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5章35話『虚無の暗殺者』

 チェリーは心底驚いた。何度目を擦っても、そこにはシュルバの姿があったからだ。

 いくら夜闇で視界が悪かったとしても、バレずにここまで隠れていたというのはどうも納得がいかない。ましてやここはホテルの庭。隠れる場所なんて低木か池の中くらいだ。

 チェリーはもう一度シュルバを見る。


「どお?可愛いでしょ♪」


 そんなシュルバの決めポーズなど眼中になかった。正確にはそれを認識できるほど、チェリーの脳は暇ではなかったのだ。

 どこをどう見ても、シュルバの体には葉や水がついていない。低木に隠れていたなら葉がつくはずだし、池の中にいたなら体が濡れるはずなのに。

 チェリーは脳内でありとあらゆる考察を繰り広げた。

 考えて、考えて、考えぬいた。

 そうして1分ほど考えた末チェリーの脳がたどり着いた結論は――――――。


 思考放棄だ。


 バサバサバサッ!

 黒色のコウモリがチェリーの体から飛び出した。一度分離したコウモリはシュルバの真後ろで再び集結し、人の形になった。


「シュルバ!」


 レイナが叫んだ頃には、もうチェリーの拳はシュルバの背骨をへし曲げていた。

 とっさに飛び出したレイナはシュルバの体に抱きつくようにタックルする。おかげでシュルバは地面に倒れ込み、間一髪のところでチェリーから逃れられた。


「あ、ありがとうレイナ……ちゃん」


「シュルバ……あの狐はVG団のチェリー。だから目的はもちろん…………」


「私、か…………」


 シュルバは立ち上がり、ナイフを手にした。


「レイナちゃん、やることはわかってるよね」


「もちろん…………」


 まだ疲労が抜けないレイナだったが、残り僅かな体力でチェリーの殺害することを決心した。

 そしてもう1つ。


「シュルバ……お前は私を友達だと言ってくれたよな…………」


「レイナちゃん、それ…………」


「過去を引きずって心を開けない私を…………シュルバは友達と言ってくれた…………だから!」


 レイナの右腕に嵌められた腕輪が覚醒していた。


「私はシュルバを守る!シュルバは……私の友達だから!」


 鉄の棒が一気にレイナに注入され、レイナの脳に映像が流れてきた。それもとても鮮明に、まるで今目の前で起こっていることのように。


「レイナちゃん、どう?」


「私の2つ目の能力…………自分で言うのもなんだがメリットが大きい。……しかしそれに対するデメリットも負けず劣らず大きい…………」


「……大丈夫だよ」


 シュルバはレイナの手を取り、握った。


「レイナちゃんは私の友達。だからもし何かあったら、私はレイナちゃんを守る」


 シュルバはレイナを見つめる。レイナは泣きそうになりながらも、頷いた。


 シュルバはレイナの手をゆっくり離し、チェリーに向かって走っていった。のどかな庭の風景とは相反する殺し合いの火蓋が切られた瞬間だった。


「それっ!」


 シュルバはナイフを横に大きく振る。しかしチェリーの体はそれをもろに食らったにも関わらず傷1つついていない。


「やっぱり、あなたもレイナちゃんと同じく質量を消せるんだね」


 シュルバはナイフを横向きに持ち、体制を低くした。見る人によれば隙だらけとも言える。

 しかしチェリーは動かなかった。ここで下手に攻撃してしまえば、そこで発生した質量を狩られるかもしれない。そうなってしまったら、痛みのあまり質量消去どころでは無くなってしまう。

 加えてチェリーはあることを警戒している。

 しかも今回はチェリーですら予測不可能なものだ。

 一体どこから仕掛けてくるのか。どうやって仕掛けてくるのか。

 チェリーには相手の策略がわからなかった。


 しかし奇遇にも、それはレイナも同じだった。

 シュルバが煙幕から現れた頃から、レイナは1つ気になっていたことがある。


『アルトがいなくなった』という点だ。


 煙幕が晴れる前までは確かにそこにいたはずのアルトが、こつ然と消えた。

 シュルバが指示してどこかに隠れていることは間違いないが、だとしたらどこに?

 それ以前になぜ隠れる必要があるのか?

