3章9話『空を舞う(後編)』
護り手とヒロキ、2つの異なる血が大地を侵食していった。片方は両足から流れるように地面に垂れる。もう片方には既に生物の面影が無かった。ただただ紅い血と肉片が散らばっているだけである。
「へっ…………やってくれるじゃねぇか…………」
護り手は額に冷や汗をびっしりとかきながらアルタイル達を睨む。
タクトもそれに返すように護り手を鋭い目つきで見ていた。
「このままでは体力だけが持ってかれて僕達は負ける。だからせめて………」
タクトはナイフを取り出し、それを護り手に向けた。
「タイマン勝負…………って奴をやってみたいな」
護り手はタクトのその発言に対し、心を躍らせながらこう答えた。
「俺にタイマンを挑むその度胸、買ったぜ」
タクトは小さく頷くと、ナイフを持ったまま腕を後ろに伸ばし地面を強く蹴った。
タクトの足は、ヒロキやレイナに比べれば確かに遅いが、それでも一般的に見るとかなり速い。そのため、ものの10秒足らずで護り手の前に辿り着いた。
護り手は左拳に力をこめ、集中した。護り手から見ると、タクトの動きは全てスローモーションの様にゆっくりに見える。護り手はタクトの攻撃を完璧にかわし、カウンターを加える。
はずだった。
「げほっ…………!」
護り手は胸に強い痛みを感じた。またしても血が出る。左胸に小さく空いた穴を見るとカウンターどころでは無くなった。
「テメェ何しやがった!」
護り手は痛みのあまりタクトに八つ当たりする。タクトは笑いながら左後ろを指差してこう答えた。
「悪いね。タイマン勝負を守るほど僕は性格が良くないんだ」
タクトの指差す先には金髪ツインテールのメガネっ娘、シュルバがスナイパーライフルを抱えて笑っている姿があった。
「…………ヤロォ!」
「まだ弾は余ってるよ♪」
シュルバはスナイパーライフルを顔の前に構え、スコープを覗いた。位置の微調整を繰り返し、ここだと言う場所で止まり引き金を引いた。
「ギガァァアアッァアアッッッ!!!!」
いつにも増して悲痛な叫び声だ。
護り手はヒロキによって傷つけられた足を死物狂いで抑えている。その両手は真っ赤に染まっており、タクトもそれを察してシュルバに向けて言った。
「その距離から当てたのは凄いけど…………もはや慈悲は無いんだね」
シュルバはあろうことか、護り手の足の傷口目掛けて銃を撃ったのだ。南無三としか言いようが無い。
護り手は両足を真っ赤に染めながらギラギラとシュルバを睨んだ。シュルバは煽る様に「お〜こわ〜www」と言いながらスマホをいじる。
「やった!確定演出!…………………違うの!今欲しいのはガブリエルちゃんじゃないの!ジャンヌちゃんなの!」
「……………石全部溶けちゃった?」
「溶けちゃった…………」
「来週から新コスジャンヌピックアップ来るよ?」
「嘘やん」
いつの間にか隣りに居たアリスも交えて会話するシュルバ。それを遠くから更に力強く睨む護り手。そして靴紐を直しながら真っ黒に笑うタクトが歪な三角形を作っている。
「ぐっ…………グギギギギギぎぎぎ!!!」
護り手はまるで黒板を爪で引っ掻いたような聞くに耐えない悲痛な声を漏らす。護り手の足はピクピクと動き血を垂れ流す。
そして護り手の体はゆっくりと動き出した。
血眼になりながら鈍い声を出しゆっくりと歩き出す護り手をタクトは少し離れた所から見守っていた。
「あ、君そんな足でも歩けるの。凄いじゃん」
「……………は?」
護り手ははじめに自分の耳を疑った。大量出血により耳までもおかしくなったと疑った。それでも声のする方向を恐る恐る覗いてみる。
護り手は次に自分の眼を疑った。
護り手の瞳に映るタクトは、宙に浮いていた。
「凄いでしょ?これ」
「え…………ちょ…………は?」
護り手は足の痛みも忘れてひたすらに困惑する。文字通り何がなんだか分からない。むしろ笑えてきた。
そんな時護り手は、タクトの足の裏に銀色の小さなチップのようなものを見つけた。
