1章14話『悪と悪(後編)』
指定された公園に到着したタクトはとりあえず手当たり次第に辺りを見回すことにした。
夜9時ともあって人はあまりいない。
ダイエット中と思われる主婦何人かがジョギングコースをジョギングとは言えない程遅いペースで走っているくらいだ。
中心の女神像。
水瓶の中から水が溢れだすタイプの噴水であるこの像の水瓶の中にコインを投げ入れてそれが入ればその人は幸せになれると有名なデートスポットだ。
その噴水の縁に座っているサイコロを持った茶髪の青年はタクトの方を見て立ち上がった。
「約束通り、来たようだな」
「当たり前だろ。挑まれた勝負は降りない主義だからな」
タクトはそう言うと、ポケットからコインを取り出した。
コインを手に持ったタクトは勢いよく走り出し、一気に女神像に近づいた。
「先手必勝ってか?」
軽やかにジャンプするタクトを妨害するかのようにアルトは木の棒を投げた。
タクトはバランスを崩し地面に転げ落ちた。
「コインを落としてくれる事を期待していたんだが…………そう簡単にはいかないか」
アルトは木の棒を拾い直し、タクトに迫った。
タクトも木の棒を拾って応戦する。
お互い少なからず戦闘能力はあるため、たとえ木の棒だろうと迫力は凄い。
いつの間にか撮影された臨場感溢れるこの2人の戦いが6000RT入っていることを当の本人達は知らない。
「なんだ、天才詐欺師タクトなんてこんなものなのか」
アルトはタクトの腹に向けて木の棒を突き刺す。
その木の棒は一切の手応えが無いままタクトの腹を貫通した。
「それは残像だ、って一回言ってみたかったんだよね」
アルトの背後に回っていたタクトはアルトの背中に木の棒を突き刺す。
こちらは残像ではなく、アルトは小さく悲鳴を上げてすぐに振り返った。
アルトの腹を撫でるようにもう一度背後をとったタクト。
「2度同じ手に引っかかるかよ!」
アルトは木の棒を横に大きく振る。
木の棒はタクトに命中し、タクトはその場にうずくまってしまった。
「あばよ」
アルトは女神像との距離を縮める。
そんなアルトの背中に激痛が走る。何かをぶつけられた様だ。
「残念だが、まだその時ではない」
タクトは痛がっているフリをしてアルトを油断させただけだった。
背後から石を投げつけたタクトは体制を立て直しアルトに近づく。
タクトがアルトに繰り出した一撃はあまりにも隙だらけだった。
「そんな攻撃が当たるとでも!?」
ヒラリとそれを避けたアルトは隙の無い動きでタクトに向かって木の棒を突き出す。
「そんな攻撃が当たるとでも?」
タクトは同じセリフをアルトに返し、攻撃を避ける。
更にタクトは宙返りをしてあろうことかアルトの腕の上に乗ってしまった。
腕が沈む前に肩を通って頭へと辿り着いたタクトはまたもや宙返りをして跳ぶ。
跳んだ方向の先には女神像があった。
「まさか、下からではなく上からコインを投げ入れるつもりか!?」
タクトは女神像の僅かな隙間に着地して、アルトに向かってこう言った。
「一瞬でも僕に隙を見せた事を後悔しながら刑務所の中で暮らす事だね」
タクトは水瓶にコインを投げ入れた。
「させるかっ!」
コインは石に弾かれて明後日の方向へと飛ぶ。
「…………………………」
アルトはすぐにタクトに詰め寄った。
アルトはタクトに向かって木の棒を振るうが、それをタクトは何一つ表情を変化させずに腕で受け止める。
「バケモンかよ………」
アルトはタクトの腹を蹴りタクトを女神像から落とした。タクトは落ちる最中に腕を何度も打つがなんともないかのように起き上がる。
「あばよ、"2人目の"天才詐欺師くん」
アルトはポケットに手を突っ込んだ。
ここでようやく、アルトはタクトの仕掛けた罠に気付く。
「あれ?財布どこだ!?」
アルトは焦りながらタクトの方を見る。
タクトが手に持っていたのは茶色い革製の四角いものだった。
「やりやがったな…………」
アルトはタクトを睨む。
そしてタクトは自分の仕掛けた最大の罠を発表する。
「残念だけど、君はもう僕に騙されているんだよ」
「な………に…………?」
ただの戯言だと考える心が50%、まだ何かあると考える心が50%だった。
「君は昨日の時点で僕に騙されているんだ」
タクトは右腕を上げた。
「最初から勝負に乗るつもりなんて無かった。僕は君を殺せればそれでいいのだから」
タクトが次に見たのはアルトに背後に現れたナイフを持つレイナの姿だった。
シュンッ。
転生機に現れたもう一人の天才詐欺師は辺りを見渡した。
「何だ?ここ。船…………?の中の様だが」
「さすがアルト。初見で船だって分かったのは君だけだよ」
タクトは驚いた表情でアルトを見る。
「ここはどこだ?説明しろ」
わかりましたと言わんばかりにヌッと現れるアテナ。
何も知らない人からすればかなりシュールな映像である。
これまで通り一連の流れを説明したアテナ。
「僕達の計画に協力してくれるかい?」
アルトに顔を近づけて聞くタクト。
それに対してアルトは
「なぁ…………お前はなんで詐欺始めたんだ?」
タクトはアルトの言っていることが分からなかった。
「そんなん、自分の為に決まってるだろ。他に何があるって言うんだ」
アルトは諦めた様な笑顔でタクトに語りだす。
「俺はさ、好きな人がいたんだよ。そいつはセレブで大金持ちだったからさ、プレゼントを買ってやるのも一苦労だった。そんな時、詐欺して金稼げばプレゼントなんていくらでも買えるんじゃね?って気がついたんだ」
「でもな、結局俺はそいつに思いを告げられないまま俺の目の前で殺されたんだ。愉快犯の犯行だったんだとよ」
「それから、俺は詐欺をすることで心にぽっかり開いた穴を埋めれるような気がしてな…………」
隣にいたシュルバは一連の流れを聞いてアルトに同情した。
しかしタクトは冷たい目で言い放った。
「くだらない」
アルトは、え?と顔を上げる。
「そう言って自分の詐欺は他人の為だとか、心残りを消す為だとか正当化しようとしているんだろ?でもな、結局あっち側はなんとも思ってないだろう。ただ理由はわからないけどプレゼントくれる都合のいい人としか思ってないだろう。そして君自身、その可能性に気がついていたはずだ。なのに目を背けてこの行為を続けていたのだと言うのなら」
「それは究極形ではあるが所詮自己満足に過ぎない」
アルトは突然笑いだした。
「はははっ、負けたよ。」
アルトは床に座って続ける。
「タクト、お前はさっきから真実しか語ってねぇ。俺はお前に一切欺かれたりしてねぇんだ。なのに…………なんでだろうな」
「負けた気がしてならねぇんだ」
アルトは涙目になる。
「結局、俺はコソコソとアイツに好かれようとセコい事繰り返してただけなんだな………」
アルトは堪えていたが、常人なら泣きだしていただろう。
「僕と一緒に来てくれ。思いを伝えられなかった運命を作り変えるために」
タクトはアルトに向かって手を差し伸べる。
「なんかもう、完敗だな。お前に勝てる気しねぇや」
アルトは笑いながらその手をとった。
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