4章15話『契約』
「へぇ………あれがオルフェウス様か………」
シュルバは腕を組み、不敵に笑う。
「おい………お前、なぜここにいる」
オルフェウスはそんなシュルバを気にすることもなく、隣の女性に低い声で話しかけた。
「なぜここにいる?その質問、答える必要はあるんですか?」
「そうだな、それもそうだ」
オルフェウスは右腕を天高く上げた。すると、空中にダイヤモンドのような宝石が幾つも現れる。
「貴様はここで死ぬのだからな」
オルフェウスが腕を振り下ろすと、宝石の中から強い光が溢れる。その光は一直線に伸び、霧島に刺さった。
「ぐぁあぁっっ!!!」
霧島の高い叫び声が海に響く。オルフェウスはその様子をゴミでも見るかのような目で睨んでいた。
「何故ですか…………あなたは何故、私を傷つけるのですか!」
「そんなもん、お前が俺を裏切ったからに決まってるだろ。護り手の役目を放棄だぁ?ナメやがって!護り手が偉そうな口聞いてんじゃねぇよ!」
「裏切ったのは…………どっちですか……………!あなたは私だけでなくペルセウスの全員を欺いた!濁った正義を私達に押し付けて、ペルセウス全員を濁らせた!黒色の上に白色を塗りたくっただけの言葉でペルセウス全員を傷つけた!私達の痛みがあなたにわかりますか!!?」
霧島は目を見開き、喉を潰してまで叫ぶ。霧島がオルフェウスに抱く怒りは留まることを知らず、霧島を止めることが出来る者はもういなかった。
オルフェウスは奥歯を強く食いしばり、腕を上げた。
「貴様誰に向かって口を聞いている!俺は≪7柱≫のオルフェウスだぞ!」
「あなたはもう≪7柱≫なんかじゃない!私達を捨て駒のように扱っていたあなたが、人の崇拝の象徴である神だなんて認めない!」
「黙れ!俺は≪7柱≫なんだ!捨て駒如きが俺に逆らうな!」
オルフェウスは強く腕を振り下ろす。
霧島に集まる一閃の光は殺意に満ちあふれており、オルフェウスの心情をそのまま表したような強い痛みを持っていた。
霧島は顔を覆い隠すように両腕を顔の前に持ってくる。耳が痛くなるほどの爆発音と共に、霧島は煙に包まれた。
「ハァ…………ハァ……………」
オルフェウスはだんだんと我を取り戻しつつあり、自分の犯したことの恐ろしさを思い知ったが、霧島の言葉や表情がフラッシュバックのように頭によぎり怒りを留まらせていた。
自分でも、これで良かったのかなんてわからない。それでも、自分は≪7柱≫なのだからそれに刃向かうやつは誰であろうと殺す。彼は今までもそうしてきた。そしてこれからもそうするだろう。
彼女の影が白煙の中から現れなければ。
「……………大丈夫?霧島さん」
「は、はい。ありがとうございます」
床に手をついて上を見上げる霧島の目には、小さめの結界が貼られた左腕で霧島を守るシュルバの姿があった。
「さぁ、絶望を始めよう」
「アルタイル………………っ!」
「なにをそんなに驚いてるんですか?貴方、私達を殺しに来たんですよね?」
「あぁ、そうだ………」
「なのに自分に刃向かったからとか言う子供みたいな理由で霧島さんを殺すのに必死になって私達のことなんて一切覚えて無かった、そんなとこですかね♪」
「貴様……………!」
シュルバは嘲笑うようにオルフェウスに話しかける。もちろん、オルフェウスを怒らせるためにだ。
「アルタイル…………確かお前らの裏には、アテナ………いや、クロノスがいるんだよな?」
「えぇ、そうですが」
「クロノスは自分が≪7柱≫に成り上がりたいという子供みたいな理由でアテナを殺し、アテナの姿をして円卓会議に現れた。確かに俺もアテナからアイギスの楯を盗んで利用していたが、犯した罪の大きさならクロノスの方がデカいはずだ」
「まぁ、そうですね」
「霧島。お前はアルタイルの側についているが、お前のチームの一番上は俺以上の大罪を犯した偽りの神。なのになぜ、俺ではなくアルタイルにつくんだ?」
