2章7話『欲深き(後編)』
「い、いつの間に…………!いつの間に檻を開けた!?」
偽物の乙姫が慌てふためく。
シュルバは落ち着いて本物の乙姫を抱きかかえ、偽物の乙姫から守ろうとする。
「ええい、この際どうでもいい!そいつを渡せ!」
偽物の乙姫は大きな足音を立ててシュルバに近づく。
偽物の乙姫はおおきく振りかぶって本物の乙姫を奪い返そうとしている。
もちろん、あのシュルバがそう簡単に奪い返されるはずも無いが。
「なんだ、この程度の攻撃なら脊髄反射レベルで避けられるな」
シュルバは目蓋さえも閉じてスルスルと偽物の乙姫の攻撃をかわす。
シュルバはゲーマーでもあるので、予備動作を見ればだいたいどの辺りにどんな攻撃が来るか分かる、天才的な技術がある。
そのため怒り狂った今の偽乙姫の攻撃なんかがシュルバに当たる訳は無かった。
「チョコマカと…………!」
偽乙姫の怒りは更に上がってくる。
それに連れて予備動作も大きくなるので更に避けやすくなる。
シュルバにとって、こんなにも好都合な状況は無かったのだ。
「貴様…………何故そこまでしてソイツを守ろうとする?」
偽乙姫の心からの質問。
それはシュルバにとっては思い出したくも無い過去の記憶を蘇らせるものだった。
「地下、幽閉、労働……………この娘は、昔の私と状況が似ているのよ…………」
それはシュルバがまだ探偵では無いとき、つまり"一回目の人生"の時の記憶。
「ちょ…………ちょっと!辞めてください!」
親に連れてこられた狭く薄暗い部屋に1人置いてきぼりにされたシュルバの元に現れた中年男性は、息を荒げながらシュルバの元へゆっくりと近づいていく。
腰の抜けた制服姿のシュルバは首をガクガクと横に震わせながら後ずさりする。
「ねぇねぇ〜どうしたのさ〜おじさんの言う事聞いてよ〜」
だんだんと近づいてきた男性はシュルバのスカートを掴み、降ろそうとする。
「やめてください!離してください!」
シュルバは男性の手を離させようと必死に男性を蹴る。それなのに男性は何故か嬉しそうな顔をして一向に離そうとしない。
「やめて!やめてやめてやめて!」
シュルバは近くにあった鉄の棒を手にし、男性の頭を殴り続けるが、まるで効果が無い。
「お願いだよお嬢ちゃ〜ん、あれ?お嬢ちゃん名前なんて言うの?」
シュルバの恐怖のボルテージが限界を超えた。
「あああああああああああ!」
シュルバは一心不乱に鉄の棒を振り回す。
男性は痛覚こそ感じてはいるものの、それですら快楽に変換してしまい、シュルバの攻撃は全く通っていない。
それどころか、男性を更に活性化させていた。
「だぁああ!」
シュルバは完全に理性を失う。
ただでさえ親に置いていかれて寂しい思いをしているシュルバの目の前に、よりによってこんな男性が現れたのだ。
同じ状況なら、誰でも気が狂うであろう。
「はぁ…………はぁ……………」
男性が動かなくなったのは応戦を始めて何分後の出来事だっただろうか。
シュルバは近くにあった竹串で男性の両目を突き刺し、目を抑えてうずくまる男性の背中を滅多刺しにした。
そんな状況でも笑い続ける男性を見て恐怖を超えた何かを感じたシュルバは鉄の棒の先に竹串を巻き付けた簡易的な槍で男性の首を……………。
「終わった……………。早く、帰らなきゃ…………」
シュルバが疲れ果てて帰ってきたのを見て両親は、
「よくやってきたようだな」
「これでしばらくは大丈夫ね」
そう呟いていたのは、シュルバのいる地下の監禁部屋からでもよく聞こえた。
その日の夕飯は珍しく牛乳が100mlも出てきた。
