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7人の僕が世界を作り直すまで  作者: セリシール
2章『踊れや英雄、唄えや歯車』
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2章11話『仮面(前編)』

 朝のカフェスペース。

 昨日に引き続き今日も雨が海を打つ音が船一帯に響いている。少し寒くなってきたこの頃は特に雨の日が辛くなるものだ。

 そんな日は基本、みんなカフェスペースに温かいコーヒーを求めてやってくる。


「あ、アリスおはよう」


 そう言ったのはPCを操作しながらトーストにかぶりついているタクト。

 彼もまた、コーヒーの温もりを感じるためにカフェスペースに集まった。2階には食堂もあり、昼食や夕食は料理ファントムかアリスが料理を振る舞ってくれることが多いが、朝食はカフェスペースで取る者がほとんどだ。


 トーストの焼ける香りとコーヒーの香ばしい香りに耐えきれなかったアリスはタクトへの挨拶を簡単に済ませ、カウンターのファントムに向かって言う。


「アリスもトーストとコーヒー」


 ファントムはかしこまりましたと、コーヒー豆を挽き始める。


「それにしても、まさかこんな生活を送る日が来るとはねぇ〜…………」


 アリスはしみじみと頭の後ろに手をやりタクトに語りかける。


「影武者とはいえ王族だし、それなりにいい生活はしてたんじゃないのか?」


 タクトは背もたれを前にするように座ってアリスに返す。


「まぁ料理は美味しかったけどさ…………アリスの存在は政府側から見たら死んでもバラしちゃいけないっぽくてさ……アリス自身イリスの為だと思って我慢はしてたんだけど…………」


「周りには誰もいなかったんだ…………」


 カウンターから聞こえるコポコポとコーヒーを淹れる音。


「だから…………ご飯も遊びも寝るときも………ずっと一人だったの」


 アリスはカウンターに向かう。

 ファントムからトーストとコーヒーを受け取ったアリスはタクトの隣の席にそれを置いた。


「でも今は…………何をするにもみんなが近くにいてくれて…………なんだか嬉しい。だからアリスはみんなの事が大好き」


 タクトは優しく微笑みながらアリスの話を聞いている。


「もちろんっ、タクトの事もね」


 ピョンと椅子に座ったアリスはからかう様にタクトをつつく。


「ははっ、ありがと」


 タクトは少し困りながらも笑いながらアリスに返した。



「これで良し…………と」


 タクトは鬼ヶ島で黒鬼丸から譲り受けた『地の歯車』を時空間転送装置にはめ込み、部屋から出る。


 部屋から出た先は最高管理室。

 そこには5人のアルタイルと1人の神、そして1機のタブレットPCがあった。


 今から行われるのは言うまでもなく作戦会議である。


「さて、今回狙うのは『空の歯車』だ」


 タクトはスクリーンに映し出された画像に指し棒を向ける。


「で、これなんだが…………とりあえず『かぐや姫』の時間軸にある、とだけ言っておくが…………」


 かぐや姫。

 今までアルタイル達が行った金太郎、浦島太郎、桃太郎に並ぶ有名な日本の昔話だ。

 竹取物語とも呼ばれる。


 竹を取りに竹やぶへ来たお爺さんは、その竹の中に筒の中が光っている一筋の竹を見つける。

 その竹の光る部分を割ってみると、中から非常に可愛らしい女の子が出てくる。

 お爺さんは、これは神からの贈り物に違いない、とその女の子を家に連れて帰る事にする。

 かぐや姫と名付けられたこの女の子はお爺さんとお婆さんに大切に育てられ、美しい女性に育った。


 そのかぐや姫と結婚をしたいと名乗り出るものは多かった。

 かぐや姫はその中でも特に想いの強い5人にそれぞれある物を持ってくるように言い、それを一番初めに持って来た者と結婚すると言う。

 ある者には仏の御石の鉢を、またある者には燕のこやす貝を、他にも火ねずみの革、蓬莱の珠の枝、龍の首の珠を持ってくるように言ったが、それを達成できたものはいなかった。


