1章3話『彼岸花(前編)』
「この世界を作り直すとは言ったものの、僕とアテナ様だけじゃ人手不足も良いとこだな…………」
世界を全てプログラミングし直すということは、世界の全ての時間軸をプログラム化しなければいけないということ。
いくらタクトでも圧倒的に時間の掛かる作業だった。
コンピューターの前で悩むタクトにアテナが言った。
「なら、もう一人の自分を探せばいいのでは?」
一般的に考えるとわけのわからないこの一言だが、それを聞いたタクトは少し悩んだ後に閃いたかのように、
「そうか、他の時間軸から僕と同じアルタイルを連れてくればいいのか………」
タクトはコンピューターを覗いた。
3つのコンピューターは全て目が痛くなるほどの数字や英語、数式記号で埋め尽くされていた。
タクトはカチカチとマウスを操作してあることに気がついた。
「もしかしてこれって…………」
タクトは一定時間キーボードを無言で叩き続けた後、最後に8桁の数式を打ち込んでEnterを押した。
「今、何をしたんですか?」
「まぁ見ててよ」
約45秒のNOW Loadingの後に映し出されたのは、一部の数列だった。
アテナはその数列を見て、目を丸くした。
「貴方………一体何者ですか?」
「どうやら、図星みたいだね」
コンピューターに映し出されていたのは、現段階で時間軸上に存在する全てのアルタイルの名前だった。
名前だけではない。
どの時間軸のどこにいるか、全て記載されていた。
「さて、別の時間軸のアルタイルをどうやってこちらに来させようか…………」
今回、タクトが選んだ時間軸は、人間が勇者に就きモンスターを討伐していく循環が形成されている世界だった。
アルタイルに選ばれているのは、その討伐されていくモンスターの中の1体。
ゴブリンのヒロキだった。
ヒロキは至って平穏な人生を送っていた温厚なゴブリンだが、街に買い物に出かけている間に勇者が大量にゴブリン族の村に流れ込んだ。
急いで帰ったはいいものの、一族は全滅。
かろうじて生き延びていた姉を連れて逃げようとするも、目の前で姉を勇者に切り殺されてしまう。
その時の悲しみと勇者への怒りから、勇者の全滅を目的とする事を決心した。
「今、コイツはどこにいるのかなっと…………」
タクトは右のモニターを覗いてみた。
モニターには、例のアルタイルであるヒロキとスケルトンとスライム、それとウィッチが映し出されていた。
周りは少し薄暗く、不気味な雰囲気を出していたことから、彼らが今いる場所はゴースト族の村で間違いないようだ。
「問題はどうやって彼をこちらの時間軸に連れて来るかだな………」
さて、どうしたものか。と、タクトは頭を抱えた。
この世界のプログラムを弄ってこちら側に連れてくることも可能なのだが、タクトのプライドが許すわけが無い。
「世界そのものを変えて仲間を集めるなんて外道中の外道。そんな美しくない方法で神になるなんてほざくつもりは無い」
タクトが頭を抱えているのはこう言った理由だ。
世界そのものを変えてしまえばもっと簡単に作戦を実行することができるが、それではタクトの美学に反する。
「もっとスマートにやることは出来ないのか………?」
タクトは意識せずとも、ふと、声を漏らしていた。
タクトはその時間軸のプログラムを初めから全て流してみていた。その世界で過去に何が起きたか、未来で何が起きる予定なのか。
ある程度、見終わった後でタクトはあるおかしな点に気がついた。
それと同時にタクトどころかアテナですら予想していなかった事態が発生した。
タクトの目の前のコンピューターに映し出されている時間軸のプログラム、その数字や英文がタクトが操作していないにも関わらず変わっていく。
アテナは珍しく大声で言った。
「これは………まさかペルセウスがこちらに気づいたということですか!?そんなはずは…………」
一人で勝手に焦っているアテナを見て、タクトはその焦りを自分にも共有するように要求した。
「この時間軸のプログラムにも過去の歴史が全く無く突然現われたペルセウスって名前の集団がいるんだが、そいつらは一体何者なんだ?説明しろ」
アテナは一度心を落ち着かせて言った。
「ペルセウスは普段は特に何も行動を起こさないので一般人と見分けが付きませんが、我々が何かを行おうとするとそれを妨害する、目的不明の集団です」
タクトは背もたれから逆さまの顔を覗かせながら呟いた。
「それは、また随分と厄介な組織だね。それに…………」
自分達が気にいらない世界は気にいらない部分だけ作り変えるなんて、そんな中途半端な事をする団体は気に食わない。
タクトは鋭い目つきをしたまま、コンピューターの真正面に座り直した。
「でもとりあえず、崩されたプログラムは直して行かないとな」
自分がこの先作り変える世界が自分勝手な団体に適当に改ざんされたままなんて、これまたタクトの美学に反する。
タクトは記憶を辿り、あくまで自分のために崩された世界を少しずつ直していった。
何分か修復作業をしていた時、タクトはあることに気がついた。
「見た感じ、こいつらの今の目的はヒロキを殺すことなのか…………」
どうやらペルセウスはタクトの計画を潰すためにアルタイルであるヒロキをなんとしてでも抹消しておく必要があるようだ。
タクトはヒロキを殺す為のプログラムを直している途中、遂にあることを思いついた。
そして、次の瞬間タクトはプログラムの修理を止めてしまった。
そんなタクトにアテナは不思議で仕方無さそうに聞いた。
「どうしたんですか?」
タクトは不敵に口角を上げて笑いながら言った。
「少し気付いたことがあるんだよ。」
タクトは別のページのプログラムを打ちながら言った。
「ペルセウスがこの時間軸を破壊してきた目的はヒロキの殺害だということは間違いない。どうやらペルセウスはアルタイルであるヒロキを殺すことで僕達の計画を阻止しようとしているみたいだ。でもそれはこちらにとっては好都合で他ならないんだよ」
タクトは狂気的な目をして言った。
タクトの目の奥に潜む真っ黒い闇は恐怖心を煽る透き通った透明になった。
「そんなにヒロキを殺したいなら、殺させてやる」
アテナはタクトの言っている事の意味がわかっていない様だった。
「どういう………意味ですか?」
少しおののいているアテナの質問にヒロキは丁寧に答えた。
「僕らは絶対的な生を手に入れた識別番号29695835番のアルタイルだ。その辺の何の変哲もない番号の人間如きに殺されて終わりなはずが無い」
タクトは魔王ですら恐ろしさに飲み込まれてしまうほどの笑顔でこう言った。
「アルタイルは殺されない。死んでも、この船にある転生機蘇るのだから」
タクトは例の如くEnterキーを力強く叩いて更に言った。
「ヒロキのデータを転生機に読み込ませた。あとはヒロキの死を待つのみだ」
数分後、シュンっという音と共に1体のモンスターが転生機の中に現われた。




