2章15話『いない(中編)』
「3人とも、準備はいいかい?」
タクトはレイナとアリスとヒロキに問う。
3人は自信に満ち溢れたように柔らかく微笑みながらタクトに大きく頷いて返した。
それに対してタクトも腕を組みながら頷いてコンピューターの前に陣取った。
それを見たシュルバとアルトもそれぞれの位置につきタクトに向かって首を縦に振る。
「作戦開始」
タクトの声と共にシュルバはEnterキーをタタタッと3回叩く。転生機付近の3人は一気に最高管理室から姿を消し去り、気がつくとどこかアンティークな街並みの中に立っていた。
シュルバとタクトはものすごい速さでカタカタとキーボードを叩いている。
2人のPCに映し出されていた英語の羅列は一般人には、いや専門的な知識を持ち合わせた者だとしても理解できる者は存在しないだろう。
この英文が読めるのはタクトとシュルバ、そして7柱の神々のみである。
大体2人の手が落ち着き始めた辺りから、郊外の街を映すモニターに年老いた老婆が現れる。
老婆は真っ赤に染まった綺麗なリンゴをバスケットの中に詰め、ノロノロとどこかへ歩いていった。
シュルバは体をブルッと震わせた。
腕を捲り大量に現れたじんましんを見た瞬間、事態を察した。その隣にいたタクトもそれを見てシュルバに声をかける。
「もしかして、"アレ"が発動したのか?」
「そうみたい。多分だけどあのおばあさん、王妃ね」
シュルバは依然話した様に、人の嘘や偽りを完璧に見抜き、更に真実までたどり着くことも出来る。
シュルバの言った通り、老婆はリンゴ売りに変装した王妃。毒リンゴを白雪姫に食べさせて白雪姫を殺害しようとしているのだろう。
「とりあえず、順調って所ね」
シュルバはPCから少し引いてモニターを見た。
そう、アルタイル達の作戦はかなり順調に進んでいる。今の所、タクトとシュルバの手のひらの上だ。
コンコンコン。白雪姫の家の扉を誰かが叩く。本を読んでいた白雪姫は扉の前へ向かう。
「どちら様ですか?」
「私はただのリンゴ売りですよぉ」
老婆はゆっくりと扉の向こうの白雪姫に言う。白雪姫はそれを聞いて、特に警戒することもなく扉を開けてしまった。
「お嬢ちゃん、このリンゴいかがかな?1つ君にあげよう。なぁに、お代はいらないよ」
「まぁ、ありがとうございます」
白雪姫はリンゴを1つ受け取り、老婆は来た道を戻っていった。
白雪姫はリンゴを小さくかじる。
すると、白雪姫は突然体をガクガクとさせ始めた。数分後には最早立っていることも出来ず、首を掻きむしり、苦しみ悶えながら遂には動かなくなってしまった。
「白雪姫、死んじゃったか」
外で焚き火を炊いて寒さを凌いでいたアリスは老婆が白雪姫にリンゴを渡し家から離れた辺りでそう呟いた。
アリスは白雪姫の家に近づく。幸い、扉の鍵は開いており侵入することは容易だった。
「失礼しまーす…………」
家の中にはピクリとも動かず白目を剥いて涎を垂らしている白雪姫の姿があった。それを見たアリスもあまりの衝撃に怖気づいてしまう。
アリスはゆっくりと遺体の前にしゃがみ、白雪姫の左手を取る。血が流れていた頃の温もりはもう完全に冷え切ってしまい魂は氷の様に冷たい体を残して冥界へと旅立っていた。
「可哀想に…………」
アリスは白雪姫の腰の後ろに手を置き、ゆっくりと白雪姫を起こす。アリスは苦悩の表情のまま機能を停止した白雪姫の亡骸を抱え家の外に出て、先程までいた場所に戻った。
炎が激しくバチバチと燃え、白雪姫の服まで焦げてしまう。それを見るアリスの目は脳を剥ぎ取られたかのように虚ろになっていた。
