3章1話『あの日』
なんの変哲もない簡素な箱に入るのは、形や大きさに統一感のない色鮮やかな歯車たち。タクトとルカ、それとシュルバの3人はその歯車たちに見向きもせず目の前の大きな機械にドライバーを差していた。
流石の3人でも、神の作った転生機を弄るのには苦戦を強いられる。それぞれ、仕事を分担しながら作業を続けてもなかなか修理は終わらない。
気がつけば丸2日経っていた。
「あ、このネジそっちじゃない?」
「ルカ、そこのカバー外してくれ」
「タクトおにーちゃん、ドライバーとって」
彼らはこの48時間、ほとんど何も食べずにこの手の会話を繰り返していた。
だんだんと蓄積された睡魔に対抗できなくなってくる。そろそろ諦め始めてきた頃だ。
それでも3人は、作業を続けた。
「メインの方はこんな感じか。後はこれをうまく調整して…………」
タクトとシュルバはルカを部屋に帰し、代わりにアルトを呼んだ。部屋に入ったアルトは2人の薬物中毒者の様な顔を見て思わず病院の受診を勧める。
「えっとここにこの変数を入れて、後は29695835………………っと」
調整の方はそこまで手こずる事なく突破できた。
タクトがEnterキーを弾くように叩くと、部屋の奥から重い機械音が聞こえてきた。
「やっと………起動したな」
タクトは達成感と徹夜の疲れに同時に襲われ、床に倒れてしまった。シュルバとアルトも同じ様に机にうずくまるなり、背伸びをするなり、疲れを緩和していた。
「さて、みんなを呼ぶとしようか」
タクトがスッと起き上がって2人にそう言った。
が、『よ』の辺りでそれを遮るシュルバの声が空気を震わせタクトの鼓膜に届いた。
「待って。話があるの」
「シュルバ?どうしたの、そんなに改まって」
「これから私達は、世界の崩壊に向けて本格的に動き出す。だから、仲間の事はしっかりと認識しておかないといけない」
「確かに、シュルバの言う通りだな」
「賛成してくれるなら、話が早い。私が何を言いたいのか簡潔に効率よく言うとしたら………」
「私は貴方の過去が知りたい。」
タクトから笑顔が消え失せた。
「貴方は何故天空神に協力したのか、常に冷静な貴方をあれほどまでに狂わせるキリシマとは一体誰なのか、そして何より貴方を狂わせた直接的な原因となるタグチツバキとは何者なのか」
「これを知らない限り、私達はずっとタクトとの隙間を抱えたまま世界を壊す旅に出ることになる。そうなりたくは無い。私はタクトに寄り添っていたいの」
「だから、辛いことかも知れないけど…………教えてくれないかしら」
シュルバは少し涙目になりながらタクトに語りかけた。タクトがチラリとアルトの方を見るとアルトも深刻そうに目を閉じていた。アルトの『接続』で自分の過去を見ることも出来たはずだが、それで引き出した情報に意味は無い。アルトの表情からはそう読み取れた。
「僕をあれほどまでに狂わせたか…………自分では、冷静なつもりだったんだけどねぇ」
タクトは苦笑いして頭の後ろをかく。
「どこから説明すればいいのか悩むところだけど、とりあえずタグチの事から話そうか」
タクトは、長く閉ざされた重い口を開いた。
「田口椿希…………彼女は昔僕が行った高校生連続殺人事件、もといコロシアイゲームの被害者の1人だ。彼女は吸血鬼の末裔で、殺害された遺体から血を吸って吸血鬼として一人前になろうとしていたんだ」
「なんで…………そんな事をタクトが知ってるの?」
「……………僕は偶然、田口が遺体から血を吸う瞬間を見てしまったんだ。問いただしたら、全て吐いたよ」
「そして、田口はコロシアイゲームの黒幕である僕の協力者として裏でゲームを操っていったんだ」
「でも、それも長くは続かなかった。遂に、参加者の1人に黒幕の正体がバレたんだよ。僕が黒幕だと見破った参加者、そしてその勢いで僕を殺した犯人…………それが霧島葵……………って訳だ」
タクトはそこまで語って黙り込んでしまった。アルトも、これ以上聞くことは無い。とシュルバにアイコンタクトを送るが、その信号は見事に無効化された。
「それだけじゃ無いはずよね……………」
タクトは苦い顔をした。
「霧島ってペルセウスはタクトを殺した事までは嘘では無さそうだった。でも、あのタクトがその程度であそこまで理性を失うとは思えない。まだ他にも、理由があるんでしょ?」
シュルバはタクトに近付いて、問い詰めた。
なんとなく、その質問で自分が不幸になるのは感づいていたが、そのぐらいの絶望も乗り越えられない自分に、数多ある絶望を乗り越えてきたタクトの過去を知る価値はない。
シュルバはそう考えていた。
「僕の協力者、一言で言うなら、僕は彼女の事が好きだったんだよ」
「だから、僕は田口を助けたい。運命なんかに抗わなくても田口が田口の力だけで生きていけるようになってほしい。それが僕の、世界を作り直さなきゃいけない理由だよ」
タクトがふっと顔を見上げると、シュルバが少し切ない顔をしてタクトを見つめていた。
「そっか、田口って人の事が好きだったんだね」
教えてくれて嬉しいような、でもなんだか切ないような。複雑な気持ちがシュルバの小さな心をなみなみに満たした。
「さぁ…………次はシュルバの番だ」
タクトは優しく微笑みながらシュルバに宣告した。
シュルバはぽかんと大口を開けてタクトの顔を見た。
「シュルバが言ったんだぞ?仲間の事を知らないまま旅になんて出たくないって。だから、僕にもシュルバの過去を聞く権利はあるはずだ」
「教えてくれよ。君が何故、ふたつ返事で僕達の計画に協力してくれたのか、君に多大な絶望を振りまいた僕に協力してまで君が成し遂げたい事をさ…………」
シュルバは少し悩んだが、決意を固めた。
「理由は大きく分けて2つ。1つはこの『シュルバ』という名前、もう1つは私自身の存在に関係しているの」
「1つ目。私は親から名前をつけてもらえなかった。いつも邪魔者扱いされて、一切の愛を貰わなかった。だからせめて、他の時間軸では私は幸せに生きていたのか、親からの愛情を受けていたのか」
「そして何より、どんな名前をつけてもらったのか。私はそれが知りたかった」
「もう1つは…………幸せな生活をしている他の『シュルバ』達に隠れる不幸な『シュルバ』を私はもう見たくない。今タクトの目の前にいる『シュルバ』も視界に入れたくない」
「それがもう1つの理由。私は、私自身をこの世界から消し去りたかったの」
シュルバは座り込みうつむいて、顔を隠そうとする。タクトとアルトはそれ以上何も聞かずに、優しくこう言った。
「これで2人の間にあった隙間は無くなった」
「これで僕達は一心同体。シュルバ、これからも僕と共に戦ってくれ」
シュルバはタクトの顔を見上げて、高い声で答えた。
「えぇ。絶対に、貴方から離れたりはしない」
シュルバはタクトから差し伸べられた手を取って立ち上がった。




