5章47話『斎藤亜子』
「ゴーストの正体が……俺達が探し求めていた田口椿希……!?」
アルトは衝撃を言葉に出すことしかできなかった。
「ふーん、なかなか可愛い顔してんじゃん!仮面なんてつけなければいいのにー!」
シュルバに頬をつつかれ続けるゴースト改め椿希だったが、その顔は依然として嫌悪と困惑に満ちていた。
「………………なぜ、私の正体が?」
シュルバはピタリと手を止め、1歩引いた。
「VG団…………」
シュルバはそう言った。
「あの日あなたはVGの正式名称はVICTORY GENOCIDERだと教えてくれた。でもね?」
思い返せば、荒廃した東京でもシーアナザーでも以前訪れた教会でも、
「あなた達は一般人を傷つけることはなかった」
チェリーを連れてシーアナザーの夜闇に消えた後も、結局VG団は一般人を殺すことはなかったのだ。
「そもそも、"勝利"と"虐殺者"が繋がる点も不自然だよね?自分達を正義とも悪とも割り切れていない。この時点で私はVG団の正式名称は他にあると踏んでいたの」
矢野からかつての虐殺行為に励んでいたVG団の話も聞いていたため、この結論を掴むにはかなりの時間がかかった。
もっとも、シュルバはこのVG団は名前がたまたま同じなだけで全くの別物だと踏んでいる。
「じゃあVG団の正式名称は何か?」
シュルバはその答えを導くことに成功していた。
「最初に気がついたのは……V。ちょうど私達はあなたのことを追っていたから、すぐに連想できた。VG団のVは、"Vampire"、吸血鬼さ」
シュルバは更に続ける。
「では残ったGは何か。それを考えていた時あることに気がついた。かつてシーアナザーを襲った吸血鬼の被害者は女性、そして今まで戦った2人のVG団チェリーとライはいずれも女性、そして天然の吸血鬼だったイリス・イミテイション、そしてレイナちゃんと田口椿希…………」
いずれも女性だった、とシュルバは告げる。
「VG団のGは"garls"。VGの正式名称はVampire garls、『吸血鬼の少女達』………………この時点で私はゴーストの正体が女性だと確信した」
椿希はそれを聞いて、反論する。
「でも、それだけじゃ私を田口椿希と断定するのは難しいんじゃ…………」
シュルバが更に加速する。
「あの日、あなたはアルトに『黒田拓人復活計画を阻止しなければならない』と告げた。例えあなたが時間旅行者だとしても、タクトの本名を知っているのはおかしい。仮にニュースで見たとしても、そうなると私達に協力していると知っていることもおかしくなる」
その答えが『霧島が協力していたから』だとわかったのはつい最近だ。
「つまり、ゴーストは個人的にタクトを知っているということが分かる」
吸血鬼。
女性。
タクトを知っている。
「これだけの情報が集まれば、私の地球の本棚は簡単にあなたの名前をピックアップしてくれるよ」
霧島が放った『ゴーストはアルタイルの敵ではない』という発言。
あれは『アルタイルが強くなりすぎてゴーストでは歯が立たない』という意味ではなく、本当に『アルタイルとゴーストは敵同士という関係ではない』という意味だった。
「…………流石ね」
椿希は両手を上げて降参を表した。
「でも1つだけわからないことがある」
シュルバは困り顔で言った。
「なぜ、私を狙ったの?」
この問いに対し、ゴーストはついに自分の過去を語り出した。
「高校生連続殺人事件……黒田があの船から私を逃してくれた時、私は何日経っても彼の事を忘れられなかった。それが、ただ単純に私を助けてくれたからってだけじゃないことはわかっていた」
椿希は暗い顔でそう言った。
「そんな時、葵ちゃんが私の家に訪れた。彼女は黒田を殺した犯人だと言うことも、私を狙っているということもわかっていたから、初めは本当に怖かった」
でも、と続ける。
「葵ちゃんは私に深々と頭を下げ、『どうすれば私を信じて貰えますか』って言った。とりあえず殺されることだけが怖かった私は『武器がないことを証明して』って言った。そしたら彼女は私の目の前で衣服を脱ぎ出したの。必死に止めたよ、目が本気だったんだもん」
その後念の為ボディチェックをしてみたものの、武器となるものは確認できず、それどころか仲間に支持を出すための通信機や携帯電話もなかったため信じることにしたと言う。
それ以降、霧島と連絡を取り合いタクトやアルタイルの情報を手に入れていたが、ちょうど護り手を殺し回っていた頃だったので、状況が落ち着くまで手を引いていたのだ。
