3章15話『暁に浮かぶ闇(前編)』
「んん〜〜〜…………」
アリスは目を強く瞑り伸びをした。
レイナも疲れからかウトウトとしている。ルカはヒロキの腕の中で眠りにつき、シュルバはいつも通り孵化厳選を勧めていた。
「みんなお疲れ様」
一足先に帰着していたタクトはPCを操作する手を止めてアルタイルに声をかける。同じく一足先に帰着していたアルトもラーメンをすすりながら軽く挨拶をした。
「あっ!アルト、ラーメン食べてるー!アリスも食べるー!」
「私も……………ラーメン………………」
「あっ、じゃあ私も」
一気に入るラーメンの注文。疲れた彼女らにとって熱々のラーメンは是が非でも食べたい一品なのだろう。
なんやかんやで眠っているルカを除いた6名全員がラーメンをすすっている中、シュルバがタクトに小声で聞いた。
「ねぇ……………本当の目的は何?」
「ん…………?どうしたんだ、いきなり」
「私の能力は『推理』なの。私に隠し事しようったって無駄よ」
「…………ごめん、今回だけは本当に何のことかわからない」
「…………………霧島の一件。霧島はタクトにとって、理性を崩壊させてでも殺さなきゃいけなかった人物よね?なんで彼女を仲間にしたの?」
「あぁその件か…………。まぁ確かに霧島は田口を殺したらしいけど、それはあくまでオルフェウスが裏で手を引いていたってのがある。オルフェウスが神としての資格を失った今、霧島は自由なはずだ。霧島自身、田口とは仲が良かったからな。上手くいけば、いい戦力になると思ったんだよ」
「……………本当にそれだけ?」
「あぁ、そっちの理由まで見抜かれてるか」
「ここまで来て言わないなんて言わせないよ?」
「大丈夫、僕が直接言わなくてもいずれ分かる事だから。きっと今日にはね」
「じゃあ…………始めるよ」
シュルバは最高管理室のPCを使い、世界のプログラムへの侵入を図る。とは言っても侵入自体はシュルバも何度も行っているため特に問題なく突破できた。本当の目標は、世界の崩壊だ。
プログラムにはありとあらゆる時間軸のありとあらゆる出来事が記されていた。今までに起きたこと、今まさに起きていること、これから先起きること。全て書かれていた。
シュルバはその膨大なプログラムの中から、中枢となる場所を見つけ出した。目標であるその場所は真っ黒く塗りつぶされたような扉の奥に広がっている。シュルバはゆっくりとドアノブを回し扉を引いた。
扉はビクともしなかった。
まるで鍵が掛かっているように何かが引っかかる感覚が手に焼き付いている。力ずくで開くようなものではない。そう確信した。
「そんな……………なんで……………!」
シュルバは何度もEnterキーを叩くが画面いっぱいに広がったエラーメッセージはアルタイルに道を開けてくれなかった。世界の崩壊など許されない。世界そのものがそう訴えているように感じた。
「おかしい……………敵対する護り手は全員殺したはずなのに……………!」
「…………………まさか」
アルトがぽつりと言った。
「護り手って言うのは神の使い魔のような扱いのもの。つまり護り手は、ペルセウスは例外として神1人毎に1人いることになるよな?」
アルトが言っているのはアルタイル達にとってはごく当たり前のことだった。それ故に盲点となってそのことを見落としていた可能性はあり得るが。
「そういえばアテナ様、俺達は貴方の護り手について何も聞かされてないぞ?」
シュルバはハッとアテナの方を振り向いた。アテナは一切動じずそこに突っ立っていた。
「確かに…………アテナ様の護り手の話は1つも聞いたことがないね」
「そこの所どうなんだ?アテナ様」
アルトはアテナを問い詰める。しかしアテナはそれでも物怖じせず、それどころか逆にアルタイル達を悩ませる一言を言った。
「私の護り手ですか?貴方達もよく知る人物ですよ?」
「私達もよく知る人物………………?」
シュルバは頭を抱えた。そして助けを求めようと彼の方に視線を向けた瞬間、そのことに気づいた。
「まさか……………ありえない、よね?」
彼は笑いながら、それに答えない。
「ねぇ……………なんとか言ってよ………………」
それでも彼は黙り続ける。
「違うよね?ありえないよね?………………何とか言ってよ…………………!」
「タクト…………………!」
辺りはざわついた。
「冷静に考えればそうだ。アテナ様が生きていた俺達ではなくわざわざ一度死んだタクトをはじめの一人として選んだのも、タクトが未来予知なんていうあからさまなチート能力を持っていたのも……………タクトが護り手だと考えれば納得がいく」
アルトは残酷にもそう告げた。
「つまり……………私達が世界を崩壊させるには………………………」
タクトを殺す必要がある。
「……………当たりだよ。さすが、シュルバだね」
タクトは立ち上がり、拍手した。
「そう、僕こそ最後の護り手・黒田拓人だ。よく見抜いたね、シュルバ」
「そんな……………こんなことって…………………」
タクトはなにやらPCを叩き始めた。ものの数十秒ほどでノートパソコンを閉じたタクトは改めてこういった。
「今この瞬間、僕は死ねるようになった。転生機から僕のデータを外しておいた。あとは僕が死ねば、世界の崩壊を実行できるようになる」
いつになく楽しそうなタクトを前に、アルタイル達は沈黙した。
「………………その必要は無いわ」
その沈黙を破ったのはもちろんシュルバだ。
「霧島の一件の時、彼女は簡易的な契約書を用いて護り手の役目を放棄していた。タクトも同じ方法を使えば、死を回避できるはずよ」
「確かにそうだが、そんなの僕のプライドが許さないに決まってるだろ?」
「確かにそうかも知れない。でも、今はプライドだの何だの言ってる場合じゃないの。私は貴方を死なせたくない。だから、今回は私の指示に従ってもらう」
シュルバの真っ直ぐで真剣な眼差しを、タクトはないがしろにはできなかった。
「分かった。シュルバの気持ちはしっかりと受け取る。でも僕のプライドも大切にしていきたい。だから、僕は僕を殺す」
「だとしたら、私は貴方を生かす」
「さて、僕とシュルバの意思は分かったけど、みんなはどうなんだい?」
突然投げかけられて困惑するアルタイル達だったが、順々に動き出した。中でもヒロキとレイナは、タクトの方に歩み寄った。
「2人とも!」
「どんな理由があろうと、俺はタクトの意見を尊重すべきだと思う」
「こればかりは…………回避できない運命だから…………」
「そんな………………アリスちゃんは!アリスちゃんは違うよね!?」
「………………ごめん、シュルバっち」
アリスはタクトの方に駆けていった。
「みんな…………なんで………なんで…………」
崩れ落ちて泣きそうになるシュルバ。それをフッと受け止めたのは意外な人物だった。
「大丈夫だ。俺はシュルバの味方だ」
「アルト……………」
「タクトおにーちゃんしんじゃやだもん!ルカもシュルバおねーちゃんのみかたなの!」
「ルカちゃん…………」
シュルバはアルトに支えられながら、よろよろと立ち上がった。
「4vs3………人数的にはこっちが負けてる…………」
「いいえ、4vs4です」
後ろからコツコツと足音を立てて現れたのは霧島だった。
「黒田さんを死なせるわけには行きません。田口さんに合わせる顔がありませんからね」
「…………僕の命を賭けて仲間同士が血で血を洗う、終わりの始まりとでも言い表せそうだね」
「終わらせなんてしない。私は貴方を生き延びさせる」
シュルバはタクトを指差した。
「さぁ、絶望を始めよう」




