5章41話『火の中の天使』
ロストチルドレン、のちに修哉と判明するその少年は今まで戦った2人よりも強く霧島を止めたいと願っている。
この世界には彼の愛する人がいる。その世界を破壊するなんてさせない。
彼の強い意志は手に持たれたサブマシンガンが物語っていた。
「霧島葵…………俺はあなたを止める!大好きなこの世界を守るために!」
「世界を守る……裏切り者のあなたに何ができると言うのですかねぇ」
霧島は鼻で笑った。
「黙れ!俺はこの日のために身を焦がすような努力をしてきたんだ!たとえ裏切り者になったとしてもこの世界を壊させたりはしない!」
修哉は銃口を霧島に向けた。
引き金にかけられた人差し指に強い力が込められる。無数の破裂音と共に飛び出した鉛は霧島に一直線に向かっていった。
「もしかして……夜なら光がないから私に勝てるとでも思ったんですか?」
霧島は右手だけを突き出して呟いた。
「私の能力を知っているとは驚きましたが、浅はかですね」
霧島の足元には銃弾が転がっていた。
月明かり、星明かりだけの夜でも銃弾を防ぐだけの光の盾を作ることは容易い。
「くそっ…………!」
修哉はポケットからナイフを取り出し、霧島に襲いかかる。
「はぁ…………同じアルタイルでもここまで戦闘力の差が生まれるんですね」
霧島は修哉がまるで竜巻ように振るうナイフを盾や回避を駆使しながらかわしていく。終始つまらなそうな顔をしながら。
その隙をついて修哉の足を蹴り飛ばす。修哉はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「ちくしょう…………強すぎる……!」
これがペルセウスの長。
ペルセウス戦闘力ランキング第2位の女。
オルフェウス様を殺した犯人…………。
考えれば考えるほどこの戦いがいかに無謀かが身にしみる。深い深い絶望が彼を蝕んだ。
一方の霧島はどこから取り出したのかゴム手袋を装着し、修哉とは反対方向に歩いた。
霧島は地面に転がる肉片や血を指差してよし、と気合いを入れた。
「少し大変ですが、この辺りの清掃を開始しましょう」
その言葉で修哉の中の何かが切れた。
「ナメやがってぇえええ!!!!」
修哉は霧島の背後から強く斬りかかった。
光の盾に防がれた攻撃を挟んで、修哉は霧島を睨んだ。
「この攻撃、裏切り者にしてはなかなかの攻撃ですね」
霧島は皮肉を込めてそう言った。
「しかし所詮はこの程度」
霧島は盾を大きく横に逸らす。
それにつられて放たれたナイフは左奥の家屋の壁に刺さった。切り口からは血が流れるかのように水が溢れ出ている。水道管でも貫いたのだろう。
「浅はかな考えですね。裏切り者如きが私に抵抗するなど、無謀で無意味な行為だとは思わなかったのですか?」
霧島は半分煽るように、半分純粋にその質問をした。
「確かに無謀だとは思ったさ…………俺は他のみんなと違ってアルタイル特有の能力もない。ペルセウス戦闘力ランキング2位に勝てるわけがないのはわかっていた…………でも!」
修哉は拳を強く握りしめた。
「決して無意味だとは思わなかったッ!どんなに無謀な戦いでも、そこから逃げていたら何も変わらない!だから俺は戦うんだ!ロストチルドレンとして!この世界を守るためにッ!」
その決意は結果を生み出した。
握りしめた拳に不思議なパワーが蓄積し、内側から優しく温められるような感覚を味わう。
修哉がそれを理解するまでさほど時間はかからなかった。
「うぉおおおお!!!」
修哉は強く叫びながら霧島に拳を向けた。
霧島は冷静に盾を展開し対処する。
しかし。
「この力…………まさか!」
光の盾は無残な高い音を出して砕けちった。
そのまま背後の家屋に叩きつけられた霧島。
「これが……俺の能力!」
なるほど、拳にエネルギーを溜めて攻撃力を跳ね上がらせる、いわば"拳を操る能力"か。
