5章27話『糸口』
ついに3軒目、バー。
シーウォールの路地裏に存在するこのバーはあまり有名な場所ではない。
しかしだからこそ、表では話しにくい話が出てきやすいものなのだ。このバーは街の中心部から少し離れた場所にあるという事実もそれに加担する。
カランコロン。
ドアのベルが鳴り、薄暗い部屋が姿を表した。
中はそれなりに広い。コンビニエンスストアくらいはあるだろうか。その広さの店内をカウンターの向こうで輝くオレンジ色の淡い光が優しく照らし、マスターはそびえ立つワイン棚を背後にグラスを丁寧に磨いている。
客は1人とは限らない。奥の方の席では男2人が何かを話し合っている。その隣の席では男女が熱く唇を重ね合っている。
逆に1人の客は完全に個人の世界にのめり込んでいる。ワイングラス片手に虚ろな目を浮かべたり、カクテルを飲みながらPCを操作していたり。各々が各々の目的を果たすべく行動している。まぁ言ってしまえばそれは当たり前のことだが。
「いらっしゃいませ」
マスターがペコリと会釈する。
「マスター、カシスオレンジのカクテルを1つお願いします」
霧島が人差し指を立てて注文する。
「私は赤ワインを。あと、このコ達まだ酒飲めないんだけど、なんか飲ませられるモンない?」
矢野は親指を後ろに向けてシュルバとアルト、レイナを指差した。ちなみに残りの3人だが、さすがにルカをバーに入れるわけにはいかないとのことで近くのゲームセンターで時間を潰している。
「コーラかサイダー、あるいはブラッドオレンジジュースをご用意できます」
「だってさ。何飲みたい?」
3人はお互いに顔を見合い、
「じゃあ俺はコーラを」
「私はオレンジで」
「私も……コーラにします」
「オッケー。マスター、コーラ2つとオレンジ1つ」
かしこまりました、とお辞儀して直ぐに準備に取り掛かる。
「じゃあ、早速聞き込みを開始しますね」
シュルバはメモ帳を持って一同から離れる。
「了解。私らは、適当に座ろうか」
そう言って壁側のソファ席に着席した直後、テーブルにコトン、と飲み物が運ばれた。
しかし、運ばれてきたのはサイダー3つと白ワイン。そしてピーチカクテルだった。
「マスター?これ、頼んだのと違うみたいだけど」
マスターはニコッと微笑み、右手を別の席に向けた。
「あちらのお客様からです」
その手の先にいた人物は、オールバックの茶髪でメガネをかけた男性だった。
「あれ?もしかして」
霧島と矢野は席を立ち、男に近づく。
「やっぱり、ゼータさん…………!」
「お久しぶりです。総司令官」
ゼータ元依頼受注課長。
元ペルセウスで、かなり腕の立つ情報処理技術者だったが、オルフェウスの一件以来、オルフェウスがいなくなった以上、正義を貫くにはペルセウスにこだわる必要はないと判断してペルセウスを脱退。
楯出身ではないため、ペルセウスを脱退すること自体はそう難しくはなかったが、とても優秀なペルセウスだったため、惜しまれながらの脱退だった。
その後も霧島とはごく稀に連絡を取っていたが、直接会うのは久しぶりだ。
「調査隊長までお揃いで、今日はどうなされたんですか?」
「まぁ、野暮用といったところさ。アンタこそ、こんな所で何してるんだい?」
「私は仕事ですよ。私今、新聞記者をしているんです」
「それはそれは。新聞となると何かと大変なのではありませんか?」
「まぁ大変ですが、非常にやりがいのある仕事でもあるんですよ」
などと3人が雑談を繰り広げる横で、レイナは呟いた。
「ねぇ…………アルト」
「ん。どした」
スマホを弄りながらコーラを飲むアルト。彼の目はレイナには向いていなかった。
「アルトはさ…………吸血鬼は私達の敵だ、とか考える…………?」
「あ?」
意外な質問だった。
「……むしろ吸血鬼は俺達が探してる対象だ。敵対なんて、するわけがねぇ」
「…………そっか…………」
「でも、いきなりなんでそんなこと聞いた?」
レイナはそっぽを向いた。
シュルバは霧島、矢野、そしてゼータの会話を盗み聞きしながら、ある事に気付いた。
それを立証すべく、シュルバは2人が離れたのを確認し、ゼータに近づいた。
「おや、あなたは…………レイナ、さん?」
「あ、いえ、シュルバです。レイナちゃんは今あそこに座ってる娘です」
「あぁシュルバさん。総司令官がいつもお世話になっているようで…………」
ゼータは深々とお辞儀した。
「で、少しお願いがあるんですけど…………」
シュルバはゼータの手をぎゅっと掴み、彼の耳元に顔を寄せた。
そして、重く響く声でこう呟いた。
「これが私の有り金全て」
