3章12話『響く旋律広がる戦慄(後編)』
「アハハハハハハハッ!いいねぇ!もっと暴れなよ!」
轟音がホールに響く。2つの頭を持った魔獣が壁をボロボロと崩していく。護り手はただ、その光景を呆然と見つめることしか出来なかった。
ケルベロスの首に纏わり付く炎は無情なまでに全てを焼き尽くし、辺りは『煉獄』という単語がよく似合う様になっていた。
もちろん、ケルベロスの危険に晒されているのは護り手だけではない。アルタイル達だって、ケルベロスに殺される可能性はある。
しかし、タクトは依然として狂ったように笑い、崩れ落ちてゆくホールを目を見開いて見つめていた。
「凄い…………凄いよ!最ッ高に絶望的じゃないか!」
目の前のホールはその声が響く程の原型を留めていない。既にホールとは呼べないくらいまで壊され尽くしていた。美しい音楽堂の姿は、もうそこには無い。
そしてその瞬間は訪れた。
ケルベロスの前脚はホールの右端にある柱を薙ぎ倒した。それと同時に地響きが起きる。天井からはパラパラとコンクリートの粒が降ってきた。
「…………地震か?」
壁に寄り掛かっていたヒロキは天井を見渡してそう呟いた。
「違う……………これは…………………」
レイナは、いち早くその異変に気づいた。それが地震とはまた別の種類のものである事に。
そしてタクトは言った。
「…………まずい、崩れるよ」
ガラガラガラガラガラガラ!
数秒後に流れた騒音がタクトの声をも掻き消した。あと数秒早ければ助かった命は、虚空の果てに消えて無くなった。崩れ去るホールを前にタクトが最後に見たものは、タクトに向かってそのかよわい小さな手を伸ばすルカの姿だった。
タクトは瓦礫を押し退けて外へ出た。妙に涼しく感じられたのは一瞬だけで、すぐにケルベロスの炎は辺りの空気を暖める。
他のアルタイル達も、瓦礫の中から現れた。各々、服の土を払ったり、ゴホゴホと咳をしたりしていた。鮮血だけを残していったルカを除いて。
「ルカ…………」
アルトがしゃがんで血を眺めていると、遠くの方からゴリゴリと音がした。タクト達が警戒して臨戦態勢に入ると、案の定、瓦礫の中から護り手が現れた。
「今ので瓦礫に押しつぶされて死んでくれれば早かったのにな」
タクトは気だるげにそう言う。
「まぁいいさ、君の命もあと2分で尽きるからね」
そう呟いたタクトの背後から鳴き声を上げて現れたのはケルベロスだった。
ケルベロスは護り手に向かって四本の足を走らせる。この速さでは、護り手は逃げることも出来ない。ただひたすらそこに立っている事しか出来なかった。
ケルベロスの右脚から放たれた攻撃をなんとか拾った瓦礫を盾にして防ぐ護り手。それでもケルベロスの爪の内の1つは護り手の胸を切り裂いた。
「……………再生」
聞き取れるとは思えない程に小さな声。その声を放つと同時に、護り手の胸の傷はみるみる消えていった。それだけではない。護り手の肩の断面。そこから流れる血は棒状に固まり始め、形を形成する。切り落とされたはずの護り手の両腕が、あろうことかもう一度生えてきたのだ。
これにはタクトも息を呑んだ。
護り手は次の行動に移る。
右手を天高く上げ、中指と親指をくっつけた。そして中指を滑らせてパチンと音を鳴らす。
すると、アルトは頬に冷たい何かが当たったのを感じた。
ぽつり、ぽつりと降る水の粒はだんだんと大きくなり、いつしか大雨となった。
「雨…………?」
ヒロキが両手を広げて空を見上げる。
他のアルタイルのメンバーも、突然の雨に驚いていたがそこまで気にはしていなかった。
が、一番ダメージを受けていたのは意外な人物だった。
「ガァアァアアアアアアァア!!!」
人から出たとは思えない程大きな叫び声。獣の咆哮とも捉えられる程苦痛な叫び声。思わず耳を塞いでしまう。
「そうか、確かに『水が弱点』って言われても、納得がいってしまうね」
