2章22話『古き仲間懐かしき敵(後編)』
「クロダさん…………単刀直入に言わせてもらいますが」
キリシマはポケットから銀色に光るナイフをシュッと展開させタクトに向けて突き出した。
「貴方を殺害させていただきます」
キリシマはタクトを冷たく睨む。タクトはそれを見て大きく頷き、叫んだ。
「いいよ、殺させてあげるよ。でもそれは、君に僕が殺せるならの話だけどね」
タクトは例の如く黒く笑い始めた。
キリシマは感情を完璧に殺しタクトめがけてナイフを飛ばす。タクトは目を閉じたまま体を右へ左へ揺らす。計25本放たれたナイフは見事に1本もタクトに当たることなくガガガガガと背後の樹に刺さった。
キリシマはタクトの体が中心に戻り始めたのを見て26本目のナイフに風を切らせた。タクトはそのナイフが来るのを予測していたかのように回避不可能と思われたナイフを回避した。
それだけではない。あろうことかタクトは空中を真っ直ぐに飛ぶナイフの柄の部分を右手で掴んだのだ。ナイフの勢いに持って行かれてタクトはバランスを崩………………さなかった。
タクトは腕ごと後ろに進んでいくナイフの勢いに逆らうことなく体を一回転させ、さらに力をかけてナイフをキリシマに向けて放った。ナイフはキリシマの肩をかすり森の中に消えていった。
「どういうつもりですか?」
「別に。キリシマが僕を殺そうとしているとしても、僕はキリシマを殺すつもりは無い」
「なるほど…………だからあのナイフをわざと外した訳ですね」
「よく気がついたね。って言っておくよ」
キリシマは次のナイフを取り出そうとするが、ある事に気がついた。キリシマはタクトに勝利する方法を見出したかも知れない。タクトの理性を崩壊に追い込めば、僅かにながら勝機はある。
そう思うと、キリシマはナイフをしまいタクトに問いかけた。
「私はペルセウスという組織の幹部をしています。あの時、貴方を殺した事で昇格したのです」
「へぇ。僕が君の出世に貢献できたのなら嬉しいよ」
「でも、あの時のクエストは『吸血鬼の殺害』。いきなり出世できるほど大きなクエストでは無かったのです。これから導き出される答えは………」
「僕は、殺す事でいきなり出世できるほどの存在…………識別番号29695835番『アルタイル』だと言うことだろ?」
「えぇ。その通りです……………が。もう一つあります」
タクトはその発言の意味がわからなかった。他に、自分達の何がわかったと言うのだろうか。
転生機の存在か?それとも、アルタイルが同じ時間軸に7人も存在しているということか?もしかして、時空神がこちら側についているという事だろうか?
キリシマが繰り出したのは、そんな予想からかけ離れた一言だった。
「貴方が吸血鬼ではないのだとしたら、本物の吸血鬼は誰だったのか」
「……………知らないな」
「まだとぼけるつもりですか?貴方は吸血鬼が誰かわかっているはずですよね?」
「………………さぁな」
「はぁ……………タグチツバキと言わないと、分かりませんか?」
「……………そうか、その名前を出したか」
「ツバキとアオイって……………」
船で2人のやり取りを聞いていたシュルバはある事に気がついた。
「タクト……………偶然私の時間軸にいた同じ名前の人かも知れないけど、そのツバキって人は…………」
「ベガか、アルタイルかのどっちかだと思う…………」
タクトは目を見開いた。
「同じ時間軸に自然に同じ識別番号が2人生まれる訳がない。アルタイルの僕達と同じ時間軸にいた以上…………ベガの方だろうな」
「まだある……………私の時間軸のツバキちゃんは……………」
「アオイという名前の人に殺害されてる……………私が担当した事件だから間違いない」
「……………………………………………………」
タクトは目を閉じた。キリシマはそれを見て笑っている。
「気が変わった」
タクトはゆっくりとキリシマに歩み寄っていきながらこう言った。
「キリシマ…………僕の作った時間軸にどうやってベガが生まれただとかペルセウスの君がどうやって僕の作った時間軸に入ったのかなんて聞くつもりは無い。だから用件だけ言わせてもらう」
「君がタグチに手を出したのなら、僕は君を殺させてもらう」
タクトの右腕が変形を始めた。段々と細長く尖っていく右腕は、やがて刃物のように鋭くなった。
「なに…………あれ……………」
アリスは現状が掴めず混乱していた。そこにルカが言う。
「タクトおにーちゃんのあの義手は、一定以上強い脳波を計測したらタクトおにーちゃんの望む形に変形するようになってるの」
「つまりあれは………キリシマって人を殺す事を強く望んだタクトの形」
キリシマがタクトの腕を見て臨戦態勢に入る前に、タクトの体は姿を消した。キリシマが辺りを見回すと、タクトはすぐ後ろでキリシマの首を取ろうとしている。キリシマが反射神経のみでタクトの動きを完全に避けた…………と思われた。
タクトは右腕でキリシマの体を仰け反らせ、左腕でキリシマの肩を殴る。もちろんその左腕も鈍器のように硬く重くなっており、キリシマの骨は音を立てて折れた。
「ぐっ……………!」
キリシマは折れた肩を抑え、後ろへ後ずさりする。しかし、それもタクトの計算の内だったようだ。
「あぁぁアァあッツ!」
キリシマの左足にはトラバサミが噛み付いており、ドクドクと血が流れ出している。
「そろそろ、僕の能力を教えようか…………」
「僕の能力は、『支配』。簡単に言うと、未来が見える訳さ」
タクトは家の中に入って歯車を盗み、船に帰る準備をする。
「まだ………まだですっ!」
キリシマは、聞くに耐えない苦悩の声を漏らし口から血を吐きながら体を震えさせた。
キリシマはポケットからナイフを取り出し、トラバサミに捕まえられた左足を無理やり引き千切り、右足だけでタクトの背後をついた。誰もがタクトの死を覚悟した。
「だから…………僕は未来が見えるんだってば………………」
タクトはスッとそれを避ける。キリシマはバランスを崩し地面に体を叩きつける。キリシマは右足だけでなんとか立ち上がってタクトを睨む。
「何故…………私がこんな目に…………っ!」
「なんで君がこんな目にあっているのか…………だって?」
タクトはキリシマに顔を近づけて言った。
「君はタグチに手を出したんだ。許せる訳が無いだろ?」
顔を近づけたタクトの腹に向かってキリシマはナイフを刺す。タクトは避けられたはずだが、何故か避けなかった。
「何故…………避けなかったのですか?」
キリシマの問いにタクトは答える。
「何故避けなかったか…………かぁ」
「正確には…………避ける必要が無かったってとこかな」
ピー。ピー。ピー。ピー。
キリシマの背後で鳴る機械音。それは段々と周期が短くなっていき、最後にはピピピピピと連続で鳴っていた。
「さっき君が倒れた所あるよね?実はあそこ、地雷埋まってたんだよね」
ピピピピピピピピピピピ ピーーーーー。
機械音に変わって響きわたった爆破音と共に、森は2人ごと吹き飛び消え去った。




