3章14話『光、影の操り人形(後編)』
「霧島…………まさか、君が団長だったとはね」
「フフッ、おかげさまで大出世しましたよ」
タクトと霧島。
彼らは今お互いに、自分を殺した相手の目の前にいる。自分が殺した相手の言葉を聞いている。
表面上では不気味に笑いあっているが、心の奥底では睨み合っている。
タクトは後ろを振り返って、アルタイル達にこう告げる。
「下がってくれ。アイツとの決着は、僕がつける」
「タクト………貴方一人で大丈夫なの?」
「あぁ、任せろ。もはや霧島は僕の敵じゃない」
タクトはそう断言し、黒く笑い始めた。
「随分と余裕ですね、予言者さん?」
「………………」
タクトは、フッと笑うだけだった。
さて、次にアテナのほうに視点を向けてみよう。アテナとアルテミスは神の領域の奥にある神殿に歩いていく。
泉の水が日光に照らされてキラキラと乱反射する様がなんとも美しい。だが、今の2人にはその光を気にしていられるほどの心の余裕は無かった。
辿り着いた神殿には石の像が設置されている。その像にアルテミスが手を触れると、像は音を立てて回りだし道が開けた。
現れた階段をコツコツと降りる音が静寂を切り裂く。扉を開くキィ〜という高い音が虚空に響く。そしてアテナの声が神殿に響き渡る。
「失礼します」
何気ない挨拶の声に反応して、中央に座る男はのっそりと気だるげに立ち上がった。そして、蛆虫でも見るような目でアテナを睨み、言い放った。
「んだよ、俺に何か用か?この裏切りもんめ」
「ご安心ください。貴方も15分後には私と同じ裏切り者になりますから」
アテナは不敵に笑い、それでいて相手に圧を掛ける。
「俺が裏切り者だぁ?」
「違う。俺達は真実を聞きに来ただけだ。お前が真実を語ってくれれば、お前の無罪は証明される」
後ろから現れたアルテミスが冷淡に告げる。
「その通りです。まぁ、貴方が本当に無罪ならの話ですが」
アテナが珍しく表情をこわばらせ、言った。
「では、始めよう。始まりの神の名のもとに、この審判を行います」
「≪吟遊詩人の神≫オルフェウス、この者の審判を開始します」
アテナがそう言うと、強風が流れたかのようにオルフェウスは気圧された。アテナの圧倒的な気迫に押され、オルフェウスは怯んでしまった。
「審判の内容は、楯の盗難事件です。貴方も覚えていますよね?」
「楯の盗難事件………………もちろん覚えているさ」
「話が速くて助かります」
「まさかとは思うが、あの事件の犯人が俺だとか言うなよな?」
「………………話が速くて助かります」
オルフェウスは大声を出し、手を横に開いて主張した。
「おいおい、なんでそうなる?確かに俺はあの時のアリバイは無いけど、それだけで犯人扱いか?」
アルテミスは調子に乗るな、とオルフェウスの喉元に槍の先を向ける。オルフェウスは両手を上げ、何歩か後ろに下がった。
「ではまず、盗まれた楯についてです。5000年前に盗まれたあの楯ですが、あの頃はまだ下界が完全に形成される前でしたよね?」
「だからなんだ」
「つまりは、あの頃はまだ『護り手』のシステムが完全に形成されていなかったのです」
「何故、完全に形成されていなかったのか。それは、神の内の一人が護り手の制作をサボって一人だけ手をつけていなかったからだ」
オルフェウスは冷汗を流す。
「確かに、俺は護り手の制作をサボっていたよ。だが、それに関してはしっかりと裁きを受けたじゃないか。だから俺の護り手は他より少し劣っている」
「他より少し劣っている?失礼な方ですね」
「何が言いたい?」
「貴方の護り手、通称『ペルセウス』は下界の地球と言う名の惑星、それも日本の警視庁の地下に本拠地を構えていますよね?そしてその本拠地は、地下に向かって何層も重なっている」
オルフェウスの冷汗はどんどん増える一方であった。
「そういえばあの建物の最下層って何が置かれているんですか?」
「っ…………………!」
