5章26話『矛盾』
「シュルバっちおかえりー、どうだった?」
アリスはパフェを頬張りながら言った。
「まぁ良きかなー。面白い情報貰えたしね!」
シュルバは顔の横でピースを作りながら笑顔を見せた。
「てかよ」
アルトがシュルバを指差した。
「お前よく英語喋れたな、注文したのも全部お前だし」
「えっへへ〜スゴイっしょ?プログラミングするのにどうしても英語は必要だからねー、私学校でも成績良かったんだよー?」
と、笑うシュルバだったが、アルトにはどうしても引っかかる事があった。
「なぁ…………前々から言おうと思ってたんだが……………………」
アルトは衝撃的な発言をする。
「お前、矛盾してないか?」
シュルバの額から汗が流れた。
「え?今なんか矛盾してた?」
「いや、今っていうか………………」
アルトはなんとも言いづらそうな苦い表情で話し出す。
「例えば今の発言…………今お前は学校では成績優秀だったと言った…………そしてそれに矛盾するのは…………『シュルバ』だ」
慌ててレイナが割って入る。
「待ってアルト…………。今の発言とシュルバのどこに矛盾が…………?」
「違う…………矛盾してんのはシュルバ本人じゃない…………『シュルバ』という名前だ」
彼女を語る上で欠かせない『シュルバ』という名前の謎。
アルトはそれに挑もうとしている。
「お前…………どうやって入学したんだ?」
「え…………」
シュルバの頭が、氷水をかけられたように冷えた。
「入学ったって、手続きが必要だ。もちろん、そこには本名が要る。でも、お前は名前がない。だからこそネットで自分が命名した『シュルバ』という名前で名乗っているんだからな…………」
「じ、実は私も知らないだけで本当は名前があって…………」
「知らないわけがない。学校に入った以上、自分の名前を知る機会なんていくらでもあるはずだ。それこそ、入学式という初っ端の行事からな。それでも知らないってことは、本当にないんだろ……………………」
シュルバは段々と恐怖を憶え始めた。
「今の会話にだって矛盾が生まれた。お前はプログラミングには英語が必要だと言ったが…………自宅の地下に監禁されていたお前が、どうやってプログラミングなんかを始められた?それに、そもそもそんな状況ならパソコンにもスマホにも触れないはずなのに、どうしてお前はネットで自分に『シュルバ』を命名できた?」
「やめて…………やめてよ……………………」
「自分でもおかしいと思ったはずだよな?じゃあなぜ追求しようとしなかった?なぜ自分という矛盾を解決しようとしなかった?お前はどこに存在している?いつからここにいて、いつここからいなくなるんだ?なぁ……答えろよ」
「やめてよ……やめてってば…………」
「お前は……誰だ?」
「やめてって言ってるでしょッ!!!」
シュルバは机を強く叩いた。一瞬、場の空気が凍りついたが、そんな氷河期も長くは続かなかった。
「いいや…………やめねぇよ」
「アルトおにーちゃん…………どうして?」
冷静さを失ったシュルバに変わり、ルカが問う。
「やっとチャンスが現れたんだ…………今ここで明らかにしないと、いつか取り返しがつかなくなる」
「アルト…………」
どこか寂しそうにアルトを見つめるレイナ。
『シュルバを助けるためにアルトを止めたい』と『シュルバを助けるためにアルトに協力したい』。この2つの感情もまた、レイナの中で矛盾していた。
「あぁ。アルトの言う通り、『シュルバ』については、絶対に明らかにしなければならない。ただ…………」
ヒロキはアルトの肩に手を置いた。
「それは今じゃない」
ヒロキは歯を見せて笑った。
「確かに、今お前が切り口を開いたのは正しい判断だっただろう。だかな?逆に言えば切り口が開いた以上、もういつでも追求できる状態になったんだ。だとしたら、わざわざこんな旅先で真実を明らかにする必要はない。そうだろ?」
ヒロキはアルトの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「…………そうだな、ヒロキの言う通りだ。シュルバ、悪かった」
「……ううん、大丈夫……………………」
シュルバは乱れる呼吸を整えながら、髪をかき上げた。
