3章5話『沈み行く(後編)』
タクトの瞳の黒色。
その奥には仲間を思う優しさ、仲間を傷つけた者への怒り、そして仲間を守れなかった自分への怒りが入り混じっていた。
先程まで倒れていくアルタイル達を嘲笑っていた護り手もタクトの眼に気圧され冷汗をかいた。
「………………………」
タクトは何も言わず、ただただ護り手を睨んでいた。他のアルタイルもタクトの様子を伺い、一歩も動かない。
護り手はこの状況をチャンスだと考えた。罠の可能性は十分にあるが、"あれ"を使えば問題は無い。そう判断し、護り手は両手を前に向けた。
気づけば戦闘開始前には栄えていた城下町はいつの間にかボロボロに廃れている。しかしお互いそんなことお構いなしに血で血を洗う戦いを繰り広げていた。
周囲から神秘的な力を集めているかのように護り手の手のひらの間には丸い光の玉が生まれていく。その光は次第に大きくなっていき、だんだんと人の形を形成し始めた。
「どうじゃ?美しいであろう?」
光が完全に人になった次の瞬間、光に暗い色が散りばめられていき、その姿はまるで戦国時代を生き抜いた屈強な武士の様だった。
「ゆけ」
護り手は右手に持った扇子をバッと音を立てて開き、それを前に出す。武士は砂煙を上げながら真っ直ぐにアルタイルに向かっていく。それを見たタクトはすかさずポケットからパチンコ玉くらいの大きさの白い玉を取り出した。タクトがその玉を地面に叩きつけると同時にモクモクと煙が上がり、辺り一体を白く埋め尽くした。
「事故が怖いから流石に毒は入れてないけど、煙幕は戦闘の基本だよね」
タクトはいつも通りつまらなそうに言った。
武士は煙を受け一瞬腕で目を守るような動作をしたのち、煙幕の中に突っ込んでいった。武士はまたもや一瞬にして煙幕を突っ切りアルタイルに向かって刀を抜いた。
武士の体から放たれた渾身の一撃は当たりこそしなかったものの、その刃にはタクトの髪が右に寄せられる程に風圧があった。
当たったら死ぬ。誰が見てもそう思える一撃だった。
護り手は刀が当たらなかった事が少し不満そうだが、それでも武士の強さを改めて確認できたことを嬉しく思い、高笑いする。その対角線上にいるタクト達は一切笑うことなく、唇をプルプルと震わせている。
その勢いで武士は立て続けに3回攻撃した。
1発目はタクトの首を狙った横一閃斬り。タクトはそれを体を動かさず首だけで回避する。そして仰け反ったタクトの腹に刺すように2発目。タクトは体を一回転させ、それをかわす。そして最後に武士自身が刀を持ったまま体を一回転させる3発目。タクトはこれも華麗にジャンプしてかわした。
それ後も武士は次から次へと流れるかのようにタクトに攻撃を仕掛けていく。しかし、タクトはそれを時折目を閉じながら軽々と交わし続けた。
タクトの能力『支配』は未来が見える能力。未来を見ることでどこからどんな攻撃が来るかを予測できるため、能力を発動している限り、武士の攻撃がタクトに当たるはずは無いのだ。能力を発動している限り。
未来が見えるなんていう周りとは桁が違う能力を何のデメリットもなく使える訳がない。しかも仲間が既に3人殺されているという緊張感漂う状況だ。タクトの体力は時間が経過するごとにじわじわと減っていっていた。
しかし武士の方も確実に当たると踏んで放つ攻撃が回避され続けている。体力的にも精神的にも限界が近くなってきた頃だ。
先に退いたのは武士の方だった。護り手が武士の体力が限界近いことに気づき、一度退かせて相手の様子を伺う事にしたのだ。
「ご苦労だった」
と護り手が武士に告げ、今度は護り手自身が立ち上がる。そして例の如く、また両手を前に出し、光を集め始めた。
が、それは本当に一瞬だけだった。
護り手は突然左腕に流れた電流の様な痛みに悶え、地面にうずくまった。左腕を抑える右手には赤黒い液体がベッタリと付着している。護り手は恐ろしさのあまり大声で叫ぶ。
護り手は自分の左腕を斬ったのはどのアルタイルかを考える。しかしアルタイルは常に護り手の目の前に居た為、護り手の腕を斬るのは不可能。かと言って護り手の近くにいるのは自分自身が生み出した武士だけ。武士が裏切って護り手の腕を斬るとは考えにくい。
護り手の左腕は、ひとりでに傷がついた。どうあがいても、その結論にしかたどり着けなかった。
武士は、膝を立てて地面に座っている護り手を通り越してアルタイルの方へ向かった。が、その腰には刀が刺さっていない。
武士はアルタイル達の輪の中に入ってくるりと体を一回転させた。表れたのは、アリスだった。
「なっ…………」
護り手は目を疑った。それは、武士がアルタイルだったということについてもだが、大きな理由としてはさっき殺したばかりの人間が何事も無かったかのようにそこに立っていたからだ。
「なぜ…………生きている?」
「なぜ生きてるって………………」
タクトは嘲笑うかのように目を見開いて叫んだ。
「そもそも最初から死んでないんだけど」
そう言うと、足元に転がっていたヒロキの亡骸がネチャネチャと生々しい音を立ててゆっくりと立ち上がった。
「あ~…………まだ若干頭痛いわ………」
ヒロキはのっそりと歩いてアルタイル達に交じった。
「ふん、それでもあの小娘は生き返らないではないか」
護り手はそれを見てもなお、眉を震わせながらアルタイル達を笑おうとする。
タクトは余裕綽々でその言葉に返した。
「小娘…………あぁルカの話か」
その声とほぼ同時にタクトの背後から一筋の光が流れ出た。その光は護り手の足元に着陸すると、一気に膨張した。
「ルカ、ちゃんと仕事してくれたみたいだな」
アルタイル達は事前に用意していた強化盾で身を隠す。
「これは劣化ウラン弾…………アメリカ軍の使う、使い方によれば核兵器より危険な爆弾だよ」
タクトが護り手に話し掛けるように声を出すが、そんな声は既に護り手には聞こえていなかった。
しばらくして光、音、爆風の全てが完全に消え去った頃、目の前には予想打にしない物があった。
城だ。
「今のはまともに喰らってたら危ない所だったの…………」
護り手は天守閣からアルタイル達を見下ろすように立っていた。
「聞かせてくれ。妾がお主らの仲間を殺めたと思われたとき、お主らは仲間の死を驚き、妾に向かって敵意を剥き出しにしていた。あれはまさか………」
タクトは相手に恐怖心を与える程の満面の笑みで答えた。
「演技」
「……………………やはり、そうか…………………………………」
護り手はこいつらには勝てないという圧倒的な絶望と共に、自分を完璧に騙せた事に対する拍手を送りたくなった。
そして護り手はこの期間に及んでとんでもない事を抜かし始めた。
「だが残念ながら、妾はこの城に籠もって一切の戦闘を放棄する!貴様らの思うようにはさせないぞ!」
流石のタクトもこれには呆れ果てたが、これも予想の範囲内だ。
船にいるルカは極小型の劣化ウラン弾を用意した。劣化ウラン弾は城の一番下の石垣に当たる。
「な、なんだ!?」
護り手が気づいた頃には、護り手は頭から落ちて落下死してしまっていた。




