表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/129

5章28話『自己愛』

 午後9時35分。真夜中と言うにはまだ早い小さな夜に、彼らは絶望を希望に塗り替えるために現れた。


「無理そう……って、まさか吸血鬼が!?」


 いち早く反応したシュルバは椅子から立ち上がり、霧島に駆け寄った。


「いえ、吸血鬼ではありません。あれは……」


 霧島が前方の船を双眼鏡で確認すると、彼女は苦笑いしながら言った。


「あの船には、私達の船と同じマークがついています…………」


 ハハハと笑う霧島に対し、アルトは手の指を組み、重い声で言った。


「『楯に白と黒の羽』のマーク、つまり前方の船は…………ペルセウスの船」


「と………………言うことは……………………」


 レイナの発言から少し間を開けてシュルバが言った。


「あの船に乗っているのは…………ロストチルドレン…………」


 緊迫した空気が流れる船内。


「この船の最下層に小型船があります。敵は1隻ではありません。一度ばらけてから応戦しましょう」


「わかった。葵ちゃんもその船に?」


「いえ、私はここに残ります。ペルセウス本部への報告がありますので」


「そうと決まれば行くしかねぇ。殺られる前に殺るぞ」


 アルトは椅子に掛かった上着をビシッと羽織り、階段を降りた。その後を追うように、ヒロキ、レイナ、ルカ、矢野、アリス、シュルバが続く。


「これだ、これが霧島さんの言ってた船だ」


 ヒロキが指差した船は、本当に人が1人2人しか乗れないような小さな船。しかし、数は多く全員に1隻渡しても十二分なくらいだった。


「多分私達が今乗ってるこの船自体がペルセウスの遠征用の船で、何かしらのトラブルに備えてこういう小型船を準備しているんだろうね」


「んなことどうだっていい。早く船を出すぞ」


 アルトは船の後ろを強く押し、近くの出口からそれを海に出した。そしてその勢いで船に飛び乗り、ロストチルドレンの乗る船に突っ込んでいった。

 アクセルを踏み、右手でハンドルを切りながら左手のみでアサルトライフルを操作するアルトの姿はまるで海賊のようにも見える。

 そこから放たれるズババババと大海原に鳴り響く銃声は中のロストチルドレンをあぶり出すにはちょうど良かった。


「全くうるさいなぁ……せっかく僕が顔を洗っているというのに」


 中から様子を伺いに出てきたのは黒い短髪にダボダボの服を着た小柄な男。声も高く、年齢を重ねてはいないことが見て取れた。


「銃声…………アルトがもう動いてるみたいだ………………」


「仕事早いねぇあの子」


「ホントですよね。私達ものんびりしてないで、加勢しましょう」






 アルトはUターンしてロストチルドレンから距離を置きつつ、操縦席から降りた。

 前方に見える船にはロストチルドレンが立っている。しかし、


「子供か…………?」


 思わずアルトはそうつぶやいた。


「失敬な!僕を子供扱いするんじゃない!醜いぞ!」


「あ?」


「全く無礼じゃないか!どう責任を取るつもりだい!?代表者を出せ!」


 ちょうどその頃、アルトに近づく小型船があった。

 彼女はその船の操縦席から降り、ひょいとアルトの船に飛び移った後、その船の先頭に立った。


「すみません、うちの子が……」


「誰がテメェの子だ、このクソギャルビッチ」


 頭を撫でられながら暴言を吐くアルト。


「君が彼の責任者か?全く……どう責任を取るつもりだい?」


 上から目線で怒りをあらわにするロストチルドレン。しかし、シュルバは一切気にせずこう言った。


「てかその前に…………私達、まだあなたの名前を聞いていないわよね?」


 と、シュルバはアルトを離し、彼を指差した。


「僕の名前?いいとも!僕の美しい名前に恐れおののくがいい!」


 ロストチルドレンは手で前髪をファサッと撫で上げ、胸を大きく張って名乗り出した。


「僕は賢人。ロストチルドレンの初期メンバーにしてロストチルドレン内で最も美しい人間さ!」


 自身に満ちあふれた表情をアルタイルに見せる。


「全く…………腹立つ喋り方しやがって」


 後頭部をぐしゃぐしゃと掻くアルト。


「君たち……世界を壊そうとしているんだろう?僕はそんなこと、させないからな!」


