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5章48話『デリートルーム』

 ブラックホールに飛び込んだシュルバは、終始体がねじ曲がるような全方向からの重力に翻弄された。

 いや、シュルバだけではない。穴に入った全員が同じ感覚に陥った。


 そしてそのまま、気を失ってしまった。


「ぅ…………うぅん」


 シュルバが重い頭を起こす。まだ頭はフラフラするし、吐き気もする。

 しかし、そんなことが気にならなくなる程彼女の周囲は異様だった。


「ここって…………」


 間違いない。

 あの日、ゴーストに負けたあの場所だ。


 瓦礫の山、剥き出しの鉄骨、鈍色の空、

 そして嫌でも視界に入ってくる赤色の電波塔………………。


「ここが、デリートルーム……?」


 シュルバには、にわかに信じがたい光景だった。


「おそらくこの場にいる全員の記憶に共通して、しかも強烈にこびりついているこの場所にデリートルームが変化したのだろうね」


 遅れて目を醒ました椿希が冷静に状況を判断した。


「そうだ、みんなは!?」


「こっちだよ、2人とも!」


 向かって左のビルからアリスが顔を覗かせ、手を振る。2人は急いでそのビルの階段を登った。

 その先にいたのはアリス、レイナ、アルト。


「遅かったじゃねぇか、何してたんだ」


 アルトが壁によりかかりながら座っている。


「まぁ、ちょっとね〜」


 苦笑いするシュルバに対し、アルトは体をのっそりと起き上がらせ、彼女の肩を触った。


「…………なるほどなぁ」


「プライバシーの侵害ですよアルトくん」


 アルトはフッと笑いシュルバを別室に案内した。

 その中にはルカ、ヒロキ、そして…………。


「タクト…………」

「黒田…………」


 シュルバと椿希が放った2つの声は重なった。


 ワイヤーに接続されたファントムの姿はタクトにそっくりだった。その近くにあったパソコンに映し出されていたのは常人には理解不能な文字列。

 シュルバはすぐに、それがタクトの記憶のバックアップだとわかった。


「よぉ、2人共遅かったな」


「もうはじまるよー!」


 ルカがパソコンを操作すると、画面は水色の背景に切り替わる。中心にあるオブジェクトには「Now loading…… 0.01%」と記されていた。


「まだじかんかかるかも」


 ルカはそう言った。


「アルト達の所に戻ろっか」


 と、シュルバに誘われて部屋を出る。ヒロキ、ルカの2人もその後を追う。


 全員が揃い、まだ時間がかかると伝えられた一同。


「タクトが復活した後はどうするつもりなんだ?」


「タクトの能力で未来をプログラム化して、世界の再構築を実行するよ。私達が人間でいられるのも今日が最後だね」


 各々、自分自身の思い出にふけっていた頃。


 アルトはいきなり外を指差す。


「おい、何だあれ」


 アルトが指差す先、今にも雨が降り出しそうな雨雲の中、一羽の鳥がこちらに向かっていた。


 いや、鳥ではない。


 あれは…………


 それを完全に理解する前に、その音が鳴った。


 ドゴォォオオン。

 この派手な擬音でさえ相応しいかわからないほどの爆音。老朽化したビルが崩れたのだ。

 しかし直接的な原因は、老朽化ではない。たまたま耐久性の下がっていたビルにそれが衝突しただけだった。


 音を聞きつけて階段を駆け下りた彼女達の目の前にいたのは…………


「久しぶりだな、ゴミ共」


 吟遊詩人の神・オルフェウス。


「なんで……お前がここに?」


「7柱は不死身の存在。だがクロノスが俺に受命の制裁を与えたせいで、世界の管理システムにエラーが生じてデリートルームに送られたんだ」


 本来、受命の制裁は7柱が謀反を起こした下級の神や天使、または神の領域に進軍してきた悪魔に下すもの。