城の門がカランカランと音を立てて開いた。王妃は満足げな表情をして城の奥の自室へと向かう。
遂にやり遂げたと言う達成感に満たされる王妃は自分を褒め称えさせる為に鏡にいつもの問いを投げかける。
「鏡よ鏡、この世で1番美しいのは誰?」
高らかに笑いながら鏡を見つめる王妃の顔は一瞬で歪み、醜い獣の顔になった。
「それは、白雪姫です」
物怖じせず慈悲もなく王妃の心を幾度となくズタズタに切り刻んできた魔法の鏡は、またもや王妃の心に刃を向けた。
「くそっ!あの小娘まだ生きているのかっ!」
王妃は壁に拳を叩きつけ鏡の向こうの自分を睨みつける。
すると、鏡は意外な行動を起こした。
「白雪姫は、この国の市民に変装して街に潜んでいます」
鏡は、王妃にヒントを与えたのだ。
今まで容赦なく白雪姫を殺そうとする王妃に対して呆れてすらいたであろう鏡が今初めて王妃の力となった。
「本当か!なら容赦は無い!」
王妃はそんな事には一切触れず、信じることが出来るかも分からない鏡の言葉を信じた。
壁に掛かっている禍々しい黒い剣を左手に持ち、王族のドレスを着たまま部屋を飛び出した。
「お待ちください!どちらへ向かわれるのですか?」
門番が城から出ようとする王妃を止め、質問をする。いつもの王妃ならジトーと悪そうな目つきで「少し用があってな」と返していたはずだった。
が、今は違う。
「ええい邪魔だ!さては貴様が白雪姫だな!」
そう言うと王妃は躊躇うことなく剣を振るう。
門番は抵抗する間もなく、2秒後には胴体から首が離れていた。足元にダラダラと流れる血液が王妃の足にも少しかかるが気にしてる暇は無い。
「次だ!次の奴を殺させろ!」
王妃は剣を納めることも無く市街地へ走っていく。
「おい、王妃様だぞ。頭を下げなくては」
「あら、王妃様だわ。頭を下げなくては」
市街地に辿り着いた王妃を見た市民はもれなく膝を付いて頭を下げる。いつもの王妃なら、「くるしゅうないくるしゅうない」と市民が開けた道の真ん中を堂々と歩くはずだった。
が、先程も言った通り今日の王妃は判断力が圧倒的に欠如している。
王妃から見れば、この中の1人に白雪姫がいてそいつも今現在首を自分に差し出している。つまり、今の状態は王妃にとっては白雪姫の首を斬る最高のチャンスなのだ。
以前、金太郎の時間軸に赴いたときにヒロキと勇者の戦闘があったが、その時に話した毒アメの話を覚えているだろうか。
あの話は、アメの山の中に1つだけ毒アメが混じっていると、人は全てのアメを警戒すると言う話だったが今回はその逆で、アメの山の中に1つだけ"不老不死の薬"が混じっているとでも表現すれば適切だろう。
もしそのような状況だったら、貴方はどうするだろうか。もちろん、アメを片っ端から舐め尽くすだろう。
今の王妃はアメを片っ端から舐める権利が与えられている。どれだけ舐めても構わない、好きなだけアメを舐めろと伝えられているようなものなのだ。
欲深い王妃がそんなチャンスを逃す訳がない。
「ぎぁがァァああ!」
「いっっっ!」
「グォあぁああっ!」
1人、また1人と確実にアメを舐めていく王妃。気づいた頃には街中、血に染まっていた。
「はぁ………はぁ…………」
30分程で、アメはカゴから失くなっていた。
どれが不老不死の薬だったかは王妃にも分からないが、とりあえず城に帰っていつも通りの行動をしてみることにした。
「鏡よ鏡、この世で1番美しいのは誰?」
「それは、白雪姫です」
王妃は鏡を叩き割った。
≪NGシーン≫
高らかに笑いながら鏡を見つめる王妃の顔は一瞬で歪み、醜い"獣"の顔になった。
「24歳、学生です」




