5章24話『ナトリウム』
ペルセウスの緊急会議の2日後。アルタイル7人と霧島、矢野、そしてクロノスの計10人は船の屋上に来ていた。
太陽はここぞとばかりに輝いているが、その程度の熱ではこの冷たい空気を温めることはできない。
普段より厚手のコートを着たシュルバは薬品用の焦げ茶色のビンを片手に、他の9人の前に立っていた。
「じゃあ、新型兵器Naボムのお披露目会といきますか!」
シュルバは満面の笑顔を見せた。
「Na……昨日塩から取り出したナトリウムだな」
アルトの解説にシュルバはこくんと頷く。
「え〜っとね…………ヒロキかな!ヒロキ、ちょっとこっち来て」
シュルバはヒロキを手招きする。
ヒロキは自分の顔を指差しながら素早くシュルバの横に立つ。
「じゃあまずはNaボムの原理から解説しよっか」
シュルバはビンにピンセットを突っ込み、中から白金色の固体を取り出した。そしてそれを周りに見せながら解説する。
「これが固体になったナトリウム。とっても柔らかい金属で、ナイフとかでもスパッて切れちゃうんだ」
で、もう少し大きいのがこれ。
そう言いながら影に置いておいた水槽を引っ張る。シュルバは腕をまくって水槽の中に手を入れ、中のナトリウムを取り出す。大体野球ボールより1.5倍ほど大きいであろうそれを一通り見せ終わるとすぐにまた水槽に戻した。
クロノスは、水槽をよく見てあることを指摘する。
「もしかしてその液体、灯油ですか?」
「あ、そうですそうです。ナトリウムは灯油にでも入れておかないといけない金属なんで」
そしてシュルバは遂にその指示を出した。
「ヒロキ、この水槽の中のナトリウムを思いっきり海に投げて!」
「なんで!?」
シンプルに驚いたヒロキ。
「いいからいいから!」
シュルバに言われるがままに水槽に手を突っ込みナトリウムを掴む。辺りの視線は彼の右腕に集中していた。
「そぉらよっと!」
ヒロキは水槽から取り出したナトリウムをそのままの勢いで海に投げた。ナトリウムが40mほど先の海面に落ちたのを確認すると、シュルバは少し後ろに下がり、耳を抑えた。
ドォォオオオオン!!!!
まるで銃声のようにも聞こえるその爆発音。
皆一斉に耳を抑えた。
唯一、神だから音には驚かなかったクロノスはシュルバに話しかけた。
「やはり、ナトリウムの爆発を利用するのですね」
シュルバは2回頷いた。
「ナトリウムは水に入れると大爆発を起こす。原理は難しくてよくわかんないんだけど、陽イオンとか電子とか、そんな感じみたい。私はそれに目をつけたってわけ」
キンキンする耳をなんとかシュルバの声に向け、それを聞き取る一同。
クロノスはもう1つ、シュルバに質問した。
「しかし、ナトリウムは水蒸気にすら反応してしまう物質。Naボムと言う以上爆弾として利用するつもりなのでしょうが、難しいのでは?」
そう、ナトリウムは非常に微量であろうと水なら爆発を引き起こす物質なのだ。そのためシュルバはビンや水槽に灯油を入れ、ナトリウムを保管していたのだ。
「もちろん、そのためのギミックを考えてます。と言うわけでカモン、ルカちゃん!」
シュルバに呼ばれるとすぐに、てくてくと彼女に駆け寄るルカ。彼女はシュルバが降ろした手のひらの上に、焚き火に火をかざすように手をかざす。彼女の手のひらの上に集まっていく青い光は段々とその形を成してくる。
青い光が完全に固形になり質量を得る。その物体はもちろんビンなのだが、少し変わった形をしていた。
ビンの中には更に小さいビンが、中に灯油に囲まれたナトリウムを詰めて装着されている。外側のビンにはパンパンに水が積められているが、底が厚いのか下の方は透明のままだ。これが起爆用の水なのは間違いない。
何より目を引くのはビンの頭の釘のようなもの。とはいえ釘にしては平らな部分が普通より大きい。それも少しではなく何倍も。
シュルバはビンを手に、また解説を始めた。
「このNaボム、使い方は手榴弾に近いかもね。このピンを思いっきり引くと、中の灯油が吸い上げられてナトリウムが裸の状態になる。そこから更にピンを引くと中の水が吸い上げられてナトリウムを覆い、爆発するってわけ。ピンを引いて投げても、このガラスは外側と内側で強度が違うから砕けない。中のビンの下には小さな穴が空いてるんだけど、灯油はそう簡単に水の方には流れないよ」
そこでアルトが一言。
「でもよ、それならコスト的にも手榴弾の方が使い勝手がいいんじゃないか?」
シュルバはそれに対し、
「確かに威力や殺傷能力なら手榴弾の方が上。でもこのNaボムは威力を目的としたものじゃないの」
シュルバはビンの底を掴み、手首を回す。すると、底はスポンと取れ、空洞が現れた。
「Naボムは、これ自身が直接対象を攻撃するものではない。爆発の時に撒き散らされた毒薬や毒ガス、そしてナトリウムと水の反応時に発生する水酸化ナトリウムで相手を痛めつける道具なんだ。これはその毒を入れる場所」
そこまで説明すると、シュルバは階段に向かって歩き出した。
「というわけで、このコの初戦場を発表したいと思いまーす!ので、最高管理室入るよ!」
スタスタと足早に歩いていくシュルバの後を追う残りの9人。屋上から最高管理室はさほど遠くない場所にある。一同より僅かに先に到着したシュルバは低い正方形の机の上に地図を広げた。
「これは30年後にオーストラリア大陸の少し北に造られる海上都市。名前は『シーウォール』。この都市はいつ戦争が起きてもおかしくない状況に耐えかねたオーストラリアがたったの13年と1ヶ月余りで完成させたの。だから、実際に戦争は起きていないけど『海の壁』と言う名前がつけられた」
その後、オーストラリア政府はシーウォールの運営が困難だと判断し、シーウォールを領地から外し物資の供給を遮断する。
もちろんシーウォールにも住人はいるので物資が届かないとなると生活していけない。
そこでシーウォールの住人はシーウォールを1つの国として独立させ他の国との貿易を行い物資を集めようとする。
その作戦は見事成功。今ではその高い技術力を活かして加工貿易に励んでいる。
「このシーウォールに…………何の用だ…………?」
レイナが問う。
シュルバはこめかみから汗を流し、地図上のシーウォールの港部分にポーンの駒を叩きつけた。
「シーウォール国際貿易港……………………ここで吸血鬼の目撃情報が入った」
一同の顔色が変わる。
「これはまたとないチャンスよ。ここに現れる吸血鬼は田口椿希かも知れない。ただ…………」
霧島が言った。
「我々を邪魔する2つの勢力…………VG団とロストチルドレン」
「えぇ。私達がこれだけ動いていて、あの2グループが邪魔に入らないわけがない」
シュルバはそう言いつつも、少し笑っていた。
「でも逆に言えば、VG団とロストチルドレンが同時に集まっているということは、期があればそいつらを捕まえて、情報を洗いざらい吐いてもらえる可能性がある。それは私達にとって大きなアドバンテージだ。だから大急ぎでNaボムを開発して、麻痺毒を撒き散らす手段を得ようとしたってこと」
翌日、午前5時。
アルタイルと霧島、矢野はシーウォールの中心部に立ち尽くしていた。




