5章最終話『あなたへ』
彼の体は人間に限りなく近かった。
彼の体は機械に限りなく近かった。
しかし彼は人間でも機械でもない。
彼は、自らを神と名乗った。
「プッ……フハハハハハハハ!」
オルフェウスは吹き出して笑った。
「お前が?俺と同じ神?ハハハッ!冗談が上手いな!」
実際、オルフェウスだけでなくアルタイル達も状況を信じることができなかった。
タクトの記憶がファントムにインストールされて彼が蘇ったこと。そこまではなんとか理解が出来た。
しかし、彼が自分を神と称し、本物の神と対峙しているという事実は流石に受け止められなかった。
この状況を理解しているのは、この状況を生み出したタクトのみである。
「僕は君と同じ神になるつもりはない」
タクトはそう言って地上に降り立った。
「僕は絶対神だ。君なんかと一緒にするな」
その一言に、オルフェウスのプライドは傷つけられた。
「君なんかだと……!?」
オルフェウスはタクトに向かって右手を突き出し、それを左手で抑えるようにしながら光の大砲を撃った。
「俺は7柱として何億年もの時を生きてきたんだ!貴様如きが俺の上に立つな!」
光の大砲は地面を大きく抉り取る程のエネルギーを放出しながら、まっすぐにタクトへ向かっていく。さながら一筋の流星のように。
しかし。
「例え君が何億年生きようと、到底僕に追いつくことはできない」
タクトの左手には透明なバリアが貼られていた。
後に『魔鏡』と名付けられた感情に反応するそのバリアを纏いながら、タクトは言った。
「0に何をかけても、その答えは0になるのだから」
オルフェウスはなんとか冷静を保ちつつも、無意識のうちにある1つの疑問を口に出していた。
「なぜ…………お前たちの能力は俺が消し去ったはずなのに」
タクトはフッと笑う。
「人間であるアルタイルの能力は消せても、神である僕の能力は消せなかったんだろうね」
と、タクトは言うがオルフェウスの能力はあくまでアルタイルや椿希の能力を消すもの。タクトの記憶をコピーされたファントムには効果がない。
そのためタクトの能力は失われていないのだ。
「…………チッ!出来れば使いたくなかったが使うしかないか」
オルフェウスはガッと翼を羽ばたかせ、一瞬のうちに大空へ到着していた。
「はぁぁぁああああ!!!」
オルフェウスが力を込めるほど、世界全体が揺らぐ。ドクン、ドクンと鼓動を打つように世界が縮まっては広がり、広がっては縮まりを繰り返している。
「なんだよコレ…………」
アルトがオルフェウスを刮目しながらそうつぶやく。
「私達の力が吸い取られてるみたいな…………いや、そんな生易しくはないね」
シュルバは歪む世界を見てそう考えた。
すると、タクトがシュルバの隣にスッと立つ。
「あれ?シュルバ、髪染めた?」
「あ、そーだ私髪染めたんじゃん!しっくり来すぎて忘れてた」
「キャラも変わったな……」
タクトが首を傾げる。
シュルバはアハハと少し笑い、すぐに真面目な顔に戻った。
「タクト、これは私の推測に過ぎないけどね」
シュルバは遠くを指差して、
「ここは東京の形をしたデリートルーム。だから方角的に東京タワーはこっちにある」
しかし
「…………見えないね」
シュルバは頷いた。
「さっきまで東京タワーは見えていた。しかも、東京タワーだけじゃない。アイツが世界を揺らがす程に遠くの景色が見えなくなっている。つまり……」
シュルバは結論を言った。
「アイツは、デリートルームを吸収して強化しようとしている」
「…………なるほど」
「もう一度言うけど、これは私の推測に過ぎない。『推理』も奪われたから使っていない。だから最終的な判断はタクトに任せる」
タクトは考えた。
考え、考え、ある作戦を思いついた。
そして、真っ黒い笑顔を見せた。
「1つだけ策がある。…………ただ、デリートルームから脱出する方法さえあれば」
行きに使ったブラックホールは、既に効果切れ。能力を奪われている以上オルフェウスを倒さないことにはデリートルームから出られない。
