………!あいつのせいで私は何人もの仲間を失った。いや、何人もどころではない。あいつは私を7柱の最後の1人にしてしまった!私以外をみんな殺して、私だけを残した!この屈辱が貴様にわかるか!?」
シュルバはゆっくりと頷きながらアルテミスに歩み寄る。1滴の涙がシュルバの目から流れた時に、彼女はアルテミスの手を柔らかく握っていた。
「辛い思いを…………したんですね、アルテミス様」
「…………誰のせいだと思ってる」
「分かってます。私達が自分の理想のために他者の現実をねじ曲げてしまったこと、それはもう取り返しのつかないことだと、わかっています」
「…………アルタイル、お前………………」
「大丈夫。私がすぐに、貴方の悲しみを終わらせます。この手が握られている限り、絶対に」
アルテミスはいいようのない感情に蝕まれた。
仲間を殺した憎い相手のはずなのに、なぜだか不思議と安心感がある。
このまま彼女に委ねるか、それとも自分の道は自分で切り拓こうか。そんな選択肢を考えられるほど、アルテミスは温かい感情に包まれていた。光の裏の影に気づくこともなく。
「絶望」
アルテミスはハッとした。
そうだ、冷静に考えれば彼女は自分の仲間をズタズタに殺した神殺し。それが唐突に殺すべき対象の神に歩み寄ってくるわけがない。少し考えれば、容易に想像できることだった。
それなのに彼女の手を振り払おうとしなかったのは、仲間を失ったことで脆くなった心に彼女が寄り添ってきたからだろう。
同時に、アルタイルに対する怒りも湧いてきた。ジワジワと吹き上がるマグマのような怒りはアルテミスの脳まで達し、噴火した。
「殺す……貴様ら全員殺してくれる!」
アルテミスは顔を真っ赤に染めて叫ぶ。シュルバはそれが演技ではないことに気づいた。
アルテミスは剣を手にシュルバへと近づく。その刃先がシュルバの首を斬り落とす寸前、彼女は光に包まれた。
「なにっ…………!」
シュルバは首を動かさず目だけで横を見る。その視線の先にいたのは、光を纏う腕をシュルバの方に向ける霧島だった。
「貴方の敵は、アルタイルだけではありませんよ」
霧島は光を集め、部屋を包み込む閃光と共に剣を生み出す。光に質量を与えることができる霧島にとって、光に満ちあふれているこのエデンの塔は最高の戦場なのだ。
「くそがっ!」
アルテミスが霧島を殺さんと走り出す。その目の前を、小さな風が通り過ぎていった。驚いたアルテミスが振り返ると、そこにはライフルの弾を詰め替えるルカの姿があった。
「…………っ!先に貴様だ!」
アルテミスが方向転換して走り出すと、今度はその目の前に紅く染まった鉄の板が立ちはだかる。同田貫・彼岸は主のヒロキに強く握られ、アルテミスの血を求めた。
「…………何なんだよ貴様らは!」
アルテミスは怒りのあまりヒロキを強く蹴り飛ばした。
ダメだ、あまりにも敵が多すぎる。いくら7柱とはいえ状況は1vs7。いつ殺されてもおかしくない状況でこの人数を相手にするのは無理がある。どうにかして、突破口を切り開かないと。
アルテミスは一度冷静になって考えた。
「そうだ、何も片っ端から殺す必要はない。リーダーを討てば、少しはアルタイルの結束力が落ちるはず!」
アルテミスはシュルバを目指して走る。途中に訪れる様々な危険を無視し、一直線にシュルバへと向かう。
「ウラァァアァアアア!!!」
アルテミスは高く跳び、剣を振り上げる。そして重力と共に重い一撃をシュルバに叩きつけた。派手な音を立てて飛び散る金剛は双方の肌をチリチリと痛めつけた。
「今の…………防げてなかったら危なかったわね」
