4章27話『残された7柱』
「アルテミス…………最後の、≪7柱≫…………」
アルテミスの放った言葉を、何の捻りもないまま復唱するヒロキ。彼の頬を冷たい汗が流れ落ちる。アルテミスの放つ威圧感はそれほどまでだった。
「それにしても、貴様らはよくここまで上がってきたな。貴様らは円卓会議で貴様らが問題視され始めてから、ほんの一瞬の内に7柱を殺し続けた。我々神は死とはかけ離れた存在。絶対に死を経験することは無いと、そう信じて疑わなかった。今でも、他の7柱はどこかで生きているんじゃないか、なんて空想を思い描いてしまうほどだ」
「アハハッ!なぁんだ、もう忘れちゃったのか」
シュルバが女性特有の高い声でアルテミスを嘲笑する。アルテミスはそんなシュルバを剣のように鋭い目で睨む。
「忘れた…………わけがないだろう」
「やっぱそうだよねっ♪一緒に暮らしてきた仲間達を自分の手で口に運んで自分自身で飲み込んだんだもん、忘れるわけないよね!」
アルテミスの奥歯が不愉快な音を出す。金剛の剣を握る手もだんだんと強くなっていく。
「ねぇ、どうだった?美味しかった?それとも不味かった?ねぇねぇ教えてくださいよアルテミス様ぁ〜♪」
口から垂れるように出る舌を、手を銃の形にして指差すシュルバを見たアルテミスは怒号と共にシュルバに斬りかかった。
「おっと危ない」
「殺す!貴様だけは絶対に殺す!」
「殺す…………ねぇ」
シュルバは下唇に手を当てながら攻撃を避け続ける。辺りに飛び散るのはシュルバではなくアルテミスの血。剣を強く握った手からポタポタと流れ落ちる血。白い塔はだんだんと紅く染まっていく。
「……………………」
シュルバは見下すような目でアルテミスを見る。全身の鳥肌が疼いている。彼女は考えをまとめた。
「殺す!絶対に殺す!」
理性を失ったように剣を振るうアルテミス、そこにシュルバが冷淡に言った。
「あの、もうバレてますよ。演技やめてください」
アルテミスの攻撃がピタッと止まった。アルテミスは数歩後ろに下がる。そして剣を上に構えて目を閉じた。
「見事だ、人間」
床に垂れた血液が縦に伸び柱を形成する。柱にならなかった血がシュルバの頬に触れた。頬は焼けたようにヒリヒリと痛み、気のせいか、少しばかり溶けた。
「おい、待てよ……………今のって…………」
ヒロキは足をガクガクと震わせながら青ざめた顔で苦笑いする。
「間違いない、そういうことだね」
無情にもアリスは恐怖に震えるヒロキに現実を叩きつける。
「まだ、何か別の技って可能性もある。まだ判断を下すには…………」
アルトがそれを言い終わる前に、アルテミスは姿を消した。まるで虚空に吸い込まれたように。
「ちっ、どこ行きやがった…………」
辺りを見渡すアルトの背中に一瞬の冷たさが走る。その冷たさは瞬く間に熱さに変わる。何が起きたか、彼はすぐにそれを察した。
「はぁ…………はぁ……………くそっ、アイツやっぱりそういうことだ」
アルトはシュルバにアイコンタクトを送る。
「えぇ、これは厄介な相手になりそうね」
シュルバはため息を付き、口を開いた。
「最初に見た血の柱、アレはヒロキの『破壊』。そして今アルトを刺す前にアルテミス様が消えた。これはレイナちゃんの『消失』。そう、つまりアルテミス様は」
シュルバは残酷にもそれを告げた。
「私達アルタイルの特殊能力を全て使える」
全員、シュルバに釘付けになった。
「俺達の能力を……………全て使えるだと…………?」
そんなこと有り得ないと嘆くアルト。彼にしては珍しく、焦りと恐怖を覚えていた。
「だって俺達の能力全てってことは、ここにいる6人全員が束でかかってやっとアルテミス1人分ってことだろ……?」
「…………多分、それだけじゃない」
シュルバはアルトと会話を続けたまま、背後にいるアルテミスにナイフを投げた。鋭利な鉄の板はアルテミスにカスリもせず壁に弾かれてカランと音を立てる。シュルバは、またため息をついた。
「これ見れば、わかる?」
「シュルバおねーちゃん…………もしかして今のって…………」
「今の攻撃、完全にアルテミスの隙をついたはず。本来なら今の攻撃はアルテミスの右肩に当たりその傷を引き摺って戦うアルテミス様相手なら戦闘は有利に進むはずだった。でもアルテミスはその攻撃を完璧に避けた。まるで未来が読めてるかのように」
「ってことはまさか…………」
「アルテミスは、私達6人の力だけじゃなくタクトの『支配』まで使えてしまうようね」
そうですよね?と確認するようにアルテミスを見るシュルバ。アルテミスはニヤニヤと笑いながら腕を組んでいた。
「その通り。そもそも円卓会議で貴様らアルタイルに力を与えようと提案したのは私だ。貴様ら以外のアルタイルにも能力はあるが、貴様らはその中でもかなり目立った能力だ。だからその能力を神である私も使えるようにしようという訳だ。もちろん、円卓からの許可も降りている」
「なるほどねぇ…………まぁいっか、どうせ私達が勝つという運命は変わらないから♪」
「随分と余裕じゃないか、私は未来を見ることができるのだぞ?」
シュルバはニヤァ〜と笑って言った。
「貴方が見えるのは約束された未来ではない。本当に見えているのは未来に存在する無限の可能性。そしてそれは、あくまで個人の脳が追いつく範囲までしか見ることができない。現にタクトはありとあらゆる可能性の中から自分で推理して本当の可能性を引き当てていた。彼自身、計画的な殺人事件を起こしたことがあってそれなりに頭が良かった。だから彼はいろいろな可能性を検証して最善の一手、もしくは定められた運命を見極めることが出来たの。別に貴方がバカだとは言わないけれど、貴方はまだある可能性に気づいていない。だから貴方が見ることができるのは、たった一部の可能性だけ。ってことになるの」
「たった一部の可能性…………か」
アルテミスはバカにするように笑った。それを見たシュルバも返すように笑った。
下からトントンと音が聞こえてくる。シュルバは笑いながらハンドガンを手にした。中距離戦用に事前に用意したものである。シュルバは右手の人差し指にかかる引き金を押し、爆発と共に銃弾を飛ばした。
アルテミスはわかっていたかのようにその弾丸を避け、今度は身を低くしてシュルバに近づいた。シュルバはアルテミスのひと振りをギリギリで回避する。その後、アリスのサブマシンガンによる猛攻がアルテミスを襲うが、『消失』を駆使しながらアクロバティックにかわしていく。
「へぇ、なかなかやるじゃんアルテミス様」
アリスが汗を拭いながら言う。
「でもそろそろ、形勢逆転の時かな」
後方から大きな音がした。流れる風と共にゆっくりと歩きながら入ってきたのは白髪ショートで胸に金色の星のバッチをつける女性だった。
「うんうん、予定より3分16秒早い到着だね♪」
「霧島さん♪」
霧島は苦笑いしながら言った。
「さん、付けなくてもいいですよ」
シュルバは舌をチラリと出した。




