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7人の僕が世界を作り直すまで  作者: セリシール
4章『崩れゆく柱』
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4章3話『kill me』

 保健室から出てきたアリス。アルトはその姿を見てすぐに声をかけた。


「…………レイナ、どうだ?」


「ちょっとヤバいかもね…………理性が完全に壊れてる」


 アルトはアリスからそう聞き、顔をしかめて悔しがる。

 聞かなくても分かっていた。外の廊下まで、レイナの泣き叫ぶ声が聞こえてきたのだから。

 だからこそ、何も出来ない自分が余計に憎く思えた。


「とりあえず、あの状態のレイナをヒポカローリに連れて行くわけにはいかないね。アリス達だけでなんとかするしかない」


「あぁ、わかってる………」


 アルトは満足のいかなそうな様子で、諦めるようにアリスに返した。

 アリスの言ってることは正しい。レイナの為にも、そうしてやるのが正解だ。自分でもそう分かっているはずだった。それなのに、心の奥底で何かが引っかかる。モヤモヤとした何かがアルトの胸を満たしている。その言いようもない苦しみをどうすることも出来ないまま、アルトは最高管理室に戻った。


 シュルバはPCを弄りつつ作戦を練っていた。そこに鈍い音と共に暗い顔をして入ってきたアルトを見て、シュルバは事態が深刻であることを悟った。


「一応聞くけど………レイナちゃん、大丈夫そう?」


 アルトはうつむきながら、首を横に振った。


「やっぱり………」


 シュルバは眼鏡を直し、表情を曇らせた。


「レイナのトラウマは計り知れない。あの状態のレイナをヒポカローリに連れて行ったら最後、レイナはレイナではなくなるな」


「分かってるわ。叫び声、ここまで聞こえてきたからね」


 アルトは心底驚いたが、そんなこと気にしていられなかった。レイナの叫び声はそれほどまでに悲痛で聞き苦しいものだった。今でも耳の奥にその声が蘇るようで、アルトは頭を抱えた。


「じゃあアルト、よろしく頼むよ」


「え……………?」


 アルトはシュルバの言ってることの意味が分かっていなかった。その様子を見たシュルバは呆れたようにため息をついて、言った。


「まさか、レイナちゃんをヒポカローリに連れて行かないなんて言うつもりは無いよね?」


「なっ…………」


 一気に怒りがこみ上げてきた。


「お前もレイナのあの声を聞いたんだろ!?あの悲痛な声を聞いたんだろ!?だったらなんで彼女をヒポカローリに連れていく必要があるんだ!」


 シュルバは顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアルトを見て、もう一度呆れたようにため息をした。


「そのくらい私だって分かってるよ。あの状態のレイナを戦場に連れていくことは不可能だって事ぐらい」


「だったらなんで…………!」


「まだ分からない?私は()()()()()レイナちゃんは戦場に連れていけないって言ってるの。つまり、レイナちゃんを元に戻せばヒポカローリに連れていっても問題は無いわけ。で、その元に戻すのを私はアルトにお願いしたいってこと」