シュルバは手に持ったナイフでアルテミスの攻撃をいなしていたのだ。おかげでナイフはボロボロに傷つき、まともに戦える状態ではなくなった。それでもシュルバは一切の焦りを見せずにアルテミスを薄い目で見る。
シュルバはサブマシンガンを手にし、体制を崩したアルテミスに連続で銃弾を叩き込む。アルテミスは『消失』を駆使しながら攻撃を避け、シュルバに反撃する。シュルバは背中に大きな傷を受け、床に倒れる。アルテミスは剣を大きく振りかぶった。が、すぐにそれを思い出した。
「…………サブマシンガンだと?」
一見なんてことのないシュルバのサブマシンガン攻撃。アルテミスはそこに違和感を憶えていた。
「そうだ…………なぜ、貴様はサブマシンガンを持っていながら、先の戦闘でハンドガンを使った?サブマシンガンがあるなら、最初から使えば良かったはず。なのになぜ、貴様はハンドガンを…………」
アルテミスは自分の腕を見た。彼の腕は鳥肌が酷く立っており、気色が悪いほどだった。そこから彼はそれに気がついた。
「貴様…………本物のシュルバではないな」
地面に突っ伏しているシュルバは答えた。
「そう、今貴方が見ているシュルバっちはシュルバっちじゃなくてアリスだよ」
アルテミスは歯軋りした。
「くそ…………どこだ、どこに隠れてる!」
アルテミスは辺りを見渡すが、それらしき姿は1つもない。そんな中、彼女の声はアルテミスからかなり近い所から聞こえてきた。
「上ですよ、アルテミス様♪」
アルテミス目掛けて落ちてきたシュルバはナイフを振りかぶる。アルテミスは、突然の出来事に驚きながらも咄嗟に剣を抜いた。
「まだだ!まだ負けてはいない!」
アルテミスはシュルバに向かって剣を伸ばすが、彼女の体は大きく横に逸れた。
「残念だけど、貴方の敗北はたった今決定したわ。怒りに任せて未来を読むことをしなかったのが敗因かしら」
「そんな…………!」
あの煽りすら作戦の一部だったというのか。アルテミスは驚きを隠せなかった。
シュルバは立て続けにもう一つ、絶望を投げつける。
「私はただの囮。手を下すのは、レイナちゃんよ」
その言葉通り、アルテミスは虚空から現れたレイナのナイフによってその命を落とした。
「さて、最上階へ急ぎましょうか」
シュルバが階段を登ろうとすると、死にかけのアルテミスがシュルバに話しかけてきた。
「残念だったな…………アルタイル………………」
「残念?どういうこと?」
「8だ」
「8?」
「世界を作り出した神は7人じゃねぇ。8人だ。8人目は≪絶命の制裁≫を受けて死んだがな。先に言っておくが、クロノスはともかく、霧島葵を8人目にするのは不可能だからな。護り手は絶対に神になってはいけないんだ。そういう決まりだ。どうだ、貴様らの計画がギリギリで破綻した気分は。せいぜい限界まで絶望しながら家に帰るんだな」
アルテミスはそれを言い残して力尽きた。
「シュルバ……………」
深い絶望に包まれる中、アルトが声を出した。
「わかってる。そろそろ、発表するべきだね」
シュルバは全員の前に立った。
「今から私達は、作戦『アポカリプス』を実行に移す」
アルタイル達は初めて聞く言葉に首を傾げた。
「作戦『アポカリプス』…………その最終目標は」
「タクトの復活」
「なっ………!」
ヒロキは驚きのあまり少し後退した。
「タクトを復活させるって…………そんなこと出来るのか?」
「えぇ。私とアルトで、作戦の大筋は決めてある。あとは霧島さんの協力を得られれば、作戦は実行できるはずよ」
全員の視線が霧島に集まる。
「もちろん、協力させていただきます」
霧島の優しい声に頷いたシュルバは、高らかに宣言した。
「私は絶対にタクトを生き返らせる。たとえ私が何度死のうとも、彼を絶対に取り戻す」
シュルバは覚悟を決めた。