「…………その方法さえあれば、今から13分以内にここから出られる?」
「あぁ、約束しよう」
「了解」
シュルバの左手に懐中時計が生み出された。
「私の左腕はタクトから受け継いだ義手。ここだけはアルタイルじゃないんだ」
奇跡的に一部のみだがオルフェウスの能力を回避したシュルバはそれを発動させる。
「『強欲』」
シュルバはそう言って懐中時計を起動させた。
「あとはここから出る方法を持つ人がなんとかしてくれるよ」
「ここから出る方法を……?一体誰のことだ?」
そう言うタクトの肩を叩く人がいた。
椿希は指をヒラヒラと動かして挨拶した。
「田口…………田口なのか!?」
「久しぶりね、黒田」
「あ、あはは。元気そうで何よりだよ」
「あなたは元気そうとは言えないけどね」
椿希は機械でできたタクトの体を見て言った。
「私の能力が返ってくれば、ここから出るブラックホールを生み出せる」
と、言ってた矢先。
『強欲』の効果が現れた。
デリートルームを吸収し続けるオルフェウス。しかし、彼の体には限界が近づいていた。いくら神といえど世界1つを吸収できるほどの内容量はない。
いくつかのデリートルームがこぼれ落ちるように排出された。
その過程で、椿希の能力がオルフェウスの管理下から離れた。
「…………まさか」
「計画通りね」
椿希は頷いて、ブラックホールを生み出した。
「みんな!早く!」
次々にブラックホールに突っ込むアルタイル達。全員が入ったのを確認し、椿希も乗り込んだ。
「よっ……と」
一同は船の最高管理室に戻った。
「田口、ブラックホールを閉じてくれ」
椿希はブラックホールを消滅させる。
と同時にタクトは最高管理室のPCを操作する。
「デリートルームを吸収して強くなる…………確かに強敵だ」
デリートルームに残されたオルフェウスはアルタイル達は敗走したと見た。
完全にデリートルームを取り込んでから世界共々アルタイルを殲滅するのも悪くないと考え、今はデリートルームの吸収に専念した。
それがいけなかった。
「な、なんだこれ!」
オルフェウスは自分の手を見て叫んだ。
愛する自分の手は量子の欠片のように砕け始める。いや、手だけではない。
彼の全身が端から量子の粒となって消えていく。
「だが、デリートルームを吸収すると言うのなら」
タクトはそう言いながらPCを操作し続ける。
オルフェウスの体は既に10%にも満たない。
彼が残された目で見たのは、崩れゆくデリートルームの風景だった。
「デリートルームごと消し去ればいい」
タクトはそう言うとEnterキーを強く叩いた。
その日の夜、タクトの復活歓迎会が開かれた。
霧島と矢野が作った数々の料理は人間として食す最後の料理に相応しかった。
世界の再構築は翌日の夜3時から実行される。何人かは明日に備えて眠ることにした。
そんな中、タクトと椿希は2人切りでテラスにいた。
「本当に……この日を待っていたわ」
「……僕もだよ」
2人が仲睦まじく会話をするちょうど反対側のテラスに、もう1組の男女がいた。
シュルバはフェンスに前のめりによりかかり、海を見ていた。
その背後から、アルトがこう声をかけた。
「いいのかよ、せっかくタクトを復活させたのにこんな結果になって」
シュルバは一瞬回答を躊躇った。
「いいよ……最期くらい悔いのないように終わってもらいたい」
「最期って…………どういうことだよ」
タクトは椿希を優しく抱きしめる。
お互い、久しぶりに人の温もりを感じる。
見つめ合う2人がゆっくりと唇を近づけようとした時。
椿希の体がガクンと落ちた。
「…………間に合わなかったんだ」
手足が灰になって無くなる姿を見た椿希は残念そうに笑った。
シュルバはアルトにこう返した。
「田口椿希は識別番号29695834番のコードネーム・ベガ。そして明日は田口椿希の18歳の誕生日。これ以上は言わなくてもわかるよね」
アルトは、シュルバが何を言いたいのかがわからなかった。