「なんで、俺なんだ?シュルバはレイナと仲が良いじゃないか。わざわざ異性である俺が言っても、大して効果は見受けられないんじゃないか?」


 弱気にそう語るアルトを見て、シュルバはまたしても呆れたようにため息をついた。


「まさかあんた、気付いてないわけじゃないよね?」


「気付いてないって…………何に?」


「その様子だと、本当に気付いてないようね。鈍感にも程があるわ」


「何が言いたい?」


「うーん……………ここは敢えて黙っておくわ。きっとレイナちゃんの方から言ってくるだろうしね。ほんっと、情けないわね」


「情けないって……………さっきからお前は何を言ってるんだ?」


「え?まさか元探偵の私に隠し事なんて出来ると思ってんの?気付いてなかったら、アリスちゃんに頼んでるわよ」


「………………そうか、バレてたのか」


「行っておいで。レイナちゃん、きっと今頃苦しんでるはずよ」


「………………ありがとう、シュルバ」


 アルトはそう言って、最高管理室を後にした。


「……………私も、こんな恋をしてみたかったな」


 シュルバは左腕を擦りながらキーボードに涙を溢した。







「よう、具合はどうだ?」


 アルトはホットミルクを片手に保健室の扉を開けた。レイナはベッドの上で頭を抱えながら、アルトに返事をした。


「なんとか…………理性を保てるほどまでは治ってきた…………」


「そうか、それなら良かった」


 レイナはアルトからホットミルクを受け取り、ゆっくりとそれを飲む。程よい温かさが身にしみる。レイナは不思議と落ち着いた気分になった。


「申し訳無いが………私はヒポカローリに行くことは出来ない」


「…………何があったか、教えてくれるか?」


「アルトになら……………教えてあげてもいい………………」


「俺は詐欺師だぞ?こうも簡単に信じていいのか?」


「大丈夫、貴方は私を裏切ったりしない……………そう、信じてる」


 アルトは照れ臭そうにレイナから目を逸らして後頭部を掻いた。


「私がまだ幼かった頃…………母は殺された。王が貧民層に配ったパンを食べた瞬間、もがき苦しんで死んでいった……………私は、あの日を絶対に忘れない…………忘れたくても、忘れられないんだ。今でもたまに、あの日の出来事が悪夢と言う形で私の中に甦ってくる…………」


「私は王を憎んだ………富豪層にばかり優遇して貧民層を奴隷のように扱う王政が許せなかった………。そんな時、私に降りてきた仕事があった…………それが、王の暗殺だったんだ…………。私は手を焼かれたあの日から、姿を消せるようになった………だから、王を殺すのは簡単だった。私が私の手で王を殺したから………もう苦しむ人はいなくなる、そう信じていた」


「それからも私は生計を立てる為に暗殺の仕事を繰り返してきた………おかげで、母が死んでから入っていた孤児院に少しばかりお金を入れられるようにまでなった………そして、ヒポカローリと同じような政治を行っていたフランス国王の暗殺任務の時、私はタクトに出会ったんだ…………」


「それで今、ここにいるって訳か」


 レイナは頷いた。


「レイナ………俺も、お前の気持ちはよく分かる。でも分かるからこそ、お前はヒポカローリに行かなければならない」


「…………どういうこと?」


「レイナはヒポカローリの黒い面を誰よりも分かっている。貧民層の苦しみを痛いほど分かっているはずだ。だからこそレイナは、レイナの感じた苦しみから今の世代を開放しなければならない。こんなこと言えた立場じゃないけど………それが、レイナのやるべきことじゃないか、って思う」


「アルト………」


「どうするんだ?」


「私………私は………………」


 レイナは一瞬躊躇ったが、アルトに向かって宣言した。


「私は過去の私を殺す。過去を殺して今を全力で生きる。私の苦しみを未来に受け継がないために…………」


「じゃあ、行こうか。シュルバの所へ」


 そう言って立ち上がり保健室を後にしようとするアルトの服を、レイナは引っ張った。


「ん?どうしたんだレイ…………」


 言い終わる寸前で、アルトの唇はレイナの唇によって塞がれた。


「えっと…………その…………………………ごめん………」


 2人の間になんとも言えない空気が流れ込み、そのまま2人はシュルバの居る最高管理室へと向かった。


「あ、レイナちゃん。おかえり♪」


「シュルバ…………色々と迷惑をかけたみたいだな」


「気にしなくていーよ♪で、どうだったの?アルト」


 アルトは顔を真っ赤にして頷いた。


「そっか、じゃあ一番最初は貴方達2人にしよっかな♪」


 シュルバはそう言って、2人にメモ用紙を渡した。


「これは…………」


「タクトからの遺言、みたいなものだよ。きっと貴方達なら、この技を使える」


「……………なんつーか……………俺一生タクトに勝てねぇわ」


「さすが………………『支配』………………」


 その紙には、アルトとレイナの先程までのくだりが全て書かれており、最後には「悪夢(nightmare)」について詳しく書かれている。


「貴方達2人の矛盾(パラドックス)期待してるわよ♪」


「あぁ。任せておけ」


 アルトはシュルバに対ししっかりと返答をした。

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