2章21話『古き仲間懐かしき敵(中編)』
「やっとお花を摘み終わったわ♪さぁ、おばあさんの所に急ぎましょう」
赤ずきんはカゴいっぱいに花を摘み、ルンルン気分で山道に戻った。赤ずきんを取り囲うように生える木々の葉は風になびいてカサカサと音を立てる。太陽も高く上がり光と熱を赤ずきんに降り注がせるスポットライトとなっていた。
小石や倒木がそこら中に転がる山道を1歩1歩確実に踏み込む赤ずきん。まだ子供とはいえ足腰は鍛えられているのでこのくらい、赤ずきんにとってはなんてことない。むしろ楽しいくらいだ。
カゴの中の花たちは歌うように揺れ動き、時折花びらを散らす。それに気づかず赤ずきんはまっすぐにおばあさんの家へ向かうのであった。
「この花びら…………」
今回現場に赴いているタクト。その代わりに最高管理室から司令を出しているシュルバはその花びらを見逃さなかった。
「その花びらを追って」
シュルバは黒色のマイクを優しく掴み、叫ぶ。司令を受けタクトが山道の先を見ると、そこには不定期に赤、白、黄色、紫、ピンク……………様々な色の花びらが散らばっている。
急な坂になっている山道を、花びらを追いかけながらゆっくり上がっていくと、その先には赤ずきんがスキップしながら進んでいくのが見えた。
「あぁ………少し疲れたわ、この辺りで休憩しましょ」
赤ずきんは日陰に入り、倒木に腰を降ろす。ポカポカと温かい太陽の光がつま先に当たる。
赤ずきんは目を閉じて一息つき、花の入ったカゴを見る。おばあさんの喜ぶ顔がまぶたに浮かび、静かに微笑んだ。
そろそろ出発しようと赤ずきんが倒木に手を付き立ち上がると、目の前には自分より背の高い女の人が手を後ろで組みながら立っていた。
「やぁ赤ずきんちゃん。これから、どこへ行くんだい?」
「あ!おばさん!こんにちは」
赤ずきんはその女性と面識がある。この辺りに住んでいる、おばあさんの友達の娘だ。
赤ずきんは女性から水筒に入ったレモネードを受け取り両手で抱えて飲む。鼻を通り抜けるレモネードの爽やかな香りが2人を包み込んだ。
「これから、おばあさんの所へ行くの。ぶどう酒とケーキを渡しにね」
「そうかい。気をつけて行くんだよ」
「はーい!」
赤ずきんは笑顔で頷き、手を降って女性に背を向けた。そしてまた、先ほどと同じようにスキップで山道を上がっていく。
「本当に…………これで良かったの?」
「あぁ、きっとなんとかなるさ。じゃあ、後は僕に任せてアリスは先に船に戻っておいてくれ」
「了解。ファイトだよ!」
そう言うとアリスはレモネードを飲み、直後に飴を口に入れた。
「ふぅ………やっぱ人間は美味えなあ」
狼はゲップをしながら膨れ上がった自分の腹をさすった。おばあさんの家は壁中床中血まみれで、ベッドには引っ掻いたような跡もある。殺人事件の現場の様な状態だ。
もっとも、この家でおばあさんは狼に喰われて死んでいるわけだが。
「でもまだ少し食い足らねぇなぁ…………そうだ!」
そう言うと、狼は急いでおばあさんの身につけていた薄い空色をした衣服を羽織りだした。
「しばらく待てばここに赤ずきんとか言う娘が来るはずだ。その娘も喰ってやろう!」
それはいい、名案だ。と自分自身を褒め称えながら次々と服を身につける。全て身につけ終わり、頭巾と眼鏡を装着した狼はおばあさんのベッドの中に身を隠し、赤ずきんの到着を待つ。
「何だろう………この胸の苦しさは…………」
おばあさんの家が近づくに連れて赤ずきんの胸の苦しさは段々と強くなっていく。顔を真っ青にしながら胸を抑えハァハァと苦しそうに口から呼吸をする。それでも、おばあさんにぶどう酒とケーキを渡すまでは帰るに帰れない。そのため、赤ずきんは険しい山道を進んでいく他無いのだ。
