3章4話『沈み行く(前編)』
カンカンカンカン!ドゴォ!ボォン!ドドドドドドドド!
一般的に考えて、間違いなく子供の部屋から聞こえてくるはずの無い物音でタクトは目覚めた。朝は優雅に眠い目を擦りながら小鳥のさえずりを聞いて起きるのがタクトの理想だが、贅沢は言ってられない。
それに時計はまだ朝の5時半を示している。こんな朝早くから物音が聞こえてくる限り、彼女はかなり頑張ってくれている様だ。
それでもこんな朝が6日も続いているとなると、少し無理なお願いをしてしまっただろうか。タクトは罪悪感に駆られた。
軽く朝食を済ませ、彼女の部屋の前に来た。彼女は集中するとほとんど何も食べずに作業を進める。そんな彼女にハムサンドとココアを運んであげるのがタクトなりの優しさなのだ。
ドアをノックしようとすると、先程まで聞こえていた作業音がピタリと止んだ。しばらく扉の前で立ち尽くしていると、ポケットのスマホが鳴り出す。察しのいいタクトはドアを開けた。
「ルカおつかれ、完成した感じ?」
「あ、タクトおにーちゃんありがとー!」
ルカはニコニコしながらタクトから朝食の乗ったトレイを受け取った。
さて、ルカの作っていた物はタクトの見る限りかなり完璧な出来で、タクトは思わず拍手していた。
「なんかもう…………すごいとしか言いようが無いね」
「すごいでしょー!ルカがんばったよー!」
「1週間カフェスペースのお菓子食べ放題」
「やったー!ありがとー!」
こう見ると仲の良い兄と妹といった風に見えるが、この2人は仲間。得意分野は違くとも、共に何度も死を乗り越えてきたかけがえのない仲間なのだ。
「それにしても、時間は掛かったとはいえよくこんな技術の結晶みたいなのをここまで完成度高く作れたね」
「うん。難しい所はシュルバおねーちゃんとかアリスおねーちゃんとかが教えてくれたの」
なるほど。確かにルカ1人でアメリカの陸軍・空軍が日夜血眼になって開発を進めてきた軍事兵器をたった6日で作れる訳はない。だがそこに、IQ190を誇るシュルバと一国家の影武者をしていたアリスが加わるとなると、この短期間で世界中から禁止措置が施されるそれを作れたとしても頷ける。
タクトは、俄然次の戦いが楽しみになってきた。
転送装置から降りたったタクトは、場所の確認を行った。
今回の舞台は日本、それも戦国時代の城下町の様な趣のある場所についた。
アルタイル全員が到着すると共に、桜の花びらが強い風に煽られて辺りに散らばった。そして今度は竜巻の様な風が吹き、1箇所に渦を巻くように集まる。
その風がおさまった頃、渦の中心にいたのは『創造力』の護り手だった。
「そちらが『運動能力』を倒したアルタイルか…………くるしゅうない。妾の刀の餌食にするに値する人材だ」
「刀の餌食に…………ねぇ?僕達は『運動能力』さんを嵌め殺した訳だけど、それを知ってもまだ大口叩ける?」
「無論。そちらに負ける気はせぬわ」
護り手はそう言うと、右腕を横に振る。そしてその手を上にあげた。アルタイル達は常に警戒状態だったが、護り手のその行動の意味はイマイチよくわからなかった。
ただ、タクトだけは違った。未来を読めるタクトは、その展開を予想し、アルタイル達にこう指示した。
「伏せろ!」
それとほぼ同時に護り手は上がっていた右腕を下に振り下ろす。
アルタイル達の背中に、金属製の何かが通り過ぎていった事がわかった。
「なっ…………!」
顔をあげたレイナの目の前には地面に強く刺さる一本の刀があった。刀はレイナの所だけでは無く、アルタイル全員の目の前に突き刺さっていた。
「創造力の護り手だから、自分の欲しいものを何でもどこにでも生み出せるってか…………チートにも程があるんじゃないかな?」
