1章12話『誰も私を見てくれない(後編)』
「いや、こんなん焦んない方がおかしいよ…………」
シュルバはあたふたしながらタクトの方を見る。
しかし、当のタクトはシュルバが何を言っているのか分からない様だった。
シュルバは自分が何か失言したのだろうかと反省する。
「とりあえずここは危険です、一度どこか安全な場所に避難しましょう」
タクトは国王の方を向いて頷く。
国王は大急ぎでソファーをひっくり返した。
そこにはコンクリート製の床の中に一部だけ鉄製の場所が隠れていた。
国王は鉄製の床に手をかけ、ゆっくりと手を引く。
その下には梯子が垂れており、先の方は暗闇に包まれていた。
4人は流れるように梯子に捕まり、下へと向かった。
辿り着いたのは鉄で囲まれた小さな核シェルターに近い地下室だった。
「ここまで来れば安全か?」
一番最後に梯子を降りたヒロキはタクトに問う。
「いや、そうとも限らないかも知れない」
タクトは辺りを見回しながらヒロキに返した。
それを聞いていたシュルバは口を小さく開けていた。
シュルバはさっきからいまいちタクトの考えが分からなかった。
彼が推理の末、自分と同じ結論に至ったのは間違いない。
それなのにタクトの行動や言動はどうしてもシュルバの中で繋がらなかった。
「さて、そろそろ暗殺者の正体を発表しますか。"探偵"さん」
タクトはシュルバにアイコンタクトを送りつつ言った。
シュルバはそれに答えるかの様に頷いた。
「このゲームはCLEAR済みだよ♪」
シュルバはタクトに向かってそう返し、自分の推理を語り始めた。
「まず、暗殺者は凶器に使う刃物を暗殺が終わると回収していってしまうらしい。暗殺なんて高リスクな事をする以上、手袋をつけていたとしても念の為回収していくと考えればおかしくない」
「ちなみに、刃物を回収していくって言うのは本当ですか?」
ヒロキはシュルバの推理を聞いて国王に問う。
「えぇ。いつも刃物の傷だけが残っているんですよ」
タクトはシュルバが何を言いたいのか分からない。
彼女が推理の末、自分と同じ結論に至ったのは間違いない。
ただシュルバの推理はどうしてもタクトの中で繋がらなかった。
「おかしいと思わない?凶器の回収なんてあからさまに目立つことしてたら流石に1人や2人は目撃者がいるはずだよね?」
「確かに…………」
「じゃあ、凶器の回収をバレずに行う事が出来る者が犯人と言う事ですか?」
シュルバは少し返答に困った。
「うーん、正確には"凶器の回収を行ってもなんとも思われない"人物かな?」
ヒロキはなんとなく察しがついた。
「まさか、暗殺者はこの王宮に仕えている使用人の中に潜んでいるという事か!?」
シュルバは正解と言わんばかりにヒロキに笑顔をぶつけた。
「あぁそういうことか…………」
タクトは遂に気づいてしまった。
自分とシュルバの推理が全く別のものだと。
いや、正しく言うなら暗殺者の特定には100%の答えが必要で、そのうちタクトが50%、シュルバが50%を持っていると言った形だろうか。
「今すぐに王宮にいる使用人全員を調べ上げて下さい」
シュルバは国王にそう伝える。
国王は急いで上へ戻ろうとするが、とある声が国王の手を止めた。
「まだだ。まだ推理は終わっていない」
不気味に笑うタクトの声は地下室中に響き渡った。
「どうしたの?タクト。私の推理に間違いでもあった?」
シュルバは不安そうにタクトに聞く。
「いや、恐らくシュルバの推理は間違ってはいない。でも、それだけだとまだ半分なんだ。」
タクトはシュルバに怖がることは無いと笑顔を見せる。
その笑顔はいつも通り、笑顔と呼べるものでは無い。
「まず一つ。シュルバの推理は恐らく正解だろう。使用人というポジションについておけば暗殺を実行するために王宮に忍び込む必要もないし、万が一暗殺が目撃されてもいくらでも言い訳できるだろうからね」
シュルバはホッと一息つくと、タクトの推理に耳を傾けた。
「でもおかしな点はまだあるんだ。いくら使用人だからといっても防犯カメラに映ってたら怪しまれる。それに対面の間でナイフが飛んできた時も部屋の中には誰もいなかった」
「そこから導き出される答えは一つだけだ」
そこでタクトは誰も思いつかないような推理を全員の頭に焼き付ける。
「犯人は光学迷彩で自分の体を隠しているんだよ」
一同はタクトの推理に思わず声をあげる。
光学迷彩。
全身を大きなスクリーンに見立て、体に設置したカメラから背後の映像を撮影し、その映像を全身に投影すると言う科学技術が織りなす人体の透明化だ。
「光学迷彩…………まさかそんなものを利用していたなんてね」
シュルバはクールにメガネをクイッと整える。
「じゃあ、決定的な証拠を確認しに行こうか」
タクトの指示に従って上の対面の間へと戻る4人。
「これは……………」
対面の間はタクト達が国王と会談していた時の様子と何一つ変わっていない。
そう、何一つ。
「凶器のナイフが無くなってる……………」
シュルバはとても驚いた。
よく見ると傷こそついているものの、ナイフ自体が何処にも見当たらない。
「対面の間の前には警備員が2人いるはずだ。ナイフを回収しようと部屋に入ることはできない」
「たとえ警備員が暗殺者の正体だったとしても、もう1人警備員がいるからね。警備員が2人も見えなくなったとなれば流石に他の警備員が動くだろうから共犯の線も薄いと思うし」
タクトとシュルバは意図せずとも協力し合って暗殺者の正体を突き止めていた。
黒幕と探偵。
全く別の存在である2人が仲間になり、協力して犯人を暴く。
おかしな話だと思う人もいるかも知れない。
しかし、「どんなに非現実的だとしてもそれ以外に可能性がないのならそれが真実である」。
この言葉の意味とは少し異なるだろうが、目の前で起きているのだからこの現象は真実なのだろう。
対面の間に響く小さな音。
タクトはそれを聞き逃さなかった。
「ヒロキ!刀を横に振れ!」
ヒロキは戸惑いつつも、脊髄反射レベルの速さで刀を振った。
「ぐぅ……………ぁ…………」
そんな苦しむ声と共に、空中から紅い液体が噴き出した。
「ナイフを落として証拠隠滅だなんてセコい事はさせないよ」
タクトはまた笑顔と呼べない笑顔で血しぶきの方向へ声を上げた。
「それにしても驚いたな…………光学迷彩を用いらずとも体を透明にできるなんて」
それと同時に3人は用意していたナイフや刀で自分の腹を刺した。
3人より先に転生機に現れた彼女の名はレイナ。
とても無口な彼女にタクトが暗殺の動機を尋ねると
「私は…………今の政治が気にいらなかった。富豪だけをもてはやし貧民の事を蔑ろにするアイツの政治が」
貧民層生まれのレイナは親を殺され孤児院で育てられた娘だ。
近年、王宮の研究データを求めて他国から攻撃を受けることが多いフランスは、貧民層の人間を安い時給で戦場へ送ってしまう。
レイナはそんな差別的なフランス国王が許せなかった。
アテナがいつも通り説明すると、レイナはこう答えた。
「世界中を全て平等にするためだ。私もこの計画に参加させて貰う」
レイナは低い声で言った