オルフェウスはギリギリと歯ぎしりをした。
「そしてあの本拠地、転移を防ぐための妨害壁が貼られていますよね?あれは紛れもなく、我々神にしか展開が出来ない特殊な壁でした。何の為にそんな物を展開したんですか?」
「うるさい!何でも良いだろ!」
「いえ、何も良くないんです。あの妨害壁は神ですら破れないほど強力な妨害壁でした。人間を通さないとか、アルタイルを通さないとかならまだ理解できますが、何故我々神をも通れないほど強力な妨害壁を貼ったのですか?」
「くそっ……………!」
「トドメに、盗まれた私の『アイギスの楯』。あれからは私の使い魔が現れるような魔術が掛かっています。そしてその使い魔の名前は……………」
『ペルセウス』です。
神殿内に響くのは、アテナのその声。そして、オルフェウスの膝から崩れ落ちる音、そして今そこにいない彦星の声だった。
「霧島、これ聞いてどう思う?」
「そうですか、私の信じたオルフェウス様は腐りきったゴミ屑に等しい存在だったのですね」
オルフェウスは気づいてハッとする。
「霧島…………!霧島がいるのか!?」
オルフェウスは慌てて首を回すが、辺りに霧島の姿はない。代わりにあったのは、スマホを片手に持つアテナの姿だった。
「今までの会話、全て電話で聞かせていました。残念ですが、今や霧島さんからの信頼はゼロに等しいですね」
「そんな…………」
オルフェウスは荒々しく立ち上がり、スマホに向かって叫ぶ。
「違う!霧島!違うんだ!俺はやってない!お願いだ!信じてくれ!」
背を丸めてスマホに向かって今ここにいない下僕に向かって自己弁護を行うオルフェウスの背後に、アルテミスが立った。
「今、審判は終結した。始まりの神の名のもとに、≪吟遊詩人の神≫オルフェウスに≪受命の制裁≫を下す」
オルフェウスは胸の内側に熱いものを感じた。
≪受命の制裁≫。
制裁の中でもかなり重い制裁に値するこれは、通常死ぬことのない神に命と共にいずれ訪れる死を与える。
「では、私はまだやることが残っていますので。ごきげんよう」
そう言うとアテナの姿は消えた。
アテナの姿が現れたのは、ペルセウスの本拠地内。制裁を受けたオルフェウスの生み出した妨害壁は既にその機能を失っていた。
「あなたは……………≪戦略の神≫アテナ様ですか?」
「正確には少し違いますが、そう解釈して貰えれば異存はありません」
「なぜ、あなたともあろうお方がここに?」
その問いに答えたのは、タクトだった。
「単刀直入に言わせてもらう。僕達の作戦に、協力してくれないか?」
「え……………?でも私は田口さんを一度………………」
「もちろん、それを許すつもりはない。だけど、一度殺した相手を捜し出すことくらい容易いだろう?一番に、あんな腐りきった神をまた見たくはないだろう?だから次あのようなのが出てきたら、直々に制裁を下せるんだよ」
「……………協力した場合のデメリットは無いようですね」
そう言うと、霧島はノートを取り出し何かを書き始めた。そして、タクトにペンを渡し名前を書いてもらう。そのページを破り、その紙とペンをアテナに渡した。
「私達ペルセウスは、護り手の役目を放棄します。あんなゴミに従うほど、私達の知能は低くありませんので」
渡された紙には「契約書」とでかでかと書かれており、その下に護り手の役目の放棄の旨が書かれている。そして一番下に、「霧島葵」、「黒田拓人」の名前があった。
「簡易的な契約書ですが、受け取って頂けますか?」
霧島はアテナに問う。
アテナはにっこりと笑ってこう呟いた。
「はい。よろしくお願いしますね、霧島さん」
「という訳で皆様に協力させて頂く事になった霧島です」
「よろしくお願いします、霧島さん」
「えぇ。精一杯頑張りますよ」
「これは頼もしいですね」
ヒロキ「この2人並べるとどっちがどっちか分かんなくなるな」
タクト「まぁ今のは全部僕だけどね」
ヒロキ「ぶっ飛ばすぞテメェ」




