4章17話『共食い』
神の領域。数多ある世界線の頂点に君臨するその場所は世界の頂点に君臨する神の住む土地。もちろん、人間如きが入ることはできない。そこにいるのは神と天使のみだ。
神の領域はある場所に目を向ければ木々が生い茂る自然、また別の場所に目を向ければ高度な文明が発達した都市。そしてその中央に天高くそびえ立つのがエデンの塔と呼ばれる白い建物だ。この塔は神の中でも≪7柱≫しか入室を許されていない。許されているとしても、それは一部の上級天使が塔の護衛という役目を果たすためのものである。
その最上階の扉は約30年ぶりに開かれた。白い髭をはやした男は扉の先にある円状の机の、ちょうど扉と対角線上に位置する場所に座った。その後、7柱が少しずつ集まり始める。
会議の長期化を予告する食事が運ばれてきた辺りで、男は木槌を叩いて宣言した。
「これより、臨時円卓会議を開始する」
その声を聞いた別の男は手を上げて反論する。
「待てよゼウス、まだ全然7柱が来てないじゃねぇか。円卓会議は7柱の過半数が参加して初めて意味を成す。俺とゼウスとタナトスの3人じゃこの会議は成立しないぞ」
比較的若く見える7柱、アルテミスの発言を受けゼウスはこう返した。
「そのことは後で説明する。今は会議が最優先だ」
アルテミスは不服そうに肉料理を食べ、何か準備をしているゼウスを待っていた。
「まず今回の議題だが、識別番号29695835番の人間の話だ」
ゼウスはタナトスと目配せをし、タナトスはそれを受けて資料を机の真ん中に投げた。
「最近、29695835番が重要な時間軸を崩壊させているとタナトスから報告があった。調査してみた結果、どうやら本当に鍵の時間軸を崩壊させている。このままでは今ある世界が崩れ去ってしまう」
「その29695835番は護り手を全損させた個体と同じなのか?」
「どうやらそのようね。でも、29695835番の中に護り手が混ざっていたため、それを殺害したことによってあちら側は護り手全損の件と比べると1人減っている。それ以外はほぼ変わらない、むしろ活動が活発になった気がするわ」
タナトスは肉料理を食べながら話す。
「それで、私とタナトスはこのままでは本当に危険だと考え各時間軸に7柱を派遣した。7柱に次ぐ力を持つ護り手を殺害した輩に天使や普通の神は無力だと判断した故の行為だ。ただ、問題はその後だ」
ゼウスは食事をとりながら円卓を見渡す。
「見ての通り、送り付けた7柱が全く戻ってこない。しかも3人全員が、だ」
「7柱が戻ってこない、か…………どこかに幽閉されているかもしくは拷問を受けているか…………」
アルテミスが深刻そうに肉を食べると、背後から声がした。
「酷いですね、拷問だなんてしてませんよ」
その声に驚いた3人は全員椅子から立ち上がった。3人の眼差しはいっぺんに、蒼い髪の女性に釘付けになった。
「貴様よくも悠々と顔を出せたものだな………」
「なぜ貴様がここにいる………貴様は神の領域を追いやられたはずでは?」
「えぇ。まぁ訳あって今ここにいるわけですけど」
ゼウスが苦い顔をして叫ぶ。
「総員、取り押さえろ!」
天使は手に持った槍をクロノスに向ける。しかし、クロノスは一切動じることなく、それどころか取り囲んでいた天使の方がバタバタと倒れていった。
彼女は天使を殺し尽くすと、不気味な笑顔でクロノスの横に立った。
「お前は…………オルフェウスの護り手?」
「いえ、今はクロノス様の護り手です」
霧島は表情を変えないままそう言った。
「で、話を戻しますが…………全く、拷問だなんてするわけないじゃないですか。私は無意味に他者を苦しませることはしませんよ」