タクトは耳を塞ぎながら、眉間にシワを寄せて呟いた。
そう、この雨による影響が一番大きいのは魔獣ケルベロスなのだ。生贄を炎で炙って行う、いわゆる『炎の魔術』の力によって現れるケルベロスにとって、その炎を掻き消してしまう水の存在は天敵とも言えるのだろう。
その証拠に、ケルベロスは1分もしない内に朽ち果て、消えてしまった。
「凄いじゃないか、初見でケルベロスの弱点を見抜き天候を操作してそれを倒すなんて、さすが護り手さんだね」
タクトは美しいほどの満面の笑顔で、護り手に拍手を与えた。
「でも、僕達の作戦がこの程度で終わるわけ無いと思わない?」
そうタクトが言ったすぐ後に、ヒロキは刀を前に突き出した。タクトはスッと下がり護り手から距離をとる。そしてヒロキは刀をゆっくりと上に上げ、一気に振り下ろした。
護り手の周りに飛び散っていた血液はそれに合わせて柱上に伸び、護り手の身体を貫いた。
「『助けて、グングニルの槍!』なんてね」
タクトはドスの聞いた高い声でそう言い、終始爆笑していた。
対して護り手はフーッフーッと呼吸を荒くしながら、まるで母親を殺した相手を見るような目でタクトを睨んでいた。
呼吸と合わせて口からあふれ出る血液をなんとか飲み込んで歯を食いしばる。
痛みこそ感じないものの、まんまと嵌められた悔しさや人間ごときに嘲笑されたことへの怒りが沸々と湧き出て来る。
そんな護り手を見ながらも、タクトは無情にもこう言った。
「レイナ、畳み掛けろ」
レイナは前方へ走りながら、懐からあるものを取り出した。それを勢い良く前へ投げ、もう一つ別のものを取り出してそれを斜め後ろに投げた。
まず最初に投げたもの、これは閃光弾だ。破裂すると同時に強い光を放ち、護り手の視界を奪っていく。閃光自体はそこまで長く続かなかったが、問題は2つ目に投げたものだ。
2つ目に投げたもの、これは先程護り手にも仕掛けた手榴弾だ。そしてレイナの投げた方向の先にいたのは、ヒロキである。
ヒロキは手榴弾を両手で受け取り、懐へ忍ばせた。そして腰の鞘から刀を抜く。
さて、これが何を意味しているか分かるだろうか。
ヒントとして、ヒロキは懐に手榴弾を忍ばせている。言うまでもないがピンは抜いてある状態だ。そしてレイナの投げた閃光弾、これは護り手に作戦を妨害させないためのものだ。そして、ヒロキは刀を抜いた。
では、答え合わせと行こう。ヒロキは胸元に文字通り爆発的な熱さを感じた。反射的に、ヒロキは『破壊』を発動させる。
手榴弾は爆発し、ヒロキの血が辺りに飛び散った。しかし『破壊』は発動している。つまり………………。
「殺傷能力のある血の雨が降るってわけさ」
護り手はぐちゃぐちゃの肉片になりながら朽ち果てた骸と化した。ヒロキの血痕が放射線状に広がっている。タクトは勝利を確信した。
こんな事あっていいのだろうか。朽ち果てた骸は朽ち果てながらも動き出す。
「そんな…………」
流石のタクトも絶望に侵されそうになる。膝から崩れ落ちたタクトの元に骸が歩み寄ってくる。
そんなタクトの絶望を完膚なきまでに吹き飛ばしたのは、いつも隣りに居た相棒だった。
「全く………タクトらしくないわね」
もう一つの、シュルバの亡骸が動き出した。勝手に死なすな、と言った不機嫌そうな表情でタクトを見る。
シュルバの手は護り手の足をガッチリと掴んでいる。意図せず止まる左足、止まれなかった右足。その差についていけなかった護り手の体は大地と平行になった。
「よーし、私も魔法使ってみよっかな♪」
ゆっくりと立ち上がったシュルバは右腕を前に突き出した。
そしてそれを素早く上に上げた。
「召喚魔法・断罪の串」
護り手は大地から現れた鋭利な岩の柱に貫かれた。
≪NGシーン≫
獣の咆哮とも捉えられる………
シュルバ「こ↑こ↓」
タクト「はぇ〜大っきいっすね〜」
アルト「やめれ」