5章33話『姫の急降下』
「これが初代ペルセウス団長の拳銃…………」
アルトはホテルの白いベットに置かれたKILLERを、腕を組みながらじっと見つめる。
「これ、だいたい何年くらい前の奴なんですか?」
「ペルセウス本部の暦で40億年前…………に書かれたとされる文献には確認できましたが、その文献に写っていたのは第6代総司令。彼はオルフェウスの部下の名もなき神でしたので、いつ生まれていつ死んだのかがわかりません」
「少なくとも40億年以上前から存在はしているが、正確な時期はわからない、と」
霧島は無言で頷く。
「それと、これは宝物庫にあった時からずっとついてるんですか?」
「えぇ。文献によると、第13代総司令がKILLERのあまりの性能に民間人を巻き込みかねないと危惧した結果、このように引き金に鎖を巻き付ける形でペルセウスの強さと気高さの象徴として今まで宝物庫に飾られていたとのことです」
「そんなに高性能な武器なの?葵ちゃんの話聞く限り、エゲツないみたいだけど」
「この銃は威力こそ普通の拳銃の強化版くらいに過ぎませんが、最大の特徴はリロード不要という点です。初代総司令がいかにしてごく普通の拳銃をそこまで改造したかはわかりませんが、この銃の弾が切れることはありません」
「リロード不要か…………でも威力が普通の拳銃と大差ないなら民間人を巻き込むなんて発想には至らなくないですか?」
「この銃はリロードの必要がない代わりに、反動が大きいという欠点があります。一度だけでも発砲してみようものなら、脱臼で済めば良い方ですね」
「そんなに大きな反動を伴うのか…………」
霧島は頷き、手袋をはめてKILLERを手に取った。
「とりあえず、この銃はペルセウス本部に戻しておきま――――。」
「待った」
シュルバは立ち上がり、霧島の手からKILLERを奪い取った。
「シュルバさん、返してください」
内心焦りつつも冷静になって返却を要求する霧島、それに対象のシュルバも冷たさの中に焦りを隠しきれないような目で霧島に訴えかける。
「この銃をペルセウスに戻すのはまずい」
「どういうことですか?」
「この銃はペルセウスの強さと気高さの象徴…………だったっけ?」
「その通リですが…………」
「そして、この銃を使っていたのは最初期のペルセウスの団長。もっと言えば、彼らは間違いなくオルフェウス派。そうでしょ?」
「そうか…………この銃はペルセウスの強さと気高さの象徴であると同時に、最初期のペルセウスを彷彿させるものでもある……つまりこれは、オルフェウス派の決意の象徴……!」
「そんなものをペルセウスに戻しでもしたら、ロストチルドレンの士気は爆上がりだろうね。だからこれは、葵ちゃんが…………いや、霧島さんが管理すべきだ」
霧島さん。
シュルバは時と場合によって霧島の呼び方を変える。葵ちゃんと霧島さんの2パターンだ。
シュルバは、霧島を大切な仲間として、かけがえのない友達として、そして1人の女の子として見るとき彼女を「葵ちゃん」と呼ぶ。
一方で、霧島を頼れる女性として、勇気あふれる人間として、そしてペルセウスの団長として見るとき彼女を「霧島さん」と呼ぶ。
彼女が霧島を「霧島さん」と呼んでいる今、シュルバは彼女に信頼を置くと同時に彼女にしか任せられないと決断したことが考えられる。
それを読み取った霧島も、シュルバからKILLERを受け取り、言った。
「了解しました」
たったこれだけの言葉に、彼女の中の数多の覚悟が詰まっていた。
その後、吸血鬼の調査を十分に行えていないこと、ヒロキの退院が済んでいないことなどから部隊を3つにわけて行動することとなった。
シュルバ、アリス、アルトは吸血鬼の調査をするため街へ。
ルカ、霧島、レイナはKILLERの見張り及び解析。矢野はヒロキを迎えに行く。
この分け方、任務で別行動を取る。
今回はルカ、霧島、レイナのKILLER解析班にスポットを当てようと思う。
「では、早速解析を始めたいところですが……」
「始めたいところだが…………」
「がー」
誰もが一目でわかる最大の難関、鎖。
この鎖、二重三重なんて生易しい数字じゃない。鎖だけで重量を1.5倍にしてしまうほどの鎖だ。それも、目的はあくまで引き金のロックではあるが鎖は銃全体に少しずつ散らばっている。調査しようにも邪魔で仕方がない。