しかし、ベガ、誕生日、18歳というキーワードはある1つの答えを導き出した。
ベガの呪い。
エラーによって人を遥かに上回る力を手に入れてしまったベガは18歳になる前に死んでしまう。
今日がタイムリミットなのだ。
そしてそれは、椿希本人も知っている。
それを聞いたタクトは、全てを悟る。
「ごめん田口…………僕は君を救えなかった」
「謝らなくていいよ……こうなることは知ってたからさ」
とは言ったものの、彼女の目からはじんわりと涙がこぼれた。
「黒田……もう一度だけ抱きしめてくれる?」
タクトは無言で彼女を抱きしめた。
今にも消えてしまいそうな彼女を逃すまいと抱きしめた。
「最期にあなたに会えて……よかった」
椿希の頬に一筋の滴が流れる。
「田口…………僕は……僕は!」
「やだなぁ。最期くらい、明るい黒田でいてよ」
「…………そう、だね」
タクトは涙を堪える。田口の体は灰になる寸前だった。
「田口……まずはハッピーバースデー。そして……」
タクトは椿希と同じように、頬に涙を伝わせて言った。
「さよなら」
そう言うと同時に、彼女の灰化が始まった。
「タクト……」
タクトは椿希をしっかりと見つめる。
「死にたくないよ…………」
最期にそう言い残して、彼女は灰になった。
灰は潮風に乗り、夜闇に消えていった。
それから数日。
アルタイルは世界の再構築を成功させ新生7柱となる。
始まりの神を務めるのは、旧時空神アテナ。
7柱の長であり、仲間でもある。
彼女は7柱を見守る役目だが、7柱がしっかりと仕事をこなす為、安心と同時に退屈しているのも事実。
タクトは世界の管理を任されている。
もう二度とエラーを起こさせない。
もう二度と椿希のような悲しい結末を生まない。
強い覚悟の元、世界の管理を全うしている。
そしてその隣にはシュルバがいた。
彼女も彼女なりに、タクトの補佐として全力を尽くしている。
ヒロキとアリスは主に神の領域の護衛や天使の育成。
難しいことは苦手な2人にはこれが適任だろう。
ルカは文化の発展を手助けする仕事をしている。
とは言いつつも、彼女自身旧世界に生きる人間だった為、新世界の文化がかなり旧世界に近くなっている。
レイナはいわゆる死神の役割。
たとえどんなに善良な行動をしたとしても、悪徳な行動をしたとしても、レイナは平等に死を与え、彼の元へと送る。
その平等を平等に裁くのが、アルトの仕事。
いわゆる閻魔大王の仕事だ。
運ばれてきた魂の生前の行いを見て、天国、煉獄、地獄の中から行く先を選ぶ。
たとえアルトを欺こうとしても無駄だ。
天才詐欺師の目を簡単に騙せるわけがない。
彼の元に1人の女性が現れた。
「霧島さん…………」
どうしてここに?という顔でアルトが彼女を見る。
「私も旧世界の人々を数多く殺した大罪人。罪を償いにきただけです。何も不思議なことはありませんよ」
「相変わらずの正義感ですね」
余談だが、ペルセウス達は楯と契約しているか否か関係なく新生7柱の護り手となっている。
アルトは1枚の紙を取り出し、万年筆で何かを書く。そしてそこに大きなハンコを叩きつけ、霧島に突きつけた。
「これがあなたへの罰だ」
紙を受け取った霧島は、丁重に扱われてその空間へ向かった。
なるほど、居心地は悪くない。むしろいい方だ。
書斎にも多くの本や綺麗な机が並んでいる。
霧島は早速、事前に持ち込みを申請していた白紙の本と万年筆、それと黒いインクを取り出した。
その本を書き切るのには時間がかかった。
彼らの勇姿を全て1冊の本に纏めるのだから。
その本の最後のページに自らのメッセージを込めると、霧島はその本を7柱に送る準備をした。
箱の中心に包まれた本はどこか寂しそうだった。
この本をあなたにプレゼントします。
歴史の海に消えていった彼らの覚悟と絶望の物語を未来へ受け継ぐために。
旧世界に生まれた私から、新世界に生きるあなたへ。
タイトルは「7人の僕が世界を作り直すまで」
霧島葵