円卓を囲う3人はクロノスを睨みつけるが、次の一言はそんな怒りに燃える彼らを一瞬で絶望に染める言葉だった。
「他の7柱の皆さんは目の前にいるじゃないですか。まったく、失礼極まりないですね」
アルテミスやゼウスは軽く聞き流していた。所詮は裏切り者の戯言。自分たちを脅すための嘘に過ぎない。そう思っていた。
しかし、タナトスは違った。タナトスは弱々しい声を出しながら顔を真っ青にしている。手足はプルプルと震え、恐怖のあまり涙すら出てきた。
「お、おい………タナトス?」
タナトスは首を横に振りながら円卓の上を指差した。指差す先には、自分たちが先程まで食べていた肉料理がすっかり冷めてしまっていた。そこで2人も事態に気がついた。
「そんな……………俺達は………………」
「あぁ………すまない…………………すまない…………………!!」
3人の中にはクロノスに対する怒りはなかった。正確には、クロノスへの怒りを表せるほどの余裕は彼らにはなかった。
クロノスは不気味を通り越して狂気的な笑みを浮かべて3人を見下す。
「いかがでしたか?自分の仲間たちの骸の味は」
そんな言葉ですら3人には聞こえていなかった。自分がどうしたらいいかも分からないまま、無表情で涙を流し続けていた。
「…………これでは話になりませんね。どう致しますか?クロノス様」
「とりあえず、資料だけ持ち帰りましょうか。ここに長居する必要もないので」
クロノスと霧島は円卓の上の資料を回収し、そのまま絶望に染まる会議室を後にした。
「シュルバさん、ただいま戻りました」
「あっ、葵ちゃんおかえり〜!」
シュルバは霧島から資料を受け取り、一通り目を通した。
「円卓会議に提出されていたものを回収してきたのですが、これに貴方の求めるものはありましたか?」
「うんっ♪バッチシだよ!」
シュルバは束になった資料の中の1ページを霧島に見せた。
「どうやら鍵となる時間軸を崩壊させただけじゃ、時間軸は壊せないみたい。時間軸を支える柱みたいなのがあって、それを崩さないと時間軸はロックが掛かったままみたいなの。ここではその柱を『運命のクリスタル』って呼んでるの」
「次の目的は、その運命のクリスタルを破壊することですね」
「そうなるね、でも肝心なことにその運命のクリスタルの在処が書かれていないの。これが今回の最大の問題かな〜」
霧島とシュルバが頭を抱えていると、そこにアルトが現れた。
「邪魔するぜ…………ってどうしたんだ?2人とも深刻そうな顔をして…………」
「あぁアルト。実はさ……………………そうだ!」
「どうした?突然大声出して」
「葵ちゃん!殺した神の遺体ってまだ残ってる?」
「………?はい、保冷庫にありますが。持ってきますか?」
「よろしくっ♪」
しばらくして霧島は遺体を保冷庫ごと台車に乗せて持ってきた。中を開くと、1番最初に殺したニュクスの遺体がバラバラになって保管されている。グロテスクすぎて直視できないレベルだ。
「葵ちゃん、この保冷庫ってさルカちゃんに作ってもらったやつだよね?」
「はい。なんでもこの保冷庫にさえ入っていれば時間が止まったように中の物が一切腐らないそうで」
「ルカちゃん最高♪アルト!あれやってあれ!」
「あれって…………『接続』の事か?死体に試したことないからできるか分からないぞ?」
「とりあえずやるだけやってみて♪『運命のクリスタル』の場所が分かればそれでいいから」
アルトはしぶしぶ、ニュクスの生首に手を触れて目を閉じた。ニュクスの記憶がアルトの頭に流れ込んでくる。まるで時間を遡るかのように彼はニュクスの記憶を遡っていた。
「……………冥王星だ」
彼が目を開けて最初に放った言葉は、太陽系から外れた天体の名だ。
「運命のクリスタルは冥王星の中心にある」