 できるだけ考えないようにはしていたが、どうしても気になってしまう。


 しかし、それより先に目の前の事を片付けよう。シュルバもチェリーも、お互い一歩も動かないで睨み合ってる。それに、だんだんと体力も回復してきた。一度くらいなら、『消失』を使っても大丈夫だろう。

 レイナは自分の姿を消し、チェリーに迫った。


「うらぁああ!」


 レイナはチェリーの背後に回り、大声を出してナイフを突き出した。

 大声に驚いたチェリーはバッと振り返って応戦しようと――――しなかった。

 チェリーはまたコウモリの姿になって、レイナとは真逆の方向に飛んだ。そう、シュルバの方に。

 当のシュルバはレイナが飛び出してきたことに驚いて集中がチェリーから外れていた。


「まずいっ!」


 レイナがそう口にした頃にはもう遅かった。チェリーはシュルバの胸ぐらを掴み強く持ち上げた。


「ぐ…………はぐっ…………」


 シュルバは苦しそうに涎を垂らし、足をバタつかせる。


「シュルバ!」


 レイナの声も虚しく、だんだんとシュルバの動きが遅くなっていく。対して呼吸はどんどん荒くなり、ヒューヒューと空気が器官を通る音が響く。

 シュルバを助けようにも、レイナにそんな体力はない。能力の酷使は身体に多大なダメージを与えるのだから。


「何か…………何かないのか!?」


 レイナは自分の情けなさを悔いる寸前にあるものに気づいた。

 彼女が手にしたのは、KILLERだ。

 レイナは鎖に巻かれたKILLERの引き金を人差し指で強く握った。ミキミキと音を立てながら、レイナの指の肉を喰らいながら、鎖はゆっくりと動く。


「お願い…………」


 レイナがそう願いをこめ、血まみれの指で引き金を強く引く。次の瞬間だった。


 ガンッ!


 レイナの全身に激痛が走った。コンクリートの壁に叩きつけられたレイナの体は幸いどこも骨折していなかったが、痛みは相当だった。

 そして、なぜレイナは壁に叩きつけられたのか。


 KILLERの反動だ。


「きゃあああああ!!!」


 チェリーは撃ち抜かれた左腕を強く右手で抑える。銃弾に貫通された腕からの血はそう簡単に止まるわけもなく、無慈悲に地面を赤く染めた。

 そこにもう1つの無慈悲が現れる。


「後ろだ」


 レイナはチェリーの左肩を強く掴み、こう呟いた。


「『虚無』」


 虚無。

 触れた対象が持つ特殊能力を全て消去する能力だ。しかし代償として――――


「………………今回は目か……」


 五感のうち1つがランダムに奪われる。


「……質量消去が使えない!?なんで!?」


 シュルバはその隙を見逃さなかった。シュルバは一気に距離を詰め、チェリーの腹にナイフを突きつける。


 しかし、ヤケになったチェリーはそれを強引な力技でねじ曲げた。ゴリゴリゴリッ!と骨の折れる音がシュルバ自身の耳にも聞こえた。


「あぁあぁあああぁああ!!!」


 絶叫と同時に腕を掴まれ、池に投げつけられたシュルバはもはや瀕死状態だった。全身の力がゆっくりと抜けていき、能力も自然と解除され、力なく池に浮いた。

 唯一仲間のレイナも目が見えなくては助けようがない。

 彼女の死は決定事項だった。


「悪いけど、シュルバは始末させてもらう」


 そう言ってチェリーが取り出したのは緋色のナイフ。彼女は池に浮かぶそれに緋色のナイフを刺そうとした。

 が、それは中止された。


「待って……あなたは誰!?」


 池に浮かぶそれは口だけをパクパクと動かした。


「そっか……まだ自己紹介してなかったね」


 池に浮かんでいたのは――――


「アリスだよ…………」


 チェリーはナイフを地面に叩きつけた。

 まんまとしてやられた。少し考えれば予測可能な範囲だった。アルタイルの中に他者に完璧に変装できる者がいるというのは聞いていた。

 最初からずっといたアルトも、煙幕の向こうから現れたシュルバも、全て()()()()()()()()()というわけだ。


「まだだ!こいつだけでもデリートすれば…………!」


 チェリーは緋色のナイフを拾い上げ、もう一度アリスに刺そうとする。

 しかし、


「ぐほぁ…………」


 チェリーが口から吐いた血は、仮面に当たって下からドロドロと流れた。


「たとえ目が見えなくとも…………音があれば十分だ…………」


 レイナはナイフが叩きつけられる音を聞いてチェリーの位置を断定。足音を立てないように気をつけながら、その後の会話などを聞きつつ距離感を図り、見事チェリーにナイフを刺した。


 レイナはナイフを抜き取り、チェリーに向けてこう発した。


「どんなに有利な状況でも絶対に油断しない………………そんな基礎の基礎もなっていない貴様に……シュルバを暗殺する資格はない…………」

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