4章2話『業火の記憶』
「一体なぜ………ヒポカローリに……………?」
レイナは顔を真っ青にして震えながらクロノスに問う。
「厳密に言うとヒポカローリ宮殿の宝物庫、私達が行くべきなのはそこです」
「宝物庫?何でまたそんな所に………」
「先程も申し上げた通り、私は本物のアテナを殺したが故に≪受命の制裁≫を下されました。しかし、以前世界のプログラムを調整していた時に気づいたのです。ヒポカローリの宝物庫の『流星のネックレス』と呼ばれる装飾品に、制裁を軽減する、あわよくば制裁そのものを無効化する魔力が含まれていることに」
「でもそれはクロノス様が戦闘に行かなければいいだけで、≪受命の制裁≫を無効化する為にわざわざ宮殿の宝物庫に侵入してまでそのネックレスを手に入れる必要があるんですか?」
「実は神に下される制裁には神の力を弱体化する効果もあるのです。世界の鍵となる時間軸に侵入するには、大きな力を必要とします。その為、私の力を元の強さに戻す必要があると言う訳です」
なるほど………と、頷くアルタイル達の中にたった一人だけ、彼女は目に渦巻きを浮かべ呼吸を荒くしながら頭を抱えて座りこんでいた。
「嫌だ………………嫌だ嫌だ嫌だ!」
そこには、いつもの無口で冷静沈着なレイナの面影は一切なく何かに取り憑かれたかのように体を震わせていた。
足はガクガクと揺れ今にも引きちぎれそうだ。腕中の鳥肌と彼女を襲う頭痛。そして何より、レイナの頭の中は幼い頃のあの日の記憶で埋め尽くされていた。
メラメラ、バチバチ。
目の前の男は豪華な洋服を身にまとい、民に向かって笑顔を振り撒く。後光が刺すような笑みを浮かべる彼はレイナ達貧民層の人間に食料を配っていた。
ヒポカローリは貧富の差が非常に激しい国家だった。中でも貧民層の人々はとても苦しい生活を余儀なくされ、自殺や犯罪が耐えなかった。
そして国王はそんな貧民層になんの配給もせず、集めた税金の半分を自分の銀行口座に送ってしまうような人だった。それでも彼が国王としていられるのは、積極的な都市開発を行っていたが故に富豪達からの信頼が厚いからである。
レイナの記憶には今でもしっかりとあの光景が焼きつけられている。パンを配るからと言う言い訳のもと、王直々に貧民層の手を炎で炙っていた時のあの楽しそうな笑顔が。この世から消えてしまいたいと願うほどに苦しかったあの熱さと煙の匂いが。パンを食べた瞬間、首を掻きむしり泡を噴いて骸となった母親の死に顔が。
ヒポカローリ。その一言を聞いただけでメンタルを壊されるほど、それは彼女の頭の中にトラウマとして刻まれていた。その一言を聞いただけで闇の中に放り込まれたような感覚に陥ってしまう。そこに理性なんてちっぽけな概念が働くわけがない。
「あぁ…………あぁぁああぁああぁああ!!!」
「レイナ!落ち着け、レイナ!」
アルトは必死にレイナの肩を抱き呼びかける。その呼びかけの声でさえ、レイナに届くことは無かった。
「……………ルカちゃん、レイナちゃんをお願い」
ルカは心配そうな眼差しで頷き、アリスと共に船内の救護室へと向かった。
「ヒポカローリ国王………そんなに酷い人なのね……………」
「あぁ…………レイナが抱えてるトラウマは相当だ。俺だってさっきから、頭痛が止まらない」
無意識の内に『接続』を発動し、レイナの記憶を読み取ったアルトは血の気が引いた顔でシュルバにそう伝えた。
「今回の作戦は6人で行くことになるかな………」
「あぁ………あの様子じゃ、レイナがヒポカローリに行くのは無理だ」