タクトはゆっくりと立ち上がり、そう呟いた。
が、護り手の手には弦が最大まで引っ張られた弓がある。しかも、同じものがあと6本空中に浮かんでおり、矢の先には薬か何かが塗ってあるようにも見えた。
「油断したな、アルタイル」
護り手の左手が開いた。それと同時に7本の矢がアルタイルめがけて飛んでいく。流石に完全に不意打ちだったため、余すことなく全て命中してしまった。
レイナは対抗するため立ち上がろうとした。そう、立ち上がろうとしただけなのだ。レイナだけに限らずアルタイル全員に起きている現象だが、体が縛られたように全く動かないのだ。金縛りなんかよりたちの悪い何かを痛感した。
「なるほど…………矢の先端に麻痺系の毒を塗るなんて、なかなか知能指数が高そうじゃないか」
護り手はタクトの言葉を完璧に無視し、両手を開いて前へ突き出した。すると、だんだんとアルタイル達の周りに鉄で出来た棒が幾つも飛び出てきた。その棒はアルトの身長より少し高いくらいの辺りで今度は横に伸び始め、最終的にはアルタイルを完全に閉じ込める、いわば鳥籠のような形になった。
その頃にはアルタイル達の麻痺もだいぶ治ってきた頃だったが、築かれた檻はヒロキの同田貫・彼岸でも傷1つつけられない程に頑丈に作られていた。
『詰んだ』という言葉に最もふさわしい状況である。
「クソッ…………まるで傷がつかねぇ」
ヒロキは汗を拭い、鉄柵から一歩引く。
「これは…………もしかすると私だけなら……………」
レイナはそうタクトに提案する。レイナの能力『消失』でレイナだけ檻から脱出し、外から鍵を開ける作戦だ。
しかしタクトは、一度は検討するもすぐに無理だと悟る。
「いや、この檻見た感じ鍵がついてない。それに仮に鍵がついていたとしても、護り手が動かない訳が無いだろうな」
「そんな…………………」
レイナはタクトから目線を逸らし、奥歯を噛み締めた。
絶望的な空気が流れる中、ある一人が口を開いた。
「仕方ないわね…………ちょっと痛いけど、背に腹は替えられぬって言うしね」
シュルバはポケットからナイフを取り出した。
その様子を見たヒロキがすかさず、
「待て。そんな小さなナイフで檻を傷つけられるとでも?」
シュルバは不敵な笑みを浮かべながら、ヒロキに返す。
「大事なのは武器の強さじゃない。使い方なの」
シュルバは可愛くウインクをし、檻ではなく自分の左手を切り刻み始めた。辺りにはシュルバの血液が飛び散り、タクトの頬につく。
「そうか、冷静に考えればそれが一番手っ取り早いね」
シュルバは手を傷つけながら、タクトに頷く。
そしてある程度斬った所で、シュルバは檻を掴み、苦悩の声を上げながらその手を下に動かした。檻には血がべっとりと付着した。
ヒロキはここに来て理解したらしく、すかさず刀を取り出し目の前に突き出した。小さな爆破音と共に鉄の棒の内一本が壊れ、そこからアルタイル達は檻の外に脱出した。
「バカめ!引っ掛かったな!」
護り手のその言葉の直後に、天から降った刀によってルカとヒロキの血飛沫が飛び散った。
「グオォアアァアァアッッッ!」
「キャァアァアアァアッッッ!」
そして護り手は新たに刀を手にし、今度は直々にシュルバへと刃を向けた。砂煙に隠れて見えなくなった2人の姿。その幕の中からはまたしても血が飛び散っていた。
砂煙の中から出てきたシュルバは涙目になりながらタクトの元に走り寄る。
「シュルバ!大丈夫か!?」
「私は大丈夫…………でも……………アリスちゃんが…………」
シュルバの背後には血塗れになって倒れるアリスの亡骸があった。
タクトは眼を変えて護り手に一歩歩み寄ってこう宣言した。
「そうか…………うちの仲間に手ェ出しちゃったか……………」