「おばあさ〜ん…………?赤ずきんだよ〜………?」
やがておばあさんの家に辿り着いた赤ずきんは、そ〜っと木製のドアを開く。血生臭い匂いが扉の奥から流れ出てきた。赤ずきんは一瞬血の気が引く思いをするが、警戒しながらも家の中に入っていった。
やはり壁にはかなりの量の血が飛んでいるが、なぜ血が飛んでいるのだなんて聞けるわけもなく、パニックになった赤ずきんはとりあえず目の前の疑問を解決しようとおばあさんの容姿に関して質問をした。
「なんでそんなにお耳が大きいの?」
「それはお前の声をよく聞くためさ」
「なんでそんなにお目目が大きいの?」
「それはお前の事をよく見るためさ」
「なんでそんなにお手手が大きいの?」
「お前をしっかりと抱いてあげるためさ」
「なんでそんなにお口が大きいの?」
「それはお前を喰うためさ」
グチャッ!ゴチャ!ゴリゴリ!ネチャ!グシャッ!
「ふぅ………だいぶ喰ったな、少し休むか」
狼はそのままベッドに入って眠ってしまった。
ガツン!
しばらく経って家の中に響いた鈍い音。右手にナイフを持ってベッドを突き刺すタクト。それを少しそれた所で刮目している狼。タクトは狼を睨んで舌打ちをする。
「見事に…………避けたね」
「人間如きが一体何のマネだ?」
「さっきまで君がいた所にナイフを刺している時点で、僕の目的はわかってるんじゃない?」
「……………そっちがそのつもりならこっちだって抗わせてもらうぜ」
のっそりと立ち上がった狼。頭を抱え不安定に足をフラフラとさせながらもタクトに向かって爪を立てた。
家の中では狭くて戦えないとの事で一度家の外に出る2人。
「もう一度聞くが、本当に俺と戦うつもりなんだな?」
「あぁ。勝敗が読める戦いはつまらないね」
狼は牙を剥き出しにして、タクトへ飛びかかる。タクトは目を閉じたままそれをヒラリと回避する。狼はバランスを崩しその場に倒れる。そして、息を荒げてタクトにこういった。
「てめぇ………俺に何をした!?」
「アハハッ、レモネードに仕込んだ毒が効いてきたみたいだね」
「レモネード…………?俺はレモネードなんて飲んだ覚えは………!」
「無いだろうね、だってレモネードを飲んだのは」
「君じゃなくて赤ずきんだもん」
やがて動かなくなった狼を見て歯車を回収して帰ろうとするタクトだったが、ある人物の姿を見て、それができなくなった。
タクトの右の森に生える樹に寄りかかり腕を組んでタクトを見ているペルセウスの少女。
「何故、あなたがここに?なんて聞くつもりはありません。ですが、久しぶりにお会い出来て嬉しい限りですよ」
「クロダさん」
「あぁ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「キリシマ……………」
お互いにお互いが睨み合う。普段のタクトなら、無視して歯車だけ盗んで船に帰っていただろう。だが、この相手を目の前にしたタクトにはそれは出来ない。いや、正確に言うとすればしたくない。
「キリシマ…………ってまさか!」
シュルバはそれに気がついた。確認のため、大急ぎでスマホを取り出し、キリシマと言う名字とある事件の名称を検索にかける。
「やっぱり…………そうだ。あのキリシマって人は」
霧島 葵。
以前アルタイル達の船で起きた高校生の連続殺人事件、その生存者達は口を揃えて「霧島 葵が黒幕と一緒に船に残った」と証言している。
そう、つまりは…………。
「タクトを殺した張本人……………」
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