4章26話『最後の階段』
シュルバは黄金色に輝く聖杯を眺めながら満足そうにニヤニヤと笑っている。まるでおもちゃを買ってもらった子供のように。
「そういえば、お前はそれを欲しがってたみたいだが、何に使うんだ?」
「まさか……………ただ自分が欲しかっただけと言うことは無いよな…………?」
「もちろんっ♪これは私達の目指す最終地点への切符なんだ!」
シュルバは聖杯に水道で水を組む。そしてそれを6つのコップに分けた。
「とりあえず飲んで!話はそれから」
シュルバを除く5人は水を飲んだ。特になんてことはない普通の水道水だった。聖杯を通ったかどうかも疑うくらいの。
あまりにも何も起きないため、アルトは問う。
「おい、今ので俺達はどうなったんだ?」
シュルバはニコニコと笑いながらノートPCを開いた。そしてカタカタと手早くキーボードを叩き終えるとその画面を見せた。
「これ、何か分かる?」
画面に映るのは様々な文化が入り交じった空間。未来の映像のようにも見えた。
「これはいわゆる『神の領域』。まぁここではエデンとでも呼んでおこうか。このエデンだけど、私達人間はどう足掻いてもたどり着くことができない。その証拠に…………」
シュルバはまたキーボードを叩く。もう一度見せられた画面には『ERROR』の文字。これがシュルバの発言を裏付けていた。
「でもね、ここで聖杯を通った水を飲んでみる。そうすると…………」
シュルバはコップに入った水道水を一気飲みする。そして例のごとくキーボードを叩く。するとどうだろう、今度は『アクセス権限獲得』の文字が現れた。
「つまりこの聖杯を通った水を飲むとエデンにも行けるようになるんだ」
「で、エデンに行って何をするんだ?最後の1人の神を殺したいならわざわざエデンに行かなくてもあっちから俺達を殺しに来てくれるはずだろ?」
「もちろん、神殺しとは別の理由がある。エデンの中心にそびえ立つ白い塔。エデンの中には天使だの下等な神だのがたくさんいるけど、その中でも7柱だけが入場を許されるこの塔。名前は確か『エデンの塔』だったかな。私達の最終目的地はこの塔の最上階。この塔はかなり高くて、上の方になると円卓会議の会場とか生物管理室とかがあるわけ。そんな塔の最上階には何があるか気になったから、色々探ってみたの。エデンそのものには行けなくてもPCでエデンの内部を調べることはできたからね。そしたら、最上階には複雑そうな機械があった。そしてその機械の端にボタンが2つあったの。その2つのボタンの上には私達には読めない文字で何か書いてあった。その文字をクロノス様に読んでもらったらさ、1つ目のボタンは『制裁』。多分、7柱が何か問題を起こした時に7柱に制裁を下すボタンなんだろうね。もう一つのボタン、こっちは厳重に守られていた。そのボタンは『分解』。私はこれが、世界を一気にプログラミング化するボタンだと思う。そして護り手と時間軸の鎖も外れた今、私達はそのボタンを押すことで全てを破壊できる。ここまで言えば分かるわね?」
シュルバの長い説明を8割方理解したアルトはシュルバに頷く。
「俺達はエデンの塔の最上階まで登って分解のボタンを押さなければならない、ってことか」
「そういうこと」
「エデンの塔の最上階まで登るって…………流石にエデンの塔にも門番の天使だの神だのはいるだろ。しかも7柱しか入れない塔を護る門番だ。間違いなく戦闘能力が高い。いくら何でも、俺達6人で塔を突破するのは大変なんじゃないか?」
不安がるヒロキに対してシュルバは明るく笑った。
「大丈夫大丈夫!策は考えてあるわ。ヒロキはその時が来たときのために、刀を磨いて待ってて♪」
ヒロキは首を傾げながらもそれ以上は問い詰めなかった。