いつもは夕飯どころか朝昼夜全て食事が出てこない。良くて水が1杯出るか出ないかだ。
風呂やトイレは一瞬の隙を突いて一瞬で済ませている。
学校には通わされているが、門限を守らなかったら最後、はんだごてを口の中に突っ込まれる為、家出の1つも怖くて出来ない。
そもそも学校でも名前が無い事でイジメを受けている。
前にも話した通り、学校帰りに近くの山で飼っていたウサギを見るも無残に殺されたり、カッターで胸を斬られたり、給食に拷問致死薬を盛られたりと、様々だ。
このように、シュルバは一回目の人生においては圧倒的に絶望的な状況の中で生きてきたのである。
それに追い打ちをかけるかのようにシュルバは逮捕された。
世間的に見たら、男性を殺害したことはシュルバが100%悪い訳ではない。
それどころか、日本以外の国ならワンチャン正当防衛が適応される可能性もある。
それでも報道は女子高校生が中年男性を殺害したと言う情報だけを伝える。
悪いのはシュルバだけ、それが世間の認識だった。
服役中の生活はシュルバにとってはかなりいいものであった。中でもまともな食事は出るのはかなり大きかった。
そんな生活も束の間、両親がシュルバを釈放したのだ。
帰りの車の道中で聞いた母親の言葉はこの上ない程残酷な一言だった。
「貴方の存在は私達の邪魔にしかならないのだからせめて貴方を必要としてる人の為に何でもしてお金を稼ぎなさい」
それは、親が子に言うセリフでは断じて無かった。
そのセリフは今でも、その後2回も死を経験したシュルバの頭の中にトラウマと言う形で残っている。
「だから私はこの子を守る」
シュルバは乙姫を抱きかかえて強く宣言する。
「黙れ!そいつさえ閉じ込めておけば私が竜宮城の長なんだ!早くそいつを渡せ!」
偽乙姫はシュルバの腕から乙姫を引き離そうと強く引っ張る。
さすがのシュルバもこれには耐え切れず、乙姫を手放してしまう。
「そうだ、コイツを人質にする!コイツを殺されたくなかったら今すぐここから退け!」
偽乙姫は懐からナイフを取り出し乙姫に突きつける。
「悪いけど、ここから退く気は無いよ」
「そうか、残念だ」
ズッ。
そんな効果音と共にナイフが体に刺さる。
乙姫の足元は血の紅色で染まり、偽乙姫の体も血に塗られていた。
しかし、これは全てシュルバの計画通りなのだ。
「な………………ぜ………………………だ………………………」
ナイフが刺さったのは偽乙姫の方だった。
「いや〜お疲れ、アリスちゃん♪」
乙姫は服を脱ぎ、ウイッグを外す。
中から現れたのは他ならないアリスだった。
「シュルバっち〜疲れたよぉ〜」
「はいはい、後でロールケーキ奢ってあげる」
「やった♪」
そんな他愛もない話の途中に偽乙姫が割り込んできた。
「じゃあ、本物の乙姫はどこに?」
シュルバは一切笑わずに答えた。
「残念だけど、もう浦島太郎が檻の鍵を開けて助け出したよ。今頃は地上じゃないかな?」
苦痛の表情を浮かべながら腹を押さえる偽乙姫。
「おのれ、探偵……………許さんぞ…………絶対に許さ………………………」
偽乙姫の動きは突然止まった。
「あれ?毒の調合の配分間違えたかな?」
アリスはナイフをツンツンするシュルバの真似をする。
シュルバは少し不機嫌そうに目を細めていた。
さて歯車を回収し、船内に戻ってきた2人。
「お疲れ、2人とも」
タクトは2人に紅茶を差し出す。
「「あ、ありがとうタクト」」
ロールケーキを食べるアリスとシュークリームを食べるシュルバはほぼ同時にそういった。
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