4章21話『眠り姫は何処へ』
「11時の方向に狙撃兵4体確認。ヒロキ、前線へ出ろ」
「了解!行くぞアリス!」
「おっけー!」
渋谷。普段は人通りの多い大都会であるこの地は殺し合いの舞台となっていた。夜の暗闇を振り払うような電灯の光はどこか神秘的で、刀もそれに答えるように紅く煌めいた。
ヒロキとアリスは目の前のビルに突入していく。中にはライフルを持った兵士が数え切れないほどいる。そのライフルの銃弾を見切り、ヒロキは間合いを詰める。そして刀を振り下ろし敵を2つに割る。
ヒロキの背後を攻めようとする敵もいるが、そんなことをしようものならアリスが手に持ったサブマシンガンで脳天を貫く。
そうしながら一気に階段を登って屋上を目指す。
一方のアルトは今回オペレーターを務めている。ノートPCを腕に抱えながらスマホを耳に挟む。そんな形で2人に指示を出しながら、アルト自身もスナイパーライフルで応戦する。敵が壁に身を隠す度にシュルバのAMRライフルが羨ましく思えた。
「よし、これで全部か?」
ヒロキは斬り捨てた敵から吹き出る血を浴びながら辺りを見渡す。
「待って、まだ1人いる!」
アリスは1つ隣のビルを指差した。彼女の言うとおり、ビルの屋上にはロケットランチャーを持った敵の姿が見える。ヒロキは目を薄めてニヤリと笑った。
「面白そうなもん持ってんじゃん!俺にもよこせ!」
ヒロキはベルトのボタンを押す。ベルトからはワイヤーが飛び出し、隣のビルの手すりに引っかかった。そしてもう一度ボタンを押しワイヤーを巻き取り、引き寄せられる勢いで敵を斬った。
「よっしゃ!渋谷Lv43クリア!」
「ふぅ〜、疲れた疲れた」
ヒロキはハンドタオルで汗と返り血を拭き取る。
「お疲れっ!」
アリスはそんなヒロキにスポーツドリンクを渡した。ヒロキはそれを受け取り、言った。
「お前もな」
ヒロキは冷えたスポーツドリンクのペットボトルをアリスの頬に押し付けた。
アルタイル達の戦闘は毎日ある訳ではない。2週間から4週間。早くても1週間程の間隔で戦闘が行われる。その間体が訛ってしまっては困るのでルカとシュルバが開発したファントム式訓練プログラムで模擬戦闘を行っているのだ。おかげで彼らの技術は日に日に高くなっていっている。
「イチャつくな、バーカ」
アルトが不機嫌そうに言う。
「なんだよその『うわー何コイツー』みてぇな顔。こっちのセリフだわ」
アルトは後頭部を掻きむしりながらさらに不機嫌そうに言った。
「えー、アルトだって人のこと言えないじゃん」
「なんでだよ」
「だってアルトってレイナっちとチューしたんでしょ?」
「おいアリス、それ誰から聞いた」
「シュルバっち」
「あいつ後で燃やしてやる」
アルトは今そこにいないシュルバに怒りをぶつける。が、その怒りはすぐに鎮まった。
「そういえば………あいつまだ起きねぇのか?」
「ここに来てないってことは…………そうなるな」
「…………救護室、行ってみよっか」
救護室、もしくは保健室とも呼ばれるこの部屋は多くの医療機器が備え付けられており、小さな病院のような状態だった。
その端の白いベットに横たわるのは、ベットとは対象的な黒く長い髪をしたシュルバだった。彼女はうなされているように苦しそうな声を出しながら、何度も何度も寝返りを打った。
「ルカ、シュルバの様子はどうだ?」
「体には少し疲労が残っているくらいだけど…………精神の方が……………」
「やっぱり、そうか」
アルトはシュルバがいかに危険な精神状況かがよく分かる。実際に壊れていく彼女を見たから。実際に壊れていく彼女に殺されたから。
「この様子じゃ、起きるのはかなり先になりそうか」
「ううん、そんなことないと思うよ」
「?なんでだ?」
「さっき、シュルバおねーちゃん一瞬だけ起きたの。それでルカとちょっとおしゃべりしたあとまた眠っちゃった。その後も一瞬起きてまた眠っての繰り返しだから、シュルバおねーちゃんが目覚めるのもそんなに遠くはないと思う。でも…………」
「仮にあいつが起きたとして、まともな精神状況だとは思えない…………ってとこか」
ルカはコクリと頷いた。
4人は頭を抱える。そんな中、扉の開く音が救護室に響いた。
「あれ…………みんな揃って……………。なにかあったのか…………?」
レイナはゼリーやチョコレート、マンガなどが入ったレジ袋を片手に首を傾げた。
「レイナ。どこ行ってたんだ?」
「東京のコンビニ…………。シュルバが起きた時のために………何か買ってきておこうと思ってな…………」
「そういうことか。レイナは優しいなぁ〜」
「ね〜。レイナっち優しいねぇ〜。ね、アルト?」
「テメェら小学生か」
レイナとアルトは頬を赤らめながら目を逸らす。
「あぁ………そういえば………シュルバから伝言を預かったぞ」
「そっか、レイナおねーちゃんシュルバおねーちゃんとお話してたよね」
「で、その伝言っつーのは?」
「なんか………ユグドラシルへ向かえって……………」
「ユグドラシル?」
アルトは辺りを見回す。どうやらピンときている人は1人しかいないようだ。
「ユグドラシル?なんで、ユグドラシルに?」
アリスは不思議そうにレイナに聞き返す。と言っても、レイナ自身シュルバに伝言を頼まれただけのため理由までは分からなかった。
「というか、アリス、ユグドラシルってどこか知ってるのか?」
「うん。アリスの国のお隣の国。アリスも何回か行ったことあるけど、なんか歴史ある建物とかがいっぱいあって凄く綺麗だった。それが印象深くて、名前だけ覚えてるんだ」
「なるほど…………とりあえず、クロノス様辺りに何か聞いてるか」
5人はクロノスの部屋へと向かった。
「ユグドラシル………ですか」
「クロノス様、何か知りませんか?」
「1つだけ、心当たりがあります」
クロノスは立ち上がり、本棚から1冊の本を取り出した。
「たしかこの書物に……………あぁ、ありましたありました。ユグドラシルのこと」
クロノスはパラパラとページをめくって、それらしい表記を探す。
「あぁ、きっとこれですね。どうやらユグドラシルの王宮には『イカロスの聖杯』という宝があるそうです。その聖杯に水を汲んで飲むと、神に限りなく近くなれるとのことです。書物には、その聖杯を絶対に一般の人間に渡してはいけないと書かれています。だからユグドラシル王宮に隠されているんですね」
「神に限りなく近くなれる…………?シュルバはそんなものを手に入れてどうするつもりなんだ?」
「それは私にも分かりませんが………とにかく、行ってみないといけませんね」
「あぁ。でも…………シュルバ、どうする?」
「彼女を戦闘に出すか出さないかって話ですか?」
「あぁ。一般人に渡すなって言われてるくらいの貴重な秘宝を強奪しようとしている以上戦闘は絶対に避けられない。となると、シュルバを無理に連れて行く必要は無いんだろうが………」
「それは、本人に聞いてみるのが一番じゃないかな?」
「あぁ、それもそうだな。俺、行ってくるよ」
アルトは部屋を出た。
しばらくして、アルトが深刻そうな顔をして帰ってきた。
「あぁ、おかえり。シュルバっち、なんだって?」
「…………いいか?落ち着いてよく聞いてくれ」
シュルバが失踪した――――――――。