「じゃあ、みんなも戦闘の準備を始めて!明日の朝9時には出発するから、残された時間はあと12時間。神との戦闘はこれで最後になるから、心残り無いようしっかりと準備してね!」
シュルバの声にそれぞれ返事をしたアルタイル達は最高管理室を出た。ただ1人を除いて。
「なぁ…………シュルバ」
「アルト…………分かってる。あの話でしょ?」
「お前はどうしたい?あの計画は実行するにはかなり時間が掛かってしまう。それに今のお前は計画を行う必要は1つを除いてない。でも、お前の気持ちは尊重したい。お前の気持ちは痛いほどよく分かる。俺も前の人生で、同じ経験をしているからな。今はレイナがいてくれるから耐えられてるけど、いてくれる人がいないお前は耐えられるはずない。お前はみんなに明るく振る舞っているせいで自分が心に傷を負っていることを隠してしまう。だから誰もお前を助けようとしない。誰だって傷を負っていない人を助けようとは思わないからな。だから、お前が俺に傷の事を話してくれたのは嬉しかった」
「アルトにはレイナちゃんがいるし、私が関わってもいいのかなとは思ったけど、アルトが相談に乗ってくれて私も嬉しかった」
「だったらさ、もっと俺に相談してくれよ。確かに俺にはレイナがいるしお前にもアイツがいる。でもだからこそ割り切って話せると思う。それに今お前の傷を知っているのは俺だけなんだ。俺はお前の傷をみんなに広めようとは思わない。だから、せめて俺にだけでも、意思を示してくれ」
アルトはすぅと息を吸って、言った。
「お前は、アポカリプスを実行したいか?」
シュルバは少し黙り込んでから、力強く頷いた。
「でも、もちろんみんなとも相談する。これは私とアルトで決められる事じゃないし、アルタイルの中だけで決められる事でもない。クロノス様とか、霧島さんとか、ちゃんと相談しないといけないとは思ってる。だから、とりあえず今はエデン侵攻の事だけを考えようと思うんだ」
アルトは「そうか…………」と呟いた。
「ここが……………神の領域」
「きれーだなー、お花も鳥さんもいっぱい」
「でも……………なんだか、威圧感が………………」
「そうだね、こんなとこにいてもストレス溜まるだけだからとっととボタン押して帰ろ!」
アルタイルはエデンの塔目掛けて走り出した。
エデンの塔は色とりどり散りばめられたエデンの中でポツンと不自然に白くそびえ立っている。このどこまでも続くような巨大な塔も、アルタイルの手によって血の紅色に染まる。そう想像して、シュルバは興奮した。
塔の重い扉を開く。その先には数え切れない程の門番天使がいた。
「くっ…………神側にエデン侵攻が読まれていたか」
「よし、早速やろうか!」
シュルバはスマホを取り出し、電話をかけた。
「もしもし?あ、そろそろ出番ですか?」
「うんっ♪よろしくね!」
「はい、すぐに向かいます」
しばらくして現れた彼女は塔の木製の扉を無理矢理蹴破って入ってきた。
「失礼します」
彼女は到着とほぼ同時にシュルバの前に立って言った。
「ペルセウス先鋭部隊、ただ今到着致しました」
「ありがとう!あとは頼んだよ!」
シュルバは霧島とハイタッチし、天使を強引に押し退けて階段を目指した。そのシュルバの姿に続いて、他のアルタイルも走り出した。
「よし、あと1階だ」
数十分間ずっと階段を登り続けたアルタイル達は開けた場所に出た。最上階へと繋がる階段は、1人の男によって塞がれていた。男の後ろ姿は何とも勇ましく、それでいて恐ろしかった。
男は振り向いて、こう吐き捨てた。
「ここで貴様らは朽ち果てる。最後の≪7柱≫、このアルテミスの前にな!」
アルテミスは長い金剛の剣をアルタイルに突きつけた。
それに対抗するように、シュルバも宣言した。
「さぁ、絶望を始めよう」