「へぇ〜…………あなたはなんで、この世界を守りたいの?」


「醜い君たちには、美しい僕の考えなんてわからないだろうねぇ…………」


 薄ら笑いを浮かべながら言う。


「君たちがこの世界を壊したら、僕がいなくなっちゃうじゃないか!そんな世界、美しくない!この世界は僕がいるからこそ美しいんだ!」


 アルトが賢人のナルシズムに呆れ、隣に意見を求めようとした時だった。

 彼は目を疑う光景を見た。

 隣のシュルバは自分を抱くように腕を組み、背を丸め、プルプルと小刻みに震えている。しかしそれが苦しみによるものではないことは、彼女の不気味かつ狂気的な笑顔から推測できた。


「お、おいシュルバ?」


「あ、あはは〜……ごめんごめん」


 シュルバはニヤニヤと不気味に笑いながら目を覚ますように頭を振った。


「アルト、任せていい?」


「…………了解。さっさと動けよ」


 シュルバは自分の船に戻り、後方へ移動した。


「なんのまねだい?僕をこんなにも待たせて…………」


 アルトは賢人のその一言を完全に無視し、人差し指を出した右手を賢人に突き出して彼の運命を決定させた。


「さぁ、絶望を始めよう」


 アルトは操縦席に戻り、アサルトライフルを取り、戻ってきた。


「作戦を建てられていない以上、一気に蹴りをつけるしかない!」


 アルトは思うがままにアサルトライフルを連射した。自然の生み出した大海原に響く人工的な銃声は賢人をまっすぐと貫いた。


「なっ…………」


 アルトは絶句した。今まさに撃ち殺したはずの賢人が、ドロドロと、いやむしろサラサラとまるで水のように溶け、姿を消したからだ。


「なんだ…………今の」


 アルトがその光景に釘付けになっている中、次はアルト本人が釘付けにされる出来事が起きた。


「アルト!後ろ!」


 聞こえた頃には遅かった。アルトの体には大きく頑丈な矢が刺さり、彼は腹から血を出してその場に倒れた。


「おい…………音すらしなかったぞ…………?」


 無音で放たれる矢、その答えはすぐに分かった。


 パンッ。


 海に響いたその音。


「…………なるほど」


 アルトは全てを悟り、目を閉じた。


「シュルバっち…………今の、どういうこと?」


 シュルバは顎に手を当てて言った。


「今、アルトが射抜かれてから遅れて音が聞こえてきた………………つまり敵はここからかなり離れたところにいて、且つ…………」


 シュルバはふうっと息を吐いた。


「その矢は音速を超えている」


 以前戦ったロストチルドレンの拓海が使っていたエンジェルボウを流用していると考えれば納得がいく。

 シュルバは更に続ける。


「しかも、たとえあっちがどんな能力だろうとあの至近距離から、音が遅れて聞こえるほど離れることはありえない…………つまり」


「敵は複数…………」


 シュルバは頷いた。


「ただ、1つ気になることがある。アルトがあのナルシストを撃った後、私からはあいつが消えたように見えた。これがナルシストの能力なのは間違いないけど、具体的な効果が掴めない……」


 シュルバは目を細めた。


「も〜、難しい顔しないの!」


 アリスはシュルバの頬をつつく。


「そんなの、今から確かめればいーじゃん!情報が少ない今の状況から推理するなんて、探偵らしくないでしょ!」


 アリスはそう言って右手でピースを作り、笑った。


「…………あははっ、それもそうだね」


 しかし腹部に矢を受けたアルトがまともに戦えるとは思えない。

 そこでシュルバはスマホを取り出し、電話をかけた。


「矢野さん、アルトの位置入ってください!」


 一方、少し離れた場所にいる矢野。


「了解、私に任せな!」


 シュルバは彼女の威勢のいい返事を聞いて、スマホをしまう。


「アリスちゃん、『ヴァルハラ』の準備」


 シュルバは隣にいる彼女にだけ言葉で伝えた。

 そして空に向かって空砲を2発放つ。

 これはアルタイル達に『ヴァルハラ』の執行を知らせる空砲だ。


 途中経過はどうでもいい。

 シュルバは脳内に浮かぶラストを作り上げるため、全力を尽くすと決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