3章16話『暁に浮かぶ闇(後編)』
終わりの始まり。タクトによってそう名付けられたこの仲間同士の戦闘。最初に仕掛けたのは他でもないタクトだった。
「ちょっと卑怯な手を使うけど、仕方ないよね」
タクトはノートパソコンを左腕で支えキーボードを叩く。カタカタカタカタと規則的になる音の消えた瞬間に、タクトの周りを光が包み込む。まるでガラスのように見えるそれは、シュルバ達生存派だけでなく、タクト以外の殺害派のメンバーですら寄せ付けなかった。
「僕周辺の時空を歪めて簡単なバリアを張らせて貰ったよ。これで僕に触れられるものはいなくなった」
タクトは両手を広げて満面の笑顔でそう言った。
シュルバはそんなタクトを強く睨み、重心を低く構えた。
「時空の歪み?知ったこっちゃないわ」
シュルバは大きく前に飛び、懐からサバイバルナイフを取り出す。ナイフはバリアに弾かれてタクトまで届くことはなかったが、シュルバはそこに大きな手応えを感じていた。
「そのバリア、どうやっても壊れないの?」
「もちろん。そう簡単に壊れたら困るからね」
特に気にするに値しないこの会話、シュルバはこの会話の中に勝機を見出していた。
「シュルバおねーちゃん、どっちなの?」
ルカがいつにも増して真面目な口調でシュルバに問う。それに対しシュルバは、不敵な笑みを浮かべながらこう返した。
「大丈夫、あのバリアは間違いなく壊れる」
ルカはそれを聞いてシュルバに対して頷き、ポケットからドライバーを取り出した。
「…………なるほど、僕から見れば隠蔽したつもりでも、シュルバにとっては情報を与えられただけだったのか」
タクトは改めて、『推理』の恐ろしさを目の当たりにした。
「でも、この程度で諦めるほど僕は弱くないよ」
タクトのその言葉と同時に、背後からレイナとヒロキが飛び出してきた。
ヒロキは愛刀『同田貫・彼岸』を手にシュルバめがけて走り出す。レイナも同じように、どこか悲しそうな顔をしながらシュルバに刃を向けていた。
「攻撃は最大の防御なり。って言うからな。悪いがシュルバには死んでもらう」
ヒロキは無情にもそう告げ、刀を大きく振り下ろした。シュルバが咄嗟にナイフでそれを受け止めるが、ヒロキの力の強さに押し負けてしまう。最終的にはシュルバがヒロキのナイフを横にいなす形で終わったが、シュルバはそれを見逃さなかった。
ヒロキの目に浮かぶ、ひと雫の涙を。
ヒロキの攻撃によりシュルバが完全に体制を崩した辺りで、レイナが攻撃を仕掛けた。寸前で避けたから良かったものの、レイナの持つナイフはシュルバの首筋に切り傷を作る。
更にその一撃により、シュルバは完全にバランスを崩し、後ろに倒れ込んでしまった。次の一撃でシュルバは間違いなく死ぬ。その瞬間に現れたのは見ず知らずの男だった。
男は両腕についた盾を用いてレイナの攻撃を弾き、シュルバの身を守った。
「これは………」
シュルバが驚いて声も出せない状態になっていると、奥から聞きなれた声が聞こえてきた。
「ルカのあたらしいファントム、『ガーディアン』だよー!」
「新型のファントムAI『AI:DEFENDER01』、間に合って良かったぜ」
ルカとアルトがシュルバに向かって手を振る。シュルバは優しく微笑み、ポケットから1本の針を取り出した。
「ごめんね、アリスちゃん♪」
シュルバは見たものの心に闇を植え付けるほどのどす黒い笑顔を浮かべながら、攻撃を弾かれて腰を抜かしているレイナの首に針を刺した。
「なっ………体が痺れて動かない………………!」
「俗に言う麻痺毒って奴だね。大丈夫、殺すつもりはないから。そこでゆっくり、タクトが生き延びる瞬間を目に焼き付けておいて♪」
そう言い残し、シュルバはレイナに背を向けた。
「いつから………私だって気づいてたの?」
「………首筋、斬られた時」
シュルバはレイナの見た目をしたアリスにそう返した。
「まさか、レイナの正体をアリスだと見破るとはな。凄いじゃないか」
ヒロキは鞘に納まった刀に手を掛けながら言った。
それを見てシュルバは非常に驚いた。
「あれ?ヒロキ、まだ動ける?」
ヒロキは真っ青になった。同時に、ヒロキの体全体に突き刺すような痛みが広がる。まるで全身に矢を刺されているかのように、ヒロキの体は弱っていった。
「あぁ、効いてきたみたいだね♪」
「シュルバ…………俺に何をした………?」
「気づかなかった?さっき攻撃を受けた時、アリスちゃんに打ったものよりかなり強い麻痺毒の針を刺したんだけど」
「そんな…………てことは俺の攻撃をギリギリでいなしたのは」
「演技♪」
ヒロキは胸元を押さえて膝から崩れ落ちた。そしてうつむきながら小さく笑い、こう言った。
「まんまとしてやられたな…………さすがシュルバだ」
ヒロキはそのまま床に倒れ、痺れる体の動きを止めた。
「俺は止まんねぇからよ…………ってね♪」