シュルバは手をゆっくりと離す。ゼータの手の中には、シュルバの所持金が全て握られていた。
ゼータはやれやれ、といった具合で困り顔を浮かべたあと、真剣な表情になって、言った。
「どこで私の情報を手に入れた」
「見知らぬ男性から、あなたの噂を手に入れた。そう、『未来のことを言い当てる』っていう噂をね…………」
「へぇ…………?」
「そんな芸当が出来るのは、時間旅行者、もしくは全ての時間を知り尽くすものだけ」
そんな人物、ペルセウス以外に考えつかない。
彼女はそう言って、ゼータの隣に座った。
「すごいな……本当にたったそれだけの情報で俺を特定したのか?」
「私は元探偵なの。探偵に必要なのは、勘と判断力、そして決断力よ」
「なるほど……君、なかなか面白いね」
ゼータは腕を組んで、品定めするようにシュルバを見た。
「ちなみにだけど、私はもちろんあなたの正体をバラすつもりはないわ」
「そうか…………なら、その言葉を信じて売ってやろう」
ゼータはふふっと笑った。
「えぇ、売ってちょうだい。シーウォール最高の情報屋『DATABASE』さん♪」
ゼータ、もとい『DATABASE』はPCのキーボードを素早く叩きながら、
「シーウォール最高とは、なかなか言ってくれるじゃないか」
と、嬉しく思いつつも半分煽るように言った。
「で、何が欲しい?」
「吸血鬼の情報をちょうだい。貿易港に現れた吸血鬼の」
「やはりか。最近、吸血鬼に関する情報がよく売れる。こういう難解な事件が起きたときは儲けられるんだ、もっと起きてくれればいいのに」
と、縁起でもないことをつらつらと述べるゼータ。
「とはいっても、申し訳ないが吸血鬼の情報は私もあまり知らないんだ。せいぜい、発生源と被害者の名前くらい――――」
そこまで言ってシュルバが叫んだ。
「ちょっと待って!吸血鬼の発生源がわかるの!?」
目の色を変えて詰め寄ってくるシュルバに驚きながらも、ゼータは答えた。
「あ、あぁ。吸血鬼の奴らはどうやらこことは離れた離島から来ているみたいなんだ。それもわざわざ女の血を吸うためだけに」
「離島…………」
カフェで見た新聞を思い出した。吸血鬼が現れたのと同タイミングで離島のテーマパークの話題が上がるのは怪しいと思っていたが、まさか離島から直接来ているとは思わなかった。
そしてシュルバはもう1つ質問した。
「というか、被害者は女性なの?」
「あぁ。公表こそされてないが被害者は女性だ。で、これも私が仕入れた情報なんだが、吸血鬼にまつわる伝承の中で半人前の吸血鬼が女性の血を吸って一人前になるという話がある。もし本当に吸血鬼のしわざだとしたら、動機はこれだろうと私は踏んでいる」
「半人前の吸血鬼、か…………」
心当たりがある。
一人前になるために殺人被害者の血を吸い、そのために殺人を起こさせる事を目的としていたタクトに協力していた吸血鬼。
田口椿希。
シュルバの頭によぎるのはその名前だった。
「でも、なぜ離島から?」
「すまない、それは私にもわからないんだ。離島にも少なからず女性はいるはずなのに、なぜわざわざそこを離れて40kmも先のシーウォールに来たのだろう?」
ゼータは腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「まぁ、これで私の知ってることは全て話した。頑張れよ、探偵さん」
シュルバはニッコリと笑い、お辞儀して
「ご協力ありがとうございました。それでは」
と、ゼータに背を向けた。すると、
「あ、シュルバ、待ってくれ」
シュルバは不思議に思いつつもゼータに目を向けた。
「ほら、釣りだ」
ゼータはシュルバに2万ロナを押し付けた。
「え、でも…………」
「私は高いプライドの下この商売をやってる。客から必要以上の金を取るようなことはありえない」
ゼータはシュルバに金を渡し、さも何事もなかったかのようにPCを打ち始めた。
「という理由で、今離島に向かってるってわけね」
霧島が手配した船の中で、シュルバはアルタイル達にバーでの出来事を説明していた。
「よくそんな細かく調査したな。さすが探偵」
ヒロキが目を見開いて褒めると、シュルバの隣でアリスが言った。
「シュルバっち舐めたらあかんよー!可愛いしスタイルいいし頭もいいし」
「もーおだてやがってこのこの〜」
「いちゃつくな女子2人」
アルトが2人を止め、双眼鏡を覗く霧島に声をかける。
「どうですか、何事もなく離島に着きますか?」
「あ〜…………それは無理そうですね」
霧島は双眼鏡の先の無数の船を見て苦笑いした。