 それを7柱に使ったのだから、エラーが出ても不思議ではない。


「今の今まで、俺は意識が無かったんだがな…………シュルバ、いや実験体Lv7。貴様がここに入り込んできたおかげで俺は蘇ることができた。感謝するよ」


 シュルバはオルフェウスの挑発を完全に無視した。

 本当は無視なんてしたくなかった。自分を実験体扱いされるのはとても不愉快だった。

 シュルバはその感情を抑え込み、体を右側に捻り、オルフェウスに向かって真っ直ぐに左腕を突き出す。

 人差し指で指さされた当事者のオルフェウスはポカンとしながらシュルバを見つめる。


「さぁ、絶望を始めよう」


 それはシュルバにとっての勝利宣言。

 今は勝ち筋なんてないけど、私達が勝つことは決まっている。シュルバの強い自信と覚悟の表れだった。


 シュルバがそう言うと同時に、鋼の悪魔が無数に飛び出した。


「アリーヴェデルチ!」


 シュルバがそう言うと同時にナイフは一斉にオルフェウスの方に向かった。

 その数、60本。限界ギリギリまで攻めた結果だ。


 無数のナイフが飛び交う様子はさながら雨のようだ。無論、そこから繰り出される攻撃の威力は凄まじい。なぜこんなちんけな指輪が鋼の悪魔とまで呼ばれているかがよくわかった。


 しかし、


「食らうわけないだろう?」


 神に悪魔は無意味だった。

 むしろ、体に無理に負担をかけたシュルバの方がダメージが大きいと言える。


「さぁ、次は俺の番だ」


 オルフェウスがパチンと指を鳴らす。


 すると、ほぼ無音でオルフェウスの背後から光線が飛び出た。光線は一瞬で地面を貫き、アリスの足を貫通した。


「アリス!」


 ヒロキが駆け寄る。

 が、様子がおかしかった。


「え?どうしたのヒロキ」


「どうしたのってお前……!」


 ヒロキはアリスの脚を指さす。


「えっ!?な、なにこれ!!?」


 オルフェウスはフッと笑った。


「俺はこの世界にいる限り、例え痛覚でさえこの世界を意のままに操ることができる。こんな風にな」


 オルフェウスはまた、パチンと指を鳴らした。

 すると、アルタイル一同と椿希は体が一瞬とても重くなる感覚と同時に、いわゆる喪失感を憶えた。


「まさか……能力が奪われた!?」


「ご名答。それに奪ったのは個々人の能力だけではない。パラドックスや武器の特殊能力も虚空へと還った」


 オルフェウスは高笑いする。


「そして俺は、逆にこんなことができる」


 オルフェウスが指を右から左へフッと払うと、大きな光の剣が現れ、地面を切り裂いた。


「これは…………葵ちゃんの力」


 椿希がそう言った。


「霧島は俺の護り手だった存在だ。能力をコピーすることくらい容易い」


「くっそぉ…………!」


 ヒロキが地面を殴る。


「まったく、第六使徒みたいな攻撃してくれちゃって」


 シュルバは気だるそうに頭をかきながら、内心ものすごく焦っていた。


 まただ。またここで自分達は負ける。

 あの日ゴーストにやられたように…………。

 そしてもしそうなら……。


「私達が今までやってきたことって無駄だったのかな………………」


 結論から言おう。

 答えはノーだ。


 そしてこれは努力とか勇気とかではなく、結果が物語っている。


 ドォオオオン。


 もう一度、今度は比較的控えめな爆発音が響いた。


「な、なんだ!?爆弾!?」


 アルトがそう言って音の方を向く。

 爆風で舞った煙の中から声が響いたのはその数秒後の話だった。


「イエス・キリストは処刑の3日後に体を伴って復活し、今では神と崇められている」


 ついに、その瞬間が訪れた。


「だとしたら今の僕はもう…………」


 一同はその瞬間を刮目することしかできなかった。


「神と呼ぶしかないよね?」


 タクトはそう宣言した。

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