4章24話『突破口』
たった1人、アルトだけが真実を握ったままアルタイルは殺し合いを続ける。MONSTERを通じて睨み合う両者はお互いに武器を構え、相手の血を見るためだけに戦う。
裏切り。その言葉が頭に残る者もいる。
打開策。その言葉が耳にこだまする者もいる。
そんな中でも、シュルバとアルトは互いに刃を向け合いながら勝利の為に互いに協力し合っている。
しかし、シュルバもゼウスを騙すのに必死だ。少しでも手加減してみたとしよう。間違いなくシュルバの首は胴体から離れるだろう。そしてその死は死を超越したアルタイル達に死を思い出させる『本物の死』となり得てもおかしくはない。
神という人類を遥かに上回る存在を敵に回す以上、常に未知と隣合わせ。故に、恐怖とも隣合わせなのだ。
「上上右下AABA」
シュルバがゲーム用コントローラーをガチャガチャと操作する。それに連動してモニターの中のMONSTERが動いた。
「チッ…………!」
MONSTERの右手から放たれる火炎がアルタイル達の体を焦がす。すかさずルカが通常より大きめのスナイパーライフルを手にした。
「えいっ……!」
ルカがトリガーを引くと銃口から水が勢い良く飛び出した。水はMONSTERの右手の火を消し、跳ね返った水は周囲の地面を濡らした。
「今だっ!」
レイナは雨のように降り注ぐMONSTERの攻撃を『消失』を駆使して回避しながらMONSTERに近づく。そして姿を消して一気に間合いを詰め、MONSTERの後頭部目掛けてナイフを振り下ろした。
「はぁあぁあああ!!!」
位置エネルギーを纏って落とされた一撃はMONSTERの堅い皮膚に弾かれたものの、目で確認出来るほどの大きな傷をつけた。
レイナはもっと早く気づくべきだった。あのシュルバがこうも簡単にMONSTERに傷をつけさせるわけがないということに。
「上上下下左右左右BA」
またもやシュルバはコントローラーを操作する。PCのキーボードを使うよりよっぽど速いシュルバのコントローラーさばきはゼウスですらしっかりと見えなかった。
MONSTERはレイナの着地と同時に大きな口を開ける。唾液が糸を引いて口の中を縦に繋ぐ。あまりにも一瞬の出来事でレイナは目を見開くことしか出来なかった。
彼女は血が飛び散る間もなく文字通りMONSTERの餌食となった。
「見事じゃないか、29695835番」
「シュルバですよ、ゼウス様♪」
シュルバは斜め後ろで拍手するゼウスにウインクする。
「どうやら、君を仲間にして正解だったみたいだな。あんな死に方をしてしまえば、彼女は二度と戦場に赴かないだろう」
「戦意を削ぐ、でしたよね。こんな感じでいいでしょうか?」
「あぁ、次もこの調子で頼む」
「任せてください♪」
シュルバはゼウスに手を差し伸べる。ゼウスはその手をしっかりと掴み返した。
「見せてあげますよ、最高の絶望を♪」
ゼウスは不思議と胸の高まりを憶えた。神である自分が人間ごときに恋心を抱いている、その事実を誤魔化すためにゼウスはモニターに視線を逸らした。
「レイナ!」
MONSTERが口を動かすと同時に口の中からグチャグチャと音が聞こえる。MONSTERの喉を何かが通るのを見て、アリスは涙した。
「そんな…………こんな死に方って……………!」
アルトは舌打ちした。レイナが命がけの特攻でようやくつけた傷がせいぜい目で見える程度。致命傷どころかダメージの内に入るかも怪しい。
命がいくつあっても足りないとはまさにこの事。無限の命を保有するアルタイルでも、MONSTERを倒せる見込みがない。
今、少なからずダメージは入っているのだから何度死んでもまた戦いにくればいいじゃないか、と思った人もいるだろう。結論から言うと、理論上は可能だが絶対に無理だ。
何度も死を経験しているアルタイル達だからこそ、死の恐怖を知っている。底無しの闇の中にズブズブと埋もれていく息苦しさと孤独は一度経験したら二度と味わいたくなくなる。死を超越することは出来ても、死の恐怖までを超越することは出来ない。だからこそ、アルタイル達は持ち前の覚悟で恐怖と向かい合っているのだ。
「なにか………なにか突破口は無いのか!」
アルトはポケットに手を突っ込み歯を噛みしめる。すると、アルトのポケットの中からくしゃりと紙の音がした。
「これは…………」
アルトがポケットから引きずり出したのはシュルバの置き手紙。その1枚目だ。
『したに向かって進む者に栄光が見える。
いつも迷惑かけてごめんなさい。
ちいさな傷が積み重なった。
たいそうな傷になった頃にはもう遅い。
をわりにします。もう疲れた。
また傷つきたくない。
きぼうなんてなかった。
りかいしがたい絶望だけ。
いつだってそうだった。
おわろう。おわらせよう。
とどめは自分で刺します。
すぐに全部無くなる。
めんどくさいことも。楽しいことも。
ないても、もう遅いんだね。』
シュルバの精神がボロボロになっていたのか、それともゼウスを欺く為にこう書いたのか、1枚目の手紙は酷く病んでいる。
アルトはそんな手紙の違和感に気づいた。
「下に向かって進む者に栄光が見える………?」
アルトは手紙をじっくりと読む。その言葉の意味は理解できても、それを実行してみるとどうしても成立しない。アルトは頭を掻きむしった。
「んもぅ。だめだなーアルトは。1つのことに囚われてちゃ真相は見えてこないよー」
見かねたシュルバが助言する。
「1つのことに…………まさか!」
アルトはポケットからもう一枚の紙を取り出す。
「なるほど…………そういうことか!」
アルトは紙を折りたたみ、ポケットに戻した。
「1つだけ聞かせてくれ。お前は自分がMONSTERを使うことを見越していたのか?」
「いやいや、私がゼウス様に無理言って使わせてもらったんだよ」
「へぇ。まぁ、いいか」
アルトはナイフを構え、MONSTERに向かって走り出した。
向かってくるアルトを見たシュルバは急いでコントローラーを手に取った。
「下下右B右AB上」
MONSTERの爪が地面を大きく切り裂く。既に瓦礫と化したユグドラシル城の壁を粉々に砕いたその一撃をアルトはワイヤーで華麗に避ける。
唯一残っている塔の上からMONSTER目掛けて手榴弾を数個投げるアルトの姿はまるで外界を見下す邪神のようだった。
手榴弾は命中するも、やはりMONSTERに目立った傷はつかない。アルトは確信した。
「あぁ…………やっぱりそこを叩かないと傷はつかないか」
アルトは塔から飛び降りた。そしてMONSTERの周りをぐるぐると回り続ける。流れ来る攻撃をギリギリで回避し続けながら。
「アルト…………一体何をしているの?」
「とりあえず、俺達がどうしようとMONSTERにダメージは入らないんだ。今はアイツを信じるしかない」
アリスはヒロキの言うことに同意する。自分たちに出来る事はアルトを信じることだけ。だから今は、アルトをただただ信じよう。そう、思った。