霧島は鋭い目でオルフェウスを睨みつける。
「罪を犯した、理由が違うからですよ」
「理由…………だと?」
「クロノス様は7柱への憧れと、怠慢なアテナへの怒りから罪を犯した。面倒を避けるため罪を犯したあなたとはわけが違うんですよ」
「そういう事っ♪残念ながら貴方に慈悲をかける必要は無いわ。大人しく霧島さんに殺されて♪」
霧島はポケットからナイフを取り出す。そのナイフの先は鋭く尖っており、オルフェウスの汚れ尽くした心を切り裂くのには丁度よかった。霧島はナイフを逆手に持ったまま、腰を叩いた。
すると腰からは鋭利な鉤爪が飛び出し、オルフェウスに突き刺さろうとした。オルフェウスは咄嗟の判断でそれを回避するも、鉤爪は先程の攻撃で使った宝石に刺さる。
霧島はもう一度腰を叩いた。鉤爪から伸びていたワイヤーは霧島ごと巻きとられ、そのままオルフェウスへと真っ直ぐに飛んでゆく。
「くそっ!」
オルフェウスは霧島の腹を蹴り、なんとかして霧島の軌道をずらした。しかし、あくまで軌道をずらした程度。霧島がオルフェウスを殺せることに変わりは無い。
「あぁああぁあああぁあぁああ!!!!」
霧島はオルフェウスの左肩を斬り落とした。彼の左肩は海に飲まれ、深海の奥深くで魚の餌となることだろう。
「くっ…………くそがっ!」
オルフェウスは残った右腕で霧島を叩き落とす。
大きな音を立てて落ちてきた霧島をシュルバがなんとか受け止めた。オルフェウスの左肩は少しずつ少しずつ再生しており、それを見ていた霧島も、体に包帯を巻いて傷の処置をした。
「所詮は神と人間。1vs1では間違いなくこちらが有利だ。現にお前は包帯を使って傷を治さなければならないが、俺は放っておけば怪我が治る」
「えぇ…………そうですね。1vs1なら間違いなく私はあなたに殺されます」
「そうだね。1vs1なら霧島さんは間違いなくオルフェウスに殺される」
「「1vs1なら」」
階段を登る音が聞こえる。船の中からドタドタと何かが近づいてくる。
「残念ながら、私達は7人。これは1vs1じゃなく、7vs1なのよ♪」
アルタイルが屋上に集まった。6人のアルタイルと1人のペルセウスはたった1人のオルフェウスを殺すことだけに目を向けた。
「そういう事ですよ、オルフェウスさん」
霧島によく似た口調の彼女は唐突にオルフェウスの後ろに現れた。
「………………クロノスっ!」
クロノスはフフッと優しく笑い、船上に向かった。
「ごきげんよう、クロノス様。お会い出来て嬉しいです」
「…………言いたいことはそれだけですか?」
「アハハッ、バレてましたか…………」
「私も一応≪7柱≫ですからね」
霧島は苦笑いしながら懐からメモ用紙を取り出し、何かを書いてシュルバにそれを見せた。
「一応、シュルバさんにもお願いしたいです」
「了解です♪」
シュルバは霧島からペンを受け取り、紙に何かを書く。シュルバがそれを書き終わると、霧島はメモ用紙を1枚千切ってクロノスに渡した。
「私達ペルセウスを、貴女の護り手にしてください」
クロノスは紙を受け取る。そこにはペルセウス代表の霧島のサインとアルタイル代表のシュルバのサインが書かれている。その下の7柱代表の欄は空白だった。
「はい。では只今を持ちまして、団体ペルセウスのメンバー全員を私クロノスの護り手に任命します」
「よろしくお願いしますね、霧島さん♪」
霧島は大人びた表情でシュルバに言った。
「葵です、下の名前。それと貴方と私は同い年ですから、私はともかく貴女は敬語じゃなくても構いませんよ」
「そっか!じゃあよろしくね葵ちゃん♪」
2人は握手をし、共に戦う事を誓う。
「では護り手になって最初の神殺し、と行きましょうか」
「うん♪覚悟決めなよ、オルフェウス様♪」




