2章3話『復讐(中編)』
「ゴブリン、貴様はここで殺す」
勇者は白く輝く剣を前に突き出し、ヒロキを睨んでいた。あからさまにヒロキを敵対視している。
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」
ヒロキは刀の先の血で頬に赤い1本の線を描き勇者に言った。
「好都合って、どういうこと?」
シュルバはタクトに問う。
「あの勇者も可哀想に…………今から30分後、自分があんなに絶望的な死に方をしているとは思わないだろうね」
タクトは依然として真っ黒な笑顔を浮かべる。
時々浮かべるタクトのこの笑顔。この笑顔からは常人とはかけ離れた何かを感じる。
タクトのこの笑顔はタクトの圧倒的な余裕を表すと同時に、タクトが計測不能な程残酷な性格になっている事を周囲に警報の様に知らせる。
「さぁ、絶望を始めよう」
タクトのその一言の威圧は相当だった。
「おいこれはどういうことなんだ、説明しろ」
アルトはタクトの笑顔に恐れ慄きシュルバに説明を求める。
ただ、そんなことシュルバにだってわからない。
強いて言うとしたら、元探偵の自分ですら真意を掴む事が出来ないと言う以上、真意を知った所で自分達にはどうしようも無いことだと言うことだけだ。
「くっ……………!」
船で起きていることを知らないまま、ヒロキは勇者との戦闘を続ける。
が、ヒロキの体は既にボロボロだった。
刀と剣がぶつかって飛び散った鉄の破片はヒロキの体に付着し、傷つけていく。
その為、直接攻撃を受けていないのにも関わらずヒロキの体は血だらけだった。
「はぁ…………はぁ………」
そんな状況下の為か、ヒロキの意識は朦朧としていた。
頭に酸素が届かない。ヒロキの体は既に限界を迎えており、今にも倒れてしまいそうだ。
「やっぱり…………その剣は……………」
「察しがいいなゴブリン。その通り、コイツは神刀ワイバーンだ」
神刀ワイバーン。
威力、使い勝手共に最強クラスの剣だ。
入手するにはかなり上級な階級の勇者だと認められなければならない為、容易に手に入る代物ではない。
中でもヒロキを苦しめているのはある特殊効果のせいだ。
「亜人キラーLv5……………」
亜人キラー。
ゴブリンやゾンビなどの亜人属性を持つ敵に対して破壊的なダメージを与えるスキルだ。
それがLv5ともなると、亜人がほんの少し触れただけでもそのダメージは計り知れないだろう。
「残念だが、この剣は亜人キラーLv5ではない」
ヒロキは耳を疑った。
「こいては神刀ワイバーンの上位互換である天神剣ワイバーン。しかも俺はこいつを限界突破させている。そしてそのスキルは…………」
次に飛び出したのはあのタクトですら予想外だった一言だった。
「亜人キラーLv200」
ヒロキは膝から崩れ落ちた。
文字通り桁が違うその数値にアルタイルは絶望を覚えた。
確かに、アルタイルであるヒロキなら天神剣ワイバーンの一撃を喰らっても転生機で蘇ることが出来る。
しかし、たとえ体の傷が治ったとしても心に負った深い傷が治ることは無い。
圧倒的な絶望感。
ヒロキは悔し涙を流しながら叫んだ。
「テメェ……………そんなことして楽しいかよ!」
ヒロキの心の底からの声。
怒りと絶望と悔しさを全部ぐちゃぐちゃに混ぜたヒロキの絶対的な強い意志。
「楽しいか…………だって?」
勇者はヒロキの一言に怯む。
「…し……ね…だろ……………」
掠れるような小さな声。
その場にいた者は誰も聞き取る事が出来ないレベルだ。
「楽しい訳ねぇだろうがよぉぉぉぉぉ!」
勇者の怒号に空気がビリビリと揺れる。
「何もかも…………何もかもテメェらのせいじゃねぇか!」
勇者は涙を流しながらヒロキを震える手で指差して睨む。
船にいるシュルバも予想外な出来事の連続で対応に追われている。タクトは相も変わらず真っ黒い笑顔を浮かべていた。
タクトはこの状況ですら予想通りな様だ。
「俺らのせいだと……………?何を根拠に言ってんだ!」
ヒロキは我を忘れて勇者に向かって怒鳴る。
「俺だって……………最初からこんなことしようと思ってやってる訳じゃねぇんだよ!」
「俺には昔な……………好きな奴がいたんだよ。そいつはいつも周りに明るく振る舞っていて、男からも女からも信頼を寄せられてたんだ…………」
「そいつはモテる奴だったけど、いつかコイツに思いを伝えるって毎日頑張ってたんだよ………そんなある日だ」
「そいつは買い物に行くために街の外に出ていたらしい。夜の暗闇の中、ランプの光だけを頼りに隣の街を目指していたらしいんだ」
「次に見たそいつの姿は、見てられるもんじゃ無かった…………」
「全身が赤くなって、頭は腫れ、足は千切れて腕は既に無かった………内臓は体から飛び出して、目玉は外れてこっちを見てたっけな…………」
さっきまで威勢よく怒鳴っていたヒロキも、流石に黙り込んでしまった。
「それをやったのはゴブリンだって聞いた時からだな…………ゴブリンスレイヤーとして街を出たのは」
勇者は涙を拭き、もう一度ヒロキに言う。
「お前らがあんなことしなければ!俺は今頃アイツと幸せな時を送っていたはずだ!でも、お前らがあの時、アイツの運命を無理やりねじ曲げちまったんだよ!」
ヒロキはそれに返すかのように言った。
「運命をねじ曲げられたのは…………こっちだって一緒だ……………………!」
勇者は何だと?と体を前に倒す。
「俺には優しい姉ちゃんがいたんだ。それこそ、お前の愛する人と同じように周りに笑顔を振りまいていたさ…………」
「そんな平和は一瞬で崩れた。俺の村に、勇者の軍団が攻めてきたんだ」
「俺はその時は村の外にいたから助かったけど、俺以外はほぼ全滅だった。ほぼ…………。姉ちゃんが、瓦礫に潰されながらも生きてたんだよ。あの時姉ちゃんを見つけた時の喜びと言ったら表現しきれねぇな。でも…………俺の姉ちゃんは、勇者から逃げてる途中に殺された。体を真っ二つにされたんだ。この刀でな…………」
ヒロキは刀を前へ突き出す。
「俺は即刻その刀を盗って勇者を殺してやった。その後刀を整備した時に刀に残ったのが、この姉ちゃんの血だ」
ヒロキは刀をさげて言った、
「お前らが村に攻め込まなければ、姉ちゃんはこんな無残な姿にならなくても良かったんだ!お前らが攻め込んだせいで………………」
ヒロキは体を震わせて泣き出す。
お互いの思いがぶつかる。
お互いの復讐心は大きく火花を散らして派手な音でぶつかり合う。
復讐心の魂胆となるゴブリンは……勇者は……たったひと握りの本物の悪なのかも知れない。
だが、飴の山の中に一つだけ毒飴が含まれていたら他の飴全てを警戒してしまうのと同じ。
たったひと握りの悪が含まれていたら、他の個体まで警戒せざるを得ない。
どちらも正義で、どちらも正しいのである。
それでも、自分の正義を貫こうとするものはいる。
「そちらの意見なんて聞いていない。悪なのはゴブリンなんだ!」
復讐に燃える勇者の背後には何百本ものナイフが浮かんでいる。
「サウザンド・ナイフ!」
勇者の掛け声と共にナイフは一斉にヒロキの方を向く。
「放て!」
無数のナイフはヒロキに向かって降り注いだ。