5章46話『仮面の向こう側』
「やっと来たか」
ゴーストは仮面の向こうで呆れ顔を浮かべ、剣を抜く。
「…………忘れたか、あの日この剣に切り裂かれたことを」
「忘れるわけないでしょ、あんなに屈辱的な負け方をしたんだから」
シュルバの返答に、「そうか」とだけ言ったゴーストは、剣を強く握りしめる。
「さぁ、絶望を始めよう」
ゴーストはシュルバに駆け寄った。
シュルバはそれをヒラリと避ける。しかし、その避けた先にゴーストはまた剣を振る。
「ぐっ……!」
シュルバは膝に傷を作った。
幸い浅い傷だったが、移動には十分支障が出る。
ガガガガガガガガガガ!
アルトのアサルトライフルの発射音が辺りに広がる。
「…………無意味だ」
ゴーストは剣を振り回し、銃弾を跳ね返す。
そのうちの1つをゴーストが狙いをすまして跳ね返したものは、アルトの手を貫いた。
「うらぁああ!!」
その背後からアリスがメリガルネでゴーストの首を刎ねようとする。鎌を大きく振りかぶって飛び上がった彼女の攻撃は、
「無意味だと言っている!」
ゴーストに飛ぶように避けられ、そのまま今度はアリスが背後に剣を突きつけられた。
「うっ………………」
思うように動けないアリス。
しかし、アルトはあることに気がついた。
「はぁ…………はぁ…………」
ゴーストが妙に体力を消耗していることだ。
先程からゴーストは必要最低限の動きだけでアルタイルを圧倒してきた。にも関わらず体力の消耗はゴーストの方が大きいように見える。
つまり。
「やはりアイツは何かしらの能力を使ってる…………」
アルトはそれを未来予知の類と推測した。
そしてそれはシュルバも同じだった。
「でも私達には未来予知への対抗策がない。時間改変能力者もGERを宿してる人もいない。だとしたら!」
シュルバはNaボムを用意した。
「アリスちゃん!目閉じて!」
そう言うと同時にシュルバはNaボムを投げた。ちょうどゴーストの足元辺りに。
「だとしたら未来予知をしても避けられないような攻撃を叩き込めばいい!」
今シュルバが投げたのは催涙ガス入りのNaボム。どれだけ速く離脱しても、催涙ガスの範囲外に逃げることは不可能だ。
そう考えたシュルバの策だ。
シュルバの脳内では、ゴーストが痛みに耐えかねて目を抑えた時にアリスを救出し、そのままゴーストに一斉攻撃を叩き込むところまで完成していた。
しかし、
「いやいやいや嘘でしょ〜…………」
ゴーストの足元に転がったのは真っ二つにされたNaボムだった。
Naボムは仕組み的に、ナトリウムの入った部分を催涙ガスの入った部分と分けてしまえば効果を発揮できない。ゴーストはそれを知ってか知らずかNaボムは真っ二つになった。
「少しは頭をひねったようだが…………それだけで勝てると思うな」
同時にゴーストがいよいよアリスの首に剣を食い込ませ始める。
ゆっくりと冷たい鉄が体内に入ってくる感覚は絶望としか言いようがなかった。
「くそっ!」
ヒロキがハンドガンを構えるが、それをアルトが止める。
「落ち着け!今撃って避けられてみろ、その弾を受けるのはアリスだ」
ヒロキは歯を食いしばり、銃をしまった。
「なんだ、根性無しの雑魚共め」
「う…………ぐふっ……」
アリスが吐いた血は彼女の足にかかる。
「根性無しの雑魚…………?」
アリスは手を耳に向かわせた。
「それは過去の話だよ!」
アリスはイヤリングに手を触れた。
黒色のイヤリングからドス黒い気体が溢れ出し、それが形になると、ゴーストを突き飛ばした。
「何……?」
アリスはゴーストと自分の間にメリガルネを生み出し、無理やりゴーストを引き剥がしたのだ。
「今のアリス達はあの日のアリス達とは違う」
アリスはメリガルネを突き出した。
「覚悟と絶望を乗り越えたアリス達はもう誰にも止められない」
メリガルネを大きく振るうアリス。
「なるほどなぁ」
ゴーストは剣でそれを受け止めた。
「覚悟と絶望を乗り越えた分だけ強くなると言うのなら…………」
ゴーストはアリスを押し切った。
「私のこの強さにも説明がつくな」
シュルバはその一言で確信した。
霧島の発言の本当の意味を。
そして自分の推理が完璧に当たっていることを。
しかし、どうしてもわからないことが1つだけあった。シュルバはそれをハッキリさせるために、作戦を最終段階へ突入させる。
「今だよ!」
シュルバのその声と共に、部屋の隅にいたルカがスナイパーライフルをゴーストの頭めがけて放つ。
乾いた爆発音、金属同士のぶつかる音、ゴーストが剣を鞘にしまう音、これらは合計1秒以内に発生した。
案の定真っ二つに叩き割られた銃弾はゴーストの足元に散った。
しかしまた別の音が発生した。
「アリアリアリアリアリィ!」
鋼の悪魔による投げナイフのラッシュ、5本のナイフが立て続けに飛んできたにも関わらずゴーストは避けようともしなかった。
「そこは決め台詞言わせてくれてもいいじゃ〜ん」
「何をやってもしくじるもんなのさ。ゲス野郎はな」
そう返したのがまずかった。
いや、この言い方では語弊がある。正確には、こう返している5秒、この一瞬でゴーストの敗北が確定した。
ゴーストの肩にある女の手が触れた。
虚空から現れたその女は、ゴーストの耳元でこう囁いた。
「虚無」
みるみるうちに、仮面の向こうのゴーストの顔は青白くなっていく。
全身から冷や汗が吹き出し、体も言うことを聞かなかった。
「な、なぜだ。なぜ…………」
「ゲームオーバー♪」
シュルバがそう言ったのを聞くと、ヒロキはスマホを取りだし、モバイルライトを点灯させた。ゴーストに向けられた強い光はゴーストの正面を照らし、ゴーストの背後に影を生み出した。
自分の不具合とヒロキの行動の両方に戸惑うゴーストの背後には血塗れの少女がいた。首の傷から血を流す彼女はゴーストの影をしっかりと踏んでいた。
「なっ……何をした!」
「別に?ただ影を踏んだだけだよ」
ゴーストはアリスの『呪詛』によって身動きを封じられた。
体をピクリとも動かすことができないゴーストの目の前に、シュルバは楽しそうにナイフを撫でながら立っていた。
「敗者には敗者にふさわしいエンディングってもんがあるでしょ?」
シュルバはゴーストにゆっくりと近づく。
既にゴーストは恐怖を通り越して死を受け入れていた。
「負けた…………負けたよ、シュルバ。私を殺したければ殺すがいい」
シュルバはゴーストの目と鼻の先に来ると、ナイフを大きく振りかぶった。
ガキィン!
ゴーストの顔面で鳴り響くその音は誰にも気に留められなかった。
「おい……マジかよ」
ゴーストの狼の仮面は割れ、地面に落ちた。
レイナが反射的につぶやく。
「じょ……女性?」
仮面の下から現れたのは、黒いミディアムヘアーの女性。色白の肌に差し込む鋭い目は冷淡な美少女という表現にぴったりだった。
「殺すだなんてできないよ。そんなことしたら…………」
シュルバはニコッと笑った。
「タクトに怒られちゃうからね」
一同は絶句した。
「ねぇ、そう思わない?ゴースト……いや」
シュルバは美少女の頬をつつきながら言った。
「田口椿希さん」




