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5章34話『消失とコウモリ』

 聞きたいことは山ほどある。

 どうやってこの短時間でベランダからここまで降りてきたのかだとか、そもそもなぜこのホテルに宿泊していることがわかったのかだとか、あとはなぜシュルバを狙うのかだとか。

 挙げ出したらキリがない。

 でも、2人は戦うことにした。いや、『だからこそ』と言ったほうが適切だろうか。


「最悪殺してもいい。俺の能力でなんとかする」


「あいつを捕らえて……もしくは殺した上で『生霊』で魂を分配して…………拷問を行う…………。そういうことなんでしょ……?」


 アルトは頷いた。


「逃げられても面倒くさい。早く片付けるぞ」


 アルトは手に持ったサブマシンガンをリロードし、銃口をチェリーに向けた。

 無慈悲にも引かれた引き金は火薬の音と連動して美しい静寂を殺意で切り裂く。

 数え切れないほどの鉛が小狐を貫こうとしたのを見て、アルトは希望を見出しつつも警戒を怠らなかった。

 VG団。脳内にトラウマという形で残っているゴースト、その所属であるVG団のメンバーがこの程度でやられるわけがない。

 ゴーストが狼の仮面を被っていたように、チェリーも狐の仮面で素顔を隠しているという事実も手助けをして、アルトの動きは慎重になる。


 そして彼の警戒は正しい判断となった。


「うそ…………だよ……な?」


 チェリーは銃弾を1つも受けることなくその場に仁王立ちしていた。それも、さっきからずっと。つまり…………。


「あの小狐は…………1()()()()()()()()()()全ての銃弾を避けきった…………」


「常人離れなんて生易しいモンではねーな」


 アルトの警戒がMAXに達する。


「あいつらも、俺らやロストチルドレン達のように何か能力を持っているというわけか」


「もしそうだとしても……今は情報が少なすぎる……………………」


 レイナはフッと空間に消えた。

 だから、まずは相手を知る。相手の情報を探り、その対策を考え、相手の戦法を封じる。

 当たり前の事だが、この状況において最も重要且つ最も効果的な行動だ。

 レイナは『消失』を駆使してチェリーの背後に回り、ナイフを振りかざした。

 ブンッと空気を切る音が鳴る。レイナの一撃がチェリーに命中していないことを証明する音だった。

 そこでレイナは決定的な情報を手に入れる。


「まさか…………こいつも……!」


 ナイフを握りしめたレイナの手はチェリーの背中のど真ん中に留まっていた。まるでそこだけを突き刺したかのように。

 念の為確認しておくが、レイナはチェリーの肩から一直線に斬った。にも関わらず、チェリーの肩には斬った跡がなく、レイナに手応えもなかった。

 あるのは、空気を切った音だけ。


「こいつも…………自分の質量を消せる…………」


 レイナはバックステップしてチェリーから距離を取った。


「でもそれなら……まだチャンスはある……」


 レイナは敢えて『消失』を使わずにチェリーに斬り込んでいった。


「隙だらけだよ、お姫様!」


 チェリーは応戦しようとどこから取り出したのか剣を抜いた。

 レイナのナイフとちょうど十字になるように横向きに傾けられた刀は月明かりを受けて輝いていた。


「……………………私は姫ではない」


 レイナは刀の下をくぐり、文字通りチェリーの目と鼻の先に現れた。


「暗殺者だ…………」


 ノールックで振り上げられたナイフ。それにに当たることを予測してチェリーは真横に回転回避した。

 チェリー大して動いてもいないのにハァハァと息を切らせ、頭の奥までバクバクと心音が響いた。


「…………質量がない状態から攻撃を仕掛けることはできない…………裏を返せば……攻撃を仕掛けている間は嫌でも質量が発生する…………」


 そこを狙うのは容易いことだ、とレイナ。今度は『消失』を使いながらチェリーに迫る。しかしチェリーはそれを見越して、敢えて動かなかった。質量を発生させてはそこを突かれて殺されるだけだからだ。

 どこかしら攻撃が当たってしまえばそこから隙が生まれる。被弾部位に神経が集中して体が質量を消すことを中断してしまう。

 それだけは避けたかった。


「動かないか…………」


「レイナ!離れろ!」


 遠くから様子を見ていたアルトが突然叫んだ。条件反射的にチェリーから離れたレイナはナイフを前に構え、応戦体制になった。

 なぜアルトは叫んだのか、あの位置にいるアルトだからこそチェリーが仕掛けた罠に気付けたのか、だとしたらそれは何なのか。

 答えはレイナの予想の斜め上を行った。


「そぉれ!」


 アルトは小さなガラス瓶をチェリーに投げつけた。ガラス瓶はしばらくして破裂し、その衝撃で辺りに液体をばら撒いた。液体はすぐに気化して辺りに充満した。


「な、なにこれ!痛い!目が痛い!!」


「やった!質量がなくても催涙ガスは効くみたいだな」


 アルトの目的はレイナをチェリーから剥がすこと。それはチェリーの攻撃からレイナを守るためではなく、Naボムによる催涙ガスの被害からレイナを守るためのものだった。


「あぁ…………うぅ〜……」


 痛さのあまりチェリーは仮面を上にずらし、目を手の腹で強く押した。その目からは涙がこぼれている。以前シュルバが根性だけでこれを耐えていたことがいかにすごいかがわかる。


「今だっ!」


 レイナはサブマシンガンを取り出し、チェリーの頭めがけて乱射する。

 が、それは一瞬の出来事だった。


 バサバサバサッ!


 黒色のコウモリがチェリーから飛び出した。いや、正確にはチェリーがコウモリに変化した。

 コウモリはレイナの真後ろでもう一度人の形になり、その手は剣を握っていた。


 しまった。


 そうは思いつつも体は生きることに必死で、レイナは無意識のうちに『消失』を使っていた。


「まだまだっ!」


 チェリーは体の一部をコウモリに変化させ、コウモリはレイナに噛み付こうとした。

 レイナは噛みつかれると予想した部位の質量だけを『消失』の力で消し、なんとか持ちこたえた。

 しかし。


「さっきのお返しだ!」


 チェリーは細く短い脚で強烈な回し蹴りをレイナにお見舞いした。レイナは『消失』を使ったが、ギリギリのところで間に合わず、大きく後ろに吹き飛ばされ、壁に当たって落下した。


「レイナっ…………!」


 チェリーは剣を持ったままゆっくりと近づいていった。

 アルトは、レイナは『消失』でこの状況を打開すると考えていた。が…………。


「ぐっ…………ぜぇ…………ぜぇ…………」


 レイナは膝に手を付き、汗と唾液をダラダラ流しながら息を切らせる。

『消失』の連発はレイナの体に甚大なダメージを与える。シュルバの『強欲』と同じように、強力な能力には必ず代償がついてくる。この世界は誰もが都合悪くなるようできているのだから。


「1つだけ答えろ…………ゼェ……さっきのコウモリを見て確信したんだが……ゼェ……ゼェ……その血をどこで手に入れた…………」


「…………強いて言うなら、本人よ」


「なんだと……!?」


「ま。どちらにせよあなたには関係ない話」


 チェリーがレイナに向かって剣を振るおうとしたその瞬間。


 白い煙が辺りを包んだ。


「わっ!なにこれ!煙幕!?」


 方向感覚を失ったチェリーが自然とレイナから離れる。


 だんだんと煙が晴れてきた中、チェリーが目にしたのは…………。


「やっほー!みんなのアイドルシュルバちゃんだお♪」


 シュルバだった。

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