 十五夜が近づくとかぐや姫は月を見て涙を流すようになる。お爺さんとお婆さんがその理由を問うと、かぐや姫は実は月の人間で、次の満月には月に帰らなければならないと告げる。

 満月の日、かぐや姫を守るためかぐや姫の家を多くの侍が警備をしていた。

 が、月の使者が現れた瞬間侍たちはたちまち戦えなくなってしまう。

 そしてそのままかぐや姫は連れて行かれてしまった。


 今の時代、この話を深く知っている人は意外と少ないだろう。



「どうしたの?タクト。貴方らしく無いわね」


 シュルバが目を泳がせているタクトに声をかける。


「それなんだがな…………」


 タクトは次の瞬間、とんでもないことを言い出す。


「『空の歯車』はどうやら、かぐや姫の故郷にあるらしいんだ…………」


 最高管理室はざわめき始める。


「かぐや姫の故郷ってことは……………」


「月」


 ヒロキが言い終わる前にタクトがそれを遮る。


「月なんかに……………行けるのか?」


 レイナが不安そうにタクトに問う。


「実は1つだけ作戦を思いついているんだが、なんせリスクが高くてね…………」


 珍しく弱気なタクトにアルトが近づいて、タクトの胸を叩き、こう言った。


「リスクなんて関係ない。お前が作戦を考えて俺達は必ずそれを成功させる。そのためにお前は俺達をお前を含めて7人も集めたんじゃないのか?」


 タクトは周りを見渡す。彼の周りは自信に満ち溢れた笑みばかりだった。


「こういう事だ。作戦、発表してくれよ」


 アルトが元の位置に戻ると、タクトは一息ついて答える。


「そうだね、君たちならどんな絶望的な作戦でも成功させてくれるか。なんせ僕と同じ識別番号だもんね」


 アルトは「このナルシストめ」と笑う。

 そしてタクトは自分の考えた作戦を発表するのだった。


「今回の作戦の鍵となるのはアリスだ」


「え?アリス?」


 アリスは自分を指差してきょとんとする。


「あぁ。チャンスは月の使者がかぐや姫の家に現れ、かぐや姫を連れ帰るまでの僅か3分46秒。それまでに月への移動手段を獲得しなければならない」


「転生機で月に行けたりはしないの?」


 シュルバが問う。


「行けないことは無いけど、転生機が耐えられるか分からない。生きたまま月に辿りつく確率は85%と言った所だ」


「なるほど…………それは辞めておいたほうがいいね」


 シュルバとタクト以外はシュルバが転生機の利用を躊躇う理由が分からない。


「なんでだ?85%だぞ?85%の確率で月に行けるなら転生機を使った方がいいんじゃないか?」


 ヒロキはタクトとシュルバに聞く。確かに一般的に見れば85%というのは比較的高い確率だと言えるだろう。

 だがそれは、あくまで一般的に見た場合である。


「逆に言えば、15%の確率で転生機で送った人間は帰らぬ人となるということだ。いくら死なないアルタイルとはいえ、生きたまま出ることのできない時空の狭間に転送される可能性だってあるこの賭けに乗ることは辞めたほうがいい。ましてや今回はアリスの補佐としてシュルバとレイナを付けるつもりだ。だとすると、3人が生きたまま月へ行き生きたまま帰ってくる確率は30.70625%まで下がる」


 そう、これはただのギャンブルや幸運不運の話ではない。命を賭け金にした賭けなのだ。

 少しでも負ける可能性があるなら辞めておいたほうがいい。


「なるほど…………じゃあ一体どうやって月に行くつもりなんだ?」


「それを今から説明しようと思う」


 一同は絶句した。

 むしろここまで来ると絶望とも呼べるかも知れない。


「また無情な作戦を思いつきましたね………」


 アテナですら恐怖を覚える程のタクトの作戦。

 作戦会議の2時間後、それは実行へと移された。


 月の使者は天からゆっくりとシャンシャンと鈴の音を奏でながらかぐや姫の家に舞い降りた。

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