「どう?少しはあなた達の勝ち筋を消せた?」
シュルバはタクトに向かって問う。
「あぁ。まさかここまでとは思わなかったよ」
「………………なるほどね」
シュルバは口元に手を当て、ニヤリと笑った。
「でもまだ僕達には、切り札が残っているんだよ」
シュルバの背後で、血液が飛び散った。
シュルバはその血を左の頬に浴びながら、またしても不敵な笑みを浮かべた。後ろから聞こえる落下音に対して、シュルバは少し上を向いて言った。
「さすがペルセウス団長。レイナちゃんの存在に気付けるなんて相当だよ♪」
「少々手荒なマネをしてしまいましたが………まぁ死ぬことはないでしょう」
シュルバと霧島は、腹から血を流して倒れるレイナを挟んで会話を交わした。
「………………っ!」
タクトはシュルバを睨む。都合が悪くなったような表情でシュルバを見る。
「どうしたの?タクト、そんな顔して。あなたらしく無いんじゃない♪」
「シュルバがサイコパスの顔を出したと言うことは、シュルバは勝ちを確信しているってことだね」
「知ってるよ。あなたを護るこのバリアは、人を護る"愛"の力で作られていること、そして、それは今の私みたいに大切な仲間ですら容易く傷つけてしまうような人間に対してはほぼ意味を成さないってこと」
シュルバがサバイバルナイフをバリアに突き刺すと、バリアはバラバラと崩れていった。
シュルバは最初の会話を通してそこまで推測していたのだ。そのため、タクトを助けるために他の仲間を次々と傷つけていったのだ。
タクトはシュルバから目を逸らす。自分の負けを認めたくないかのようにシュルバを見ない。それでもシュルバはタクトに歩み寄る。そしてタクトを優しく抱きしめて、泣きながら言った。
「お願い…………タクト……………貴方が死んだら……………私………………!」
シュルバは胸の内の熱い何かを感じた。さすがのタクトもこれを無視することは出来なかった。またいつも通り、シュルバ達と一緒に戦いたい。そう、思えるようになるまで心を動かされた。それ故に、こんな仕掛けを作ってしまった自分を恨みに恨んだ。
「僕の体にはもう1つバリアが張ってある。そしてそのバリアはさっきのバリアとは対称的に、人の優しさが弱点なんだ。そのバリア、どこに張られてると思う?」
シュルバはタクトの腹の辺りを見た。シュルバが覚えているのは、そこに大量のダイナマイトが巻かれているのを見たところまでだった。
転生機で蘇って現場に戻ってきたシュルバが見つけたタクトの亡骸はもはや亡骸とは呼べない。ひたすらにグロテスクな何かがタクトのいた場所に散らばっていた。
「そんな……………タクト………………タクト……………………!」
シュルバは顔を手で覆って泣き出す。他のアルタイルも同様に涙を流していた。
絶対に起こらない、起こってはならないはずのことが起きてしまった。それが大切な人の死となった瞬間、その衝撃に耐えられるものはいなくなるだろう。
絶望。そんな言葉がよく似合う状況。タクトの運命が変わったのはそんな中だった。
シュルバが地面に手を付くと、そこには戦闘中に落としたであろうシュルバのサバイバルナイフがあった。どうやらタクトのダイナマイトは物に対しては影響が出ないようだ。
シュルバはあることに気づき、タクトの肉片を見渡す。そしてそれを見つけたシュルバはそれの前に立ち、サバイバルナイフを逆手に持った。
「あぁぁああぁあぁああぁあっっっ!!!」
シュルバは叫び声とうめき声の中間のような声を上げながら自分の左肩にサバイバルナイフを突き刺した。
「ぎっ…………!ぐはっ…………!ぐっ…………!」
何度も何度も、シュルバは自分の肩を傷つけた。
「シュルバっち!?何してるの!?」
「おいよせ!!そんなことして何になる!?」
「シュルバ………!一体どうしたと言うのだ……………!」
仲間たちからの声をかき消すかのようにシュルバは叫び続ける。そして数十分後には、シュルバの左肩はシュルバの胴体についていなかった。
その光景を見たアルタイルたちは、恐怖のあまり思考停止していたが、シュルバはなんとか理性を保ち、もう片方の腕でタクトの義手を掴んだ。
「実質的に、タクトを殺したのは私。タクトは私のせいで命を落とし、私はタクトの命を奪い去った。だとしたら、私がやることは1つだけ」
シュルバは義手を自分の肩の切り口に持っていき、装着を試みた。
「いなくなったタクトの代わりは私が務める。命を落としたタクトの代わりになれるのは、命を奪った私だけだから」
義手は不思議なことに、シュルバの肩にピッタリとくっついた。
「絶対に世界を作り直す。タクトに、この左腕に誓って」
シュルバは強い覚悟を胸に、左腕を前に突き出した。
窓から刺す暁の光は、タクトの死という夜を乗り越えたシュルバたちに希望という名の朝を知らせているように見えた。