それがいけなかった。
「本当にびっくりしたよ。葵ちゃんから『黒田が死んだ』って聞いたときは。そして本当に後悔した。また、黒田に会えなくなった」
その日から彼女はゴーストになった。
「黒田が死んだことを受け止められなかった。いや、受け止めたくなかったんだろうね。幸い、それより少し前に吸血鬼の能力を覚醒させることには成功していた。そうだ……私の能力についても話さないとね」
椿希の能力は未来予知――――。
ではなかった。
「私の能力は時空を歪める能力。最初はこの能力でタクトに会いに行こうとしたんだけど、この能力で巻き戻せるのは能力に覚醒した日まで。それより前までは戻れなかった」
椿希はさらに続ける。
「私はこの能力を使って時空を行き来して黒田を復活させる方法を探っていた。でもそんな時、葵ちゃんから、あなた達も黒田を復活させようとしていると聞いた」
シュルバがそこで割り込む。
「だったら、私達が争う必要なんて…………」
「私にはあったのよ」
椿希は胸に拳を当てる。
「今、黒田を復活させたらどうなる?黒田は間違いなくシュルバ、あなたの方へ振り向く。そうなれば、私は………………もうチャンスも少ないからそれだけは避けたかった」
「だから、私を狙った…………復活したタクトの隣にいたいが為に」
椿希は頷いた。
「さっき、『なぜ私を狙ったの?』って聞いたけど言ってしまえば簡単」
椿希は自分を馬鹿にするように言った。
「嫉妬だよ…………」
椿希のその一言は、妙に重かった。
確かに傍から見れば馬鹿げた理由だ。
しかし、シュルバはそれを馬鹿にはできなかった。
もし同じ立場なら自分もそうしただろうから。
「余談だけど…………私、ホントは東京で戦ったあの日もあなた達に何度も負けてるの。それこそ数え切れないくらいに」
何度も時間を巻き戻すうちにパターンを自然と覚え、それ故にアルタイルを完封することができた。
そしてそれは先の戦いにも言えることである。
その途中で時空歪曲能力を失ったため、結果的に負けてしまったが。
「でももう……私は逃げないと決めた。だから葵ちゃんに頼んであなた達をここに呼び寄せた。本当は圧倒的な力の差を見せつけた上で協力を煽ろうとしたんだけどね」
椿希はシュルバの手を取り、
「図々しいってのは百の承知。でも私はあなたと協力したい。黒田を生き返らせたい。だからお願い…………私に協力して」
シュルバは握られた手をじっと見つめ、こう言った。
「いいの?自分で言うのもなんだけど、タクトは私に振り向くかも知れないのに…………」
「…………いいよ。私の目的は黒田を手に入れることじゃなくて、黒田にあの日の感謝を伝えることだって思い出したから」
「…………3日後、霧島さんに頼んで私達の拠点に来て」
3日後。
アルタイルと椿希はブラックホールのような見た目の異次元空間への入り口の前にいた。
この穴の向こうにあるのはデリートルーム。
デリートされた魂たちの墓場だ。
続々と穴に飛び込むアルタイル達、シュルバは最後に椿希と残っていた。
シュルバが穴に飛び込もうとしたその時、
「待って」
椿希がそれを止めた。
「2人きりになった今だからこそ伝えなきゃいけないことがある」
椿希はシュルバの事を調査するあまり、シュルバの真実にシュルバより先に辿り着いていた。
「あなたは名前がないのに学校に通えていた…………そう考えているようだけど違った。本当に簡潔に言うなら、今、あなたの中には"名前のないシュルバ"と"学校に通えているシュルバ"の2つが並行して存在するの」
「…………どういうこと?」
「あなたはオルフェウスの実験台。本来、オルフェウスの護り手になるはずだったものの、途中で失敗しそのまま実験体として流用したもの。その実験こそが、並行世界の結束実験。あなたの中には数字では表せないほどのあなたが重なっている」
それはシュルバにとって、とても衝撃的だった。
しかし、シュルバは驚きを見せることはなかった。
「薄々感づいてはいたよ…………」
「そう…………」
椿希はそう言うと穴に飛び込もうとしたが、
「待って」
同じセリフで今度はシュルバがそれを止めた。
「知っていればでいいから、教えてほしいんだ…………私の、本当の名前」
椿希は一瞬黙り、もう一度口を開いた。
「………………『斎藤亜子』、それがあなたの名前」
椿希は穴に飛び込んだ。
それを見届けたシュルバは、
「…………さっすが私。可愛い名前」
と、フフッと笑って追うように穴に飛び込んだ。




