3章6話『足元にご注意(前編)』
アルタイル達の暮らす船にはカフェスペースや食堂等の公共のスペース以外に、個々が使いたいように使えるそれぞれの個人部屋がある。その部屋でタクトは作戦を立てたり、アルトは詐欺をしたり、アリスがファッション誌を読んでいたり………。
アニメグッズで埋め尽くされたシュルバの部屋は現在立ち入り禁止となっている。中でシュルバがあるものを調合しており、下手に触れると大惨事になり兼ねない。
そのため、シュルバの集中力を途切れさせないためにも今は立ち入り禁止なのだ。
シュンッ。その音が計7回、西からの夕日が差し込む荒野に響き渡る。草はほとんど生えておらず、アカシアの木が寂しそうに地面に一本の影を生み出していた
言うまでもないが、ここはアラスカやサバンナなどと言った一般人が行き着けるような場所ではない。ここは護り手の世界。『記憶力』の護り手の縄張りなのだ。
「貴様らがアルタイルか?」
背後から鈍く低い声がした。振り返るとそこには太陽を背中に背負って腕を組み立っている、髭をはやした大人の男性がタクト達を睨んでいた。
「全く………護り手っていうのはどうして総じて人間の姿をしているんだか」
タクトは小さく心の声を漏らすと、それとは対象的な大声で護り手に返した。
「いかにも。僕達が識別番号29695835番"アルタイル"さ」
それを聞くと、護り手はタクトに歩み寄っていきながらこういった。
「主から貴様らの噂は聞いている。何でも、既に護り手を2人殺しているそうじゃないか」
「へぇ、僕達って神様達の間でも知名度あるんだ」
ここで言う主とは護り手の雇い主、つまり7柱の神の事を指す。どうやら神の遣いである護り手を2人も殺したアルタイルという集団は神々の間でも話題になっているようだ。
「その噂の中に、血のついた刀を持った奴がかなり厄介だとあったんだ」
そう言うと、護り手の姿は消えた。
護り手はタクトの一瞬の隙をつき、ヒロキの目の前に表れた。護り手の拳はヒロキの肋骨をゴリゴリと砕き、持ち上げる。ヒロキは驚いて言葉を出すことも出来ないまま、口から血を吐いて倒れた。
アルタイル達は僅か0.3秒で起きた事態に開いた口が塞がらなかった。ただ一人を除いて。
「………挨拶代わり、とでも言いたいのかな?」
元の位置に戻っていく護り手を前にタクトは深い闇を持った目で護り手を睨んだ。護り手は不敵な笑みを浮かべてタクトを睨み返した。
「さぁ、絶望を始めよう」
タクトの声と共にアルタイル達は一斉に散らばった。
護り手はそれでも一切動じることなく佇んでいた。そんな護り手に若干の不安を感じながらも、彼女はサバイバルナイフを手に走る。
護り手の背後に音もなく現れたレイナ。護り手の頸を取らんと右腕を大きく横に振るも、護り手は頭を下げてそれを回避した。護り手はそのまま前に何歩か進み、レイナは乾いた土に足をつけていた。
そして、血が飛び散った。
「…………罠とはやってくれるわね、護り手さん?」
シュルバがメガネをクイッと上げて言う。その目線の先には依然として不敵な笑みを浮かべる護り手と、地面から突き出た無数の針に足を刺されて動かなくなったレイナがいた。
「貴様らだって幾度となく罠によって他者を傷つけて来ただろう。文句は言えないはずさ」
護り手は両手を横に広げ、笑いながら言った。
今の一連の流れを聞いてあることを見出したタクトはアルタイル達にそれを伝えた。
「いいか、あいつは『記憶力』の護り手だ。恐らくだが、ここにはまだいくつかの罠が置いてある。そして護り手は、どこにどんな罠を仕掛けたか、全て把握しているはずだ」
「となると、この戦いは俺達にとってかなり不利になってくるのか」
アルトはタクトにそう返した。それに対してタクトは、
「あぁ。アイツに刃を向けようとしたら最後、僕達は間違いなく苦戦を強いられるだろうな」
タクトはそう言いながらも笑っていた。
今の言葉の意味を理解できた人はそう少なくないはずだ。少なくとも、その場にいたアルタイル達はその意味を理解している。
「じゃあ、準備始めよっ」
シュルバが少しだるそうに大きめのアタッシュケースを取り出す。4桁の暗証番号を鍵に打ち込み、機械音と共にそれは開いた。
シュルバはその中の、先端に鋭利な石のついた棒の先に前述した薬品を丁寧に塗っていく。
その様子を見たタクトは、護り手に向かってこう言った。
「さっきはよくも、開幕とほぼ同時に女子2人を殺してくれたね。護り手さんとはいえ、少し無情じゃないかな?」
「だからさっきも言ったはずだ。貴様らだって罠を用いて何度も他人の命を奪っ…………………………………え?」
護り手は先程までとは打って変わってきょとんとした顔でタクトを見つめる。
「今…………なんと言った?」
護り手は体をプルプルと震わせ、タクトに聞き返す。
「フフフッ、そうさ。僕は女子を2人も殺してくれたねと言った。どうやら気づいたようだね」
次の瞬間、護り手の足元に何か熱いものが感じられた。それは護り手の背後にある剣山の周り、真っ赤に流れた血から感じられた。
「グォぁあぁああぁああっっっ!!!」
護り手の頭の中に響くような生々しい爆発音。護り手の足からは同じように紅く黒い液体がドロドロと流れてて、地面は更に紅く染まっていった。
「ヒロキ、お疲れ」
「全く………隠れる場所が木一本しかなくて大変だったぜ」
ヒロキが頭を掻きながらタクトに近づく。
「さて、改めて言うよ。よくも、レイナとアリスを殺してくれたね」
「……………貴様っ!」
護り手は歯をくいしばって血まみれになった両足を何とか動かそうと試みる。しかしそれはたったの22秒だけの出来事だった。
今度は護り手の左の脇腹に激痛が走る。恐る恐る首を回して見てみると、そこに刺さっていたのは矢だった。
「弓って結構大変ね。一回射っただけで肩、筋肉痛になりそう」
シュルバは肩をぐるぐると回し、呟く。
護り手はとりあえずその矢を抜くことにした。反対側の右腕を矢の方に持って………………いけなかった。
手が痺れて動かない。いや、手だけではない。護り手は全身が痺れてまるで身動きが取れないことに気づいた。
「そういえばなんでシュルバって毒系の薬物に強いの?」
「一応元探偵だからね。毒系の事は覚えておかないとやってけなかったのよ」
そんな他愛のないタクトとシュルバの会話が護り手は憎くて仕方がない。が、もはやアルタイルに向かって叫ぶ事も、憎しみの表情を作ることも出来なかった。
「さて、審判の時だよ。護り手さん」
タクトはゆっくりと護り手に歩み寄っていく。一歩一歩、ゆっくりゆっくり、護り手に恐怖を植え付けるように歩み寄っていく。
そして護り手は、勝利を確信した。
タクトが踏み出した34歩目。彼はその足の下の違和感に、そしてその危険の可能性にもっと早く気がつくべきだった。
「なるほど………これは予想外だね」
そして血が飛び散った。
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