「まぁいいさ。さっさと終わらせよう」
タクトは指をパチンと鳴らす。するとタクトは突然地面に向かって落下し始めた。50mはあろう高さから落ちてくるタクトを見て護り手は何とか左腕に力を込めようとする。しかし、左胸の筋肉が悲鳴を上げそうはさせてくれなかった。
みるみる近づいてくるタクトは右手にナイフを持っていた。タクトは大きく振りかぶり、地面に到達するとほぼ同時にナイフを降ろす。護り手の肩は大きく裂かれた。
そして既にサイコパスモードに入っているシュルバは全く同じタイミングで護り手の右眼を撃ち抜いた。
「当たった当たった♪」
タクトはまたもや指を鳴らし、今度は空に戻っていった。
「くそっ…………どうなってんだよ…………………」
「アハハッ!君にわかるかな?僕が使った魔法の正体」
タクトの使った魔法の正体。それは電磁石だ。
アリスはタクト達が戦闘を繰り広げている間にルカ製の強力な電磁石を地面に設置していたのだ。
電磁石は鉄製のモノしか効果を受けないと勘違いしている人は多いだろうが、実は動物には反磁性といって僅かながら磁力を受けるとそれと反発する性質がある。タクトは靴紐を直すフリをしてその反磁性を強くするこれまたルカ製のチップを靴の裏に貼り付けていたのだ。
タクトが指を鳴らす事で地中の電磁石のスイッチは切り替わる。そのためタクトは空中を自由自在に飛び回ることができたのだ。
ちなみにだがもちろん護り手はそんなことに気づけなかった。
「おい……………ふざけんなよ……………」
「まぁそうだね。流石に僕だけ空を飛べるってのは不公平だ。だから………」
タクトは指を鳴らした。
「いいよ、地上で相手してあげる」
タクトは優しい笑顔で護り手に語りかけた。
「ルカちゃん、アレ」
「まってね…………はい」
「ありがとっ♪」
「俺に情けをかけたこと、後悔するんだな」
護り手は非情にもそう叫んでタクトに向かって走り出す。もう足の痛みなんて忘れていた。こいつを殺せばアルタイル達に勝てる、そう確信していた。
だからこそ、彼はこんなミスを犯してしまった。
「驚いたよ、まさかこんな簡単に引っ掛かってくれるとはね」
護り手は集中した。またしても周りがスローモーションのようにゆっくりに見える。護り手は相手の出方を伺いつつ、タクトに向かって走っていた。
しかしタクトは全く動く様子がない。不審に思いながらも、今更止まることも出来ないので走り続けた。
次の瞬間、護り手の視界は光に包まれた。
「おっけい♪」
シュルバは手鏡を持っていた。
手鏡は月の光を浴びて一直線の光の線を描いた。
その光はちょうど護り手の眼に当たっていた。
そのせいか、護り手の動きは少し遅くなった。その隙にタクトは催涙スプレーを取り出し護り手の眼に吹きかける。
護り手の動きはますます遅くなった。
トドメにシュルバはスナイパーライフルを撃った。
弾に塗りこまれているのはまたもやルカ製の麻痺薬。護り手の動きは完全に止まった。
「ルカ、よろしく」
「はいはーい」
ルカはタクトに手を振って、右手を前に出した。そして苦しむ様子もなくいとも簡単に大きめの機械を生み出した。『複製』によるものだ。
タクトは護り手を運び出し、その機械に横たわらせた。護り手は抵抗したくても体が痺れてそれが出来ない。護り手はされるがままに機械に縛り付けられた。
タクトはスイッチを押し、アルタイル達に「作戦終了」と告げた。
アルタイル達全員が自害した辺りで、護り手の耳に機械からのアナウンスが流れた。
「プレス開始30秒前」
≪一週間後≫
「爆死したぁぁあぁああぁぁああああ!!!!」
タクトは部屋で発狂するシュルバに、スッとiTunesカードを差し出した。
「神様……………………」
シュルバは泣きながらタクトに抱きついた。
その後シュルバはタクトに貰ったiTunesカードで200連を引き無事に新コスチュームのジャンヌを引き当てたとさ。
めでたしめでたし。
ヒロキ「何の話だよ」