「なんとかしてこの鎖を剥がさないといけませんね」
「そう簡単に剥がれるとは思えないがな…………」
「おもーい」
「何か鋭利なもので鎖を叩いてみたらどうですか…………?」
「それだと本体にも傷がついてしまう可能性があります」
「鎖を熱して柔らかくしてみるとか…………」
「この量の鎖がそう簡単に温まってくれるとは思えません」
「…………ペルセウスの方々でこういうの得意な人…………いませんか…………?」
「ペルセウスはそこまで有能じゃありませんよ」
完全にお手上げ状態だった。
「どうします…………?」
「ここは一度皆さんを待って、一緒に考えましょうか」
「そう、ですね…………とりあえず見張りの仕事だけは果たしましょうか」
夜8時、霧島のスマホに矢野からメッセージが届いた。
「矢野さん、今日は病院に泊まるそうです。なんでもヒロキさんの傷が思ったより深くHPの回復が遅れていて、深夜に手術を行って明朝退院するそうです」
目を擦りながらそう伝えた霧島。それにコンボを決めるようにレイナもシュルバからのメッセージを伝える。
「こっちもシュルバ達から連絡が来ました………………。あっちも夜中まで調査を行うみたいで……帰るのが明日の朝くらいになるそうです……………………」
「となると、今日は私達だけですね。ルカさんも寝てしまわれましたし」
「と言ってる霧島さんも…………眠そうですね……………………」
「あはは、バレてしまいましたか。申し訳ありません。連日災難続きで…………」
「KILLERは私が見張っておきます…………霧島さんはもう寝てください……………………」
霧島は「大丈夫です」と返したかったが、一昨日昨日と戦闘だったり賭け事だったりと何かと忙しい日々を送っていた霧島、彼女に降りかかる睡魔が霧島の決意を折ることは容易かった。
「すみません……お恥ずかしいところをお見せしてしまい」
「いえお気になさらず……おやすみなさい…………」
霧島はレイナに促されるようにベットに入った。
「さて…………何か飲み物でも買ってくるか…………」
レイナは部屋を出て、同階の端の自販機コーナーに向かう。缶コーヒーを1本買い、それを3割程飲むと、彼女は窓から見える夜景に釣られてベランダへと出た。そこから見える景色はまるで星空を逆さまにしたように美しく神秘的な景色だった。
「綺麗でしょ?そこからの眺め」
「あぁ…………とても……………………………………って、え?」
レイナが振り返った先にいたのは狐の仮面を被ったフードの女だった。身長こそレイナより大幅に小さかったが、それでもレイナは気圧された。
「アタシの名前は『チェリー』。VG団のチェリーさ」
「…………!ついに現れたか……VG団…………」
レイナが敵意を剥き出しにすると、チェリーはそれを打ち消すような陽気さを見せてレイナに近づいた。
「あはは!そんなにビビりなさんなって!アタシはアンタとやりあうつもりはない。今のところはね……」
チェリーは一気に詰め寄り、レイナの胸ぐらを強く掴んだ。小柄な外見からは予想できないほどの力でレイナを浮かせ、仮面越しに強くレイナを睨みつけ、言った。
「シュルバを出しな」
今度は逆に予想通りの要求を聞いたレイナは、ほとんど間を開けず、返した。
「断る」
「そう……それなら…………」
チェリーはレイナを掴んだまま、腕を後ろに下げる。
「バイバイ」
そして大きく前に振られた腕から、レイナは離された。レイナはベランダから真っ逆さまに地面に向かって自由落下する。
流れゆく風の中自らの死を覚悟したその瞬間だった。
「よっと」
猛スピードで落下してくるレイナを両手で軽々と受け止める白髪の青年。
「アルト…………!どうして…………」
あわよくば自分もレイナに巻き込まれて死ぬところだったのに、なぜ助けてくれたのか。
レイナの問に対するアルトの答えはこうだ。
「ま、お姫様を守るのは俺の使命だからな」
アルトはレイナに目を合わせず、そうキメた。
「さてと…………お姫様を突き落としたのはどいつだ?」
アルトの問に対する答えを出したのは、レイナではなかった。
「アタシだよ、カッコつけの王子様」
背後に現れたのは、先程までホテルにいたチェリーだった。
「アルト…………私達の目標はあの子狐よ…………」
「了解。さぁ、絶望を始めよう」