2人は重い空気の中、作戦を考えた。
「みんな、定位置についた?」
シュルバのヘッドホンには6人全員のYESの返事が混ざり合って聞こえてきた。シュルバはニヤリと笑い、言った。
「さぁ、絶望を始めよう」
最大の難関・宝物庫のロック。
宮殿の外、庭に面した部分にある宝物庫には普通の鍵と16桁のナンバーロック、トドメに虹彩認証までついていた。一見すると突破不可能な鍵だが、アルタイル達はいとも簡単にその鍵を開けた。
それは宝物庫の鍵が開く少し前の出来事だ。国王は書斎でウロウロと歩き回り、引き出しを次から次へと開けていった。そして、銀色に光る小さな鍵を手に入れると、ニッコリと笑って書斎を後にした。
しばらくすると、国王が宝物庫の鍵を持ってアルタイル達の前に現れた。国王は鍵を開け、虹彩を認証させて2つの鍵を解除。あとはルカ特製ハッキング用PCを使ってシュルバがナンバーロックをハッキングして解除する。これで3つの鍵が開いた。
「さて、さっさと盗んで帰ろ」
シュルバは周囲を警戒しながら宝物庫へと侵入していく。
「ふぅ〜、この服暑い〜………」
アリスも国王の服を脱ぎ捨て、他のアルタイル達に続くような形で宝物庫に入っていった。
宝物庫の中は少し埃っぽいが綺麗に片付けられていた。宝石やら短剣やらが頑丈そうなガラスケースの中に収納されている。その中に紛れて、例のネックレスも混ざっていた。
金でできたチェーン部分の先に、黒曜石のフレーム、そして更にその中には蒼く光を放つサファイアが埋め込まれていた。間違いない、これだ。シュルバ達はそう確信し、ガラスケースを割ってネックレスを盗み、宝物庫を後にした。
アルタイル達が宝物庫の扉を閉めたとき、扉の裏側からナイフを持った人間が飛び出してきた。紛れもない、国王だ。
「あら国王様、ごきげんよう♪」
シュルバはニタァ〜っと笑ってバランスを崩して倒れる国王を蹴り飛ばした。国王は腹を抑えながら何とか壁にもたれかかり、シュルバ達を睨む。
その出来事は、国王の耳にナイフが刺さる10秒前の話だ。
「チッ………」
宮殿の庭に響く舌打ちの音。
「あと少しで…………顔に当たってたのに……………」
何もない空間から現れたレイナは不満げにそう言った。
「レイナちゃん、ホントに大丈夫なの?」
「あぁ…………いつまでもシュルバに任せっきりでは悪いからな」
国王は血塗れの耳を手で抑えながらもう片方の手でレイナを指差した。
「貴様……………貴様貧民層の癖に生意気だぞッ!」
「貧民層………………か…………」
レイナはふぅと一息ついてから改めて言った。
「ほざけ、エゴイスト。貴様の様な人間の屑が私達に口を出すな」
レイナはナイフを突き出し、冷淡に言った。
その背後に、アルトがスッと寄ってくる。そしてアルトはレイナの手をとり、お互いに顔を見合って頷いた。
「見せてやるよ、俺とレイナの起こした矛盾をな」
2人の背後から、大きな黒い手が伸びているのが分かった。
「矛盾『悪夢』」
手は国王を包み込み、国王は闇に包まれた。
そう、これはまさしくレイナの記憶の具現化。レイナが持つヒポカローリに対するトラウマの成れの果て。
レイナの記憶にアルトが加わった事で起きた、タイムパラドックス。
国王はうめき声を上げながら、体を震わせ、歯をカチカチと鳴らす。シュルバはそれを見て、刃をつま先に装着した。
「うわっ………相変わらず容赦ねぇな」
シュルバは刃の装着された方の足で国王の首を力いっぱい蹴る。国王の頭はその瞬間から身体とセットで1つの物とは言えなくなった。