霧島はそう解釈した。
霧島の背後の壁には大きな穴が空いていた。その穴から、これまた水が垂れている。
霧島はある事に気がついた。
霧島は運良く近くにあったバケツに水を溜める。
そんなことお構いなしに修哉は拳だけで突っ込んで来た。
「これで終わりだ!」
修哉が強く目を見開いた瞬間を見逃さなかった霧島は修哉の顔面目掛けてバケツの水をかけた。
「うわっ!ひ、卑怯だぞ!」
「裏切り者が卑怯とは、笑わせてくれますね」
霧島は更に水を撒いた。
修哉に命中こそしなかったものの、辺り一面に水が撒かれ、地面は滑りやすくなっていた。
これが霧島の狙い。力に物を言わせた攻撃を行う自分を妨害する行為。
修哉はそう結論付けた。
「くそ…………バランスを崩して転びでもしたらその隙に殺される……」
修哉が次の一手を慎重に選んでいる間、霧島は道に転がる遺体を運び、1箇所に集めていた。
あくまでも丁寧に、死者に無礼のないように、霧島は遺体をまとめた。目を開けたままの遺体の目を閉じさせ、乱れた服装を整え、甲冑を着たままの遺体は光の力でそれを砕いた。
霧島は常備していた袋入りの食塩を取り出した。霧島はたまに食事に塩をかける癖があるのだが今は関係のない話だ。
霧島は塩をバケツに張った水に溶かして、その水を、まとめた遺体に丁寧にかけた。
彼女なりの死者への弔いだ。
その時、霧島は修哉に背を向けているという事を忘れていた。
「くらえっ!」
修哉は砕け落ちていた手のひらサイズのレンガの欠片を霧島に投げつけた。
「…………」
霧島は無表情だった。
起こることもしなければ驚くこともしなかった。ただただ0の状態で、飛んでくるレンガを見つめていた。
「………………おい……嘘だろ?」
霧島は投げつけられたレンガを片手で掴んで見せた。しかも後ろに引くこともせず、まるで自ら掴みに行ったように。
「本当に浅はかですね…………遺体に当たったらどうするつもりだったんですか」
霧島はレンガを叩きつけ、砕いてみせた。
修哉はもう打つ手なしだった。
「なぜだ…………いくらなんでも力の差が圧倒的すぎる!俺だって血の滲むような努力を繰り返してきたのに…………何度も辛い思いをしてきたのに!」
地面を叩いて嘆く修哉を前に霧島は一切笑わなかった。
「あなたは本当に浅はかですね。ペルセウスにおいて最も大切な物に気づかないなんて」
霧島はマッチを取り出した。
「最も大切な物…………だと?」
霧島が箱から出した1本のマッチの先端を箱の側面に擦り付けると、小さな炎が生まれた。
「あなたには、覚悟が足りない」
霧島は炎を投げ捨てる。
しばらくジリジリと燃えていた小さな灯火は、ゴッ!と音を出して紅蓮の業火に変わった。
「な、なんだこの炎!……まさかさっき撒いたのは!」
「本当に運がいいですね私は。ピンポイントで密造酒の樽を引き当てるなんて」
霧島が先程撒いたのは水ではなく酒。しかも、レインヴェデンの密造酒はアルコール度数が高くなる傾向にあるため一瞬で火がつく。
結果、霧島に重なった幸運は灼熱の焔という形で彼女を取り囲んだ。
そして同時に、霧島の勝利が確定した。
「あまり火が広がっても困りますのでね。とっとと始末させていただきます」
霧島を取り囲む火炎は夜の冷たさをかき消すと共に、強い"光"を生み出した。
光は霧島に集まっていった。腕、脚、胴体、白いドレスが彼女を包んだ。そして最も光が集中した背中には白く大きな羽が生えた。
その姿はかつて霧島が天使と名付けた姿だった。
天使はその翼を羽ばたかせ、まるで月のように天に君臨した。
天使はそっと右手を上げ、一気に振り下ろした。
無数の光の矢が流れ星のように降り注ぎ、修哉の体を貫いた。
そして最後に現れた大きな光の刃は修哉の首を切断するには十分すぎた。
叫ぶことも逃げることもできないまま、彼の決死の反逆は無意味な行為となった。




