1章13話『悪と悪(前編)』
「はい、ではそちらに担当の者が伺いますので担当の者に代金と請求書をお渡しになって頂ければ今回の事は全て水に流しますので………」
カフェスペース。
テーブル席に座るタクトは丁寧な口調で誰かに電話をかけている。
45分間にも及ぶ長電話を終了したタクトはスマホをテーブルの上にゆっくり置き、伸びをした。
「あぁ〜。これで来月までは持つかな」
次にタクトはPCを開きファントムの設定を行った。明日14時に新潟県のとある家庭にファントムが到着するように。
「お疲れ」
シュルバは疲れ果てているタクトに温かいコーヒーを差し入れた。
最近はここぞとばかりに寒いので温かいコーヒーは冷え性でもあるタクトにとって救いになっていた。
「ただいま戻った………とりあえず金庫の中の物は全て盗んできたが………まだ足りないだろうか」
カフェスペースに入ってきたレイナは小さめな袋いっぱいに詰められた時計や宝石をタクトに見せた。
レイナは何故か知らないが強く念じることで体を消す事が出来るらしい。
これはまた研究が必要になると感じるタクトであった。
「こっちも帰ってきたぞ」
ヒロキも同時にカフェスペースに入ってきた。
こちらも小さめなアタッシュケースをタクトに手渡す。
「ありがとう二人とも。これでしばらくは資金には困らなそうだ」
タクトが安心していると、今度はアテナが入ってきた。
「荷物が届きましたが、どちらにお運びしましょう」
「一番上と一番下は僕の部屋、2番目はルカの部屋に運んでやってくれ」
タクトはアテナに近づいて段ボールの上の紙を見てアテナに指示を出した。
指示と言う表現が適切かどうかは分からない。
「それにしてもこんな方法で生活費を稼いでるなんて思わなかったよ」
アリスは心底呆れた表情で腰に手をつきタクトに言う。
シュルバもそれに同意し、小さく笑っている。
この船もだいぶ賑やかになったものだと、微笑むタクトもいた。
「実はな………アルタイルは次の1人でラストかも知れないんだ」
しばらくして始まった作戦会議。
今回からはネット通話を利用してルカもしっかり参加している。
「なんでだ?人数は多い方が良くないか?」
ヒロキは両手を広げて不思議そうに言う。
「あぁ。その通りなんだが、次辺りで最後にしないと皆に莫大な負荷がかかってしまうんだ」
全員は顔を見合わせて混乱する。
「というのも、これを見てくれ」
タクトは義手になっている右手を見せた。
「ルカが作ったんだよー凄いでしょー」
アリスはタブレットの中のルカに向かって凄い凄いと褒め称えていた。
ちなみにこの義手はルカがタクトの為に限界まで人間の腕に近づけて作ってある。
その為、コーヒーの温かさまで感じる事が出来るのだ。
問題はその右手だ。
「待って………なんでそっちなの?」
シュルバは思わず声を上げていた。
プルプルと震えながらもシュルバは自分の気づいた違和感の正体をタクトに問う。
「タクトの腕が無いのって………左腕じゃ無かったっけ………?」
全員が、思い出すのと同時に文字通りあっと驚いていた。
そう、ヒロキの刀に触ったが故に吹き飛んだタクトの腕は左腕。
なのに今のタクトは右腕に義手を装着している。
「要するに、こういう事さ」
タクトはさらに義手が装着されている左腕の方も見せた。
「少し前の日の朝だ。目が覚めたら、右腕が消し飛んでいたんだよ…………」
全員がまじまじとタクトの腕を見る。
「これはあくまで推論だが、恐らくタイムパラドックスの影響だろう」
シュルバはアニメをよく見る人だったので、タイムパラドックスの意味を知っている。
「確かに、こんな状況ならタイムパラドックスが起きてもおかしくはないね………」
シュルバはメガネをクイッと整えて言った。
タイムパラドックス。
タイムスリップやタイムトラベルを行うと発生する、時間軸上絶対に形成されない状況が形成された時に稀に起きる言わば世界のエラー。
「僕は元から左腕が義手だった影響もあって一番タイムパラドックスの影響を受けやすいみたいだけど……………」
「これ以上アルタイルが増えれば…………タクト以外にも影響が出る………………」
レイナのその言葉にタクトは頷く。
「となると、余計にアルタイルを慎重に探さなきゃいけないね」
アリスは手を後ろに組んで右に重心をかけて言う。
「大丈夫だ、最後のアルタイルの目星は付いている。」
タクトはPCを開いた。
そこにはある男の写真が映っている。
その男の名前はアルト。
有名なコレクターで、骨董品や美術品を買い集めており小さな博物館まで経営してしまう程だった。
その展示品を見て絵画を購入したいと申し出る者もおり、一部の展示品なら売却してしまう人物だ。
「で、こいつをどうやってこっちに連れてくるの?」
こっちに連れてくる、つまりそれは対象の死を意味する。
即ちシュルバのその問いは、どうやって対象を殺害するのかと言う意味になっている。
「それについても、大体考えはまとまっている」
タクトはスマホを指差して言った。
「いくら何でも、あの量の骨董品や美術品を高校生が買い集めるのは無理だ。しかも調べ上げたら、アルトには親もいないらしいし仕事にも付いていないんだ」
タクトは決定的な一言を放った。
「一体どうやって、そんな大金を稼いだんだろうね」
その話を聞いたシュルバはある一つの仮説に辿り着いた。
「じゃあ…………一部の展示品を売るってのも、そういう事なの?」
タクトは微笑みながら頷いた。
「彼が一部の展示品しか売らない理由。それは本物の展示品を売られては困るからだ」
そう言うと、タクトのスマホから軽快な音楽が流れ始めた。
画面は見知らぬ電話番号から電話がかかってきている事を伝えていた。
「アルトは僕と同じ、詐欺師だ」
結論に辿り着いていたシュルバ以外の全員が驚いた。
「でもまさか、僕の電話番号を特定して直接対決を挑むとはね………」
タクトはスマホを手に取り耳に当てた。
「お前、今巷を騒がせてる天才詐欺師のタクトだよな?」
タクトは、自分がまたもやマスコミを騒がせている事を知って少し上機嫌になった。
「あぁ。僕が天才詐欺師のタクトだ」
「俺はお前と同じ詐欺師のアルトだ。ニュースとかでよく見るだろ?」
「で、僕になんの用だ?」
と、船の中の一連の流れを見た者からしたらあからさま過ぎる質問をする。
「明日の夜9時、都内の公園へ来い。俺とお前の直接対決だ。負けた方は自首すると言うリスク付きでな」
タクトは例の不気味な笑みを浮かべて
「いいだろう。その話、乗った」
アルトはその言葉を聞くと、対決の概要だけ言って電話を切った。
対決は明日の夜9時、東京都内のとある公園。
公園のシンボルである女神像の水瓶に先にコインを投げ入れた方が勝ちと言う簡単なルールだ。
「いいの?こんな話に乗っちゃって」
「大丈夫だ。完璧な作戦を立ててある」
タクトはアハハハッと笑いながら言った。
「哀れなものだよ。天才詐欺師を騙してやると粋がってた天才詐欺師が逆に天才詐欺師に騙されてしまうなんてね」
夜9時。
決戦の時だ。