「みんなもごめん。せっかくの楽しい雰囲気をぶち壊しちまった」
「ううん!ぜんっぜん気にしてないから!ねーみんな!」
相変わらず元気なアリスを見て、一同は苦笑いしつつ頷いた。
「でも〜?ほんとに〜?悪いと〜?思ってるなら〜?」
「思ってるなら〜?」
アリスとシュルバのニヤニヤ攻撃に耐えかねたアルトは1万ロナを叩きつけた。
「わーったよ!ここでの会計は全部俺が払ってやる!」
「ほいきた!さっすが天才詐欺師!罪滅ぼしに慣れてる!」
「慣れてねぇよ捕まったことねぇわ」
2軒目。服屋。
「3……2……1……」
試着室の閉められたカーテンを握るアリス。
「ジャーン!」
の掛け声と共に大きく横へ逸れたカーテンの奥から現れたレイナは、黒色のフリルのワンピースと白色のローヒールサンダル、更に白色のシュシュを頭に付けて右にサイドテールを作っていた。
「おー!似合う似合う!」
「レイナおねーちゃんおしゃれー!」
アリスとルカに褒められて顔を真っ赤にしながら照れ笑いを浮かべるレイナ。
「なんだ。レイナ、今まではマスクのせいでよく分かんなかったけど、可愛い顔してるじゃないか」
「えぇ、本当に。このままの方がいいのではないでしょうか?」
と、霧島&矢野。
「…………褒めるならせめて服のことにしてください……………………」
レイナは唇を噛み締めて顔を赤らめる。
ふと気づき、彼女は辺りをきょろきょろと見渡す。
「…………アルトならメンズの方に行ったけど?」
「えっ!?…………あ、あぁ…………そうか…………」
「やっぱ見てもらいたかったんだ〜」
「い、いや…………そんなこと…………」
とは言いつつ、更にも増して顔を赤らめるレイナ。
「早く買ってきて、アルトに見せに行きな」
レイナは少し間を開けて頷き、レジに走った。
とはいえここはシーウォール最大級のブティック。レジには多くの人が並んでいた。
並ぶのをやめようかと迷うほどの人の量だったが、よく見れば3つあるレジのひとつひとつの列はそれほど並んでいない。
レイナはその中でも一番人数の少ない左側の列に並んだ。
「……………………あ」
その位置から見えたのは、手帳片手にブランド物に身を包んだ女性と会話するシュルバの姿だった。
「えぇ〜もう…………ワタクシの持ってる土地の値段が下がるから、やめてほしいざぁ〜すよ」
「なるほど…………やはり沿岸部に住んでいると、吸血鬼事件の影響で風評被害を受けることも多いんですね…………」
シュルバは手帳にメモを取る。
「ちなみに貿易港の近辺にお住いとのことですが、事件の夜、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?う〜ん…………あぁそういえば、あの夜聞こえた悲鳴、妙だったざぁ〜す」
「悲鳴が?」
「えぇ。確かあの時、男性の叫び声が聞こえる前に甲高い女性の声が聞こえた気がするざぁ〜す。まぁ今思えば目撃者の悲鳴だったのかも知れないざぁ〜すけど…………」
「女性の悲鳴…………」
シュルバは手帳に精いっぱいメモを取ったあとそれを懐にしまい、
「ご協力、ありがとうございました」
と、お辞儀してその場を後にした。
「む〜…………いい情報が掴めない。なんか、これ!みたいな重大な証言ないか――――」
ないかな、と言いかけた時。
「にゃっ!」
シュルバの頬に冷たい感触。
「難しい顔して…………らしくないぞ、シュルバ…………」
大きな紙袋を2つも持ったレイナは、シュルバの頬に缶コーラを当てていた。
「あ、レイナちゃん。どしたのその荷物」
「あ、いや、大したものではない…………。気にするな…………それより…………聞き込み、上手く行ってないみたいだな」
「うん……やだもぉ〜。これだよ、これが探偵やってて一番つまんないときだよぉ〜」
だら〜っとなるシュルバ。
「まぁ、そう落ち込むな…………まだ、大本命が残っているのだろ…………?」
困り笑顔でシュルバを励ますレイナ。
「…………そうだね。きっとBARで情報が得られるはず」
シュルバはふふっと笑いながら、また髪をかき上げた。
「BARの発音いいな…………」
「英語得意だからね」
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