5章23話『緊急会議』
日本の警視庁の地下にあるペルセウス本部。そこは今、とある話題でざわついていた。
「皆さんやはり気になるのでしょうか」
「そうだろうねぇ。私自身あんなことが起きるなんて思いもしなかったし、みんなそれぞれ今後どうするかを考えているはずだ」
「…………私の運営方法が間違っていたのでしょうか」
霧島は落ち込んだようにつぶやく。
矢野は霧島の頭に手を置き、
「そんなことない。…………ただ、現実を受け入れられなかったヤツもいたってだけさ」
矢野も少し悲しそうだ。
仲間同士で意見が食い違うことはペルセウス内でも少なからずあったことだ。しかし、今回はそんな生易しいものではない。
「急ぎましょう」
矢野は頷いて、足早に廊下を抜ける霧島の後についていった。
下へ、また下へと階段を降りていった先にあるのはでかでかと『関係者以外立入禁止』と書かれた鉄の扉だった。霧島は上着の内ポケットから銀色の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
鈍い音を立てて空いた扉の先は円形の机と、それを取り囲むように置かれた椅子だった。
「隊長、いつにも増して早いですね」
「えぇ。今日は重要な会議ですので、間違っても遅れるわけにはいきません」
矢野は『調査隊』と書かれた三角形の看板と『副総司令官』と書かれた看板が両方置かれている机に行き、座る。
一方霧島は『総司令官』と書かれた看板の椅子を引いた。
隊長、団長などと呼ばれることの多い霧島だが、正式な役職名は総司令官。ペルセウスの方針、職務、作戦の最終的な決断権を握る重要な役職だ。
だからこそ、まだ未成年の霧島が総司令官に就くのは異例中の異例で、それ故彼女のことを面白くない存在としているペルセウスも少数ながら存在する。
逆に言えば、少数しかいないということは彼女は未成年ながらペルセウスの大半に納得される総司令官だということになる。
とはいえ、実際霧島自体が嫌いなわけではないが別の存在をペルセウスの長としている勢力もいる。今回の議題の中心となるのはその勢力の一部だ。
予想より遥かに早く集まった13人のペルセウス。それぞれ各部署の最高権力者である。
調査隊。
物資調達課。
情報課。
対人課。
対人外課。
武具製作課。
環境課。
時間軸課。
新人教育課 。
管理課。
依頼受注課。
警察管理課。
ペルセウスはかなり細かく役職が分類されている。昔はもう少し部署が少なかったが、霧島が総司令官、矢野が副総司令官となってからペルセウス内の改革を行い、部署を細かくした。
なんなら食料調達を専門とした部署、ペルセウスに来た殺戮以外の依頼を更に細かくした部署、果てはアルタイルの支援を目的とした部署を作るような声も上がっている。
所属人数が6500万人いる今のペルセウスでも、人手不足に悩まされているのだ。
「予定より少し早いですが、緊急会議を開始します」
霧島は椅子から立ち上がり、全員に伝わるように声を上げた。
「今回の議題を、東間さんお願いします」
霧島にそう言われて立ち上がったのは『情報課』の男。30代前半のような爽やかな男性で、黒いスーツ姿がよく似合っている。
「今回提示した議題は、今日ペルセウス内を騒がせているあの団体…………他でもない"ロストチルドレン"の話です」
知っていたかのように誰も表情を変えず、重苦しい空気が漂った。
「事の発端は先週金曜日、アルタイル達との模擬戦後に起きた出来事です」
東間は机の上の資料を左手に持ち、右手を背中に当てた。
「模擬戦終了後、霧島総司令官と矢野副総司令官はペルセウスに帰還。山本新人教育課長がReplicaをシャットダウンした直後、模擬戦の戦場に1人のペルセウスが現れました。彼は自らをロストチルドレンと名乗りアルタイルと交戦。その時は見事アルタイル側がロストチルドレンを殺害しました」
東間は資料を置いた。
「しかしロストチルドレンは団体で、1人だけではありません。すぐに次のロストチルドレンがアルタイルやペルセウスを襲うかも知れません。早急に対処しなければ、被害は大きくなる一方です」
矢野はその単語を聞き逃さなかった。
「待ってください。被害は大きくなる一方って事は……………………」
東間は頷いた。
「先程、本当につい先程です」
一同は戦慄した。
「ロストチルドレンによる、最初の被害者……………………いえ、最初の死亡者が現れました」
霧島の顔色が変わった。
「そう…………ですか」
霧島はスッと立ち上がり、宣言した。
「ロストチルドレンの目的はアルタイルの殲滅、つまり、今のペルセウスの改革だと聞きました。私としては、たとえ対立していたとしても彼らの勇気と覚悟は美しいものであり、それを否定することはできない…………と考えていましたが」
今この瞬間まで優しかった声は、
「撤回いたします」
低く強い声に変わった。
「仲間を裏切るようなゴミは我々ペルセウスには不必要です。今ここで、ペルセウス総司令官の名の元に、ロストチルドレンの虐殺作戦を開始します」
「虐殺…………あまり穏やかではないですね」
対人外課の女性が手を組みながら言った。
霧島は終始目を細めて返した。
「当然です。ペルセウス内にはびこる害虫は1匹残らず駆除しなければなりませんから」
仲間を裏切るなら容赦なく殺す。自分の害になるなら躊躇なく殺す。この残忍さこそが霧島を総司令官までのしあげたものなのかも知れない。
「我々としても、総司令官の意見には乗るつもりですが…………気をつけたほうがいいかと思います」
「と、言いますと?」
「ロストチルドレンはペルセウスの革命を目標としています。今の霧島総司令官の運営に納得がいかない、もしくは、昔の運営に戻りたいと願う者たちの集まり、それがロストチルドレンです。つまり霧島さん、あなたは今この瞬間ペルセウスの50%を同時に敵に回したのです」
霧島はふうっとため息をついた。
「つまり、『オルフェウス派』は全てロストチルドレンになる可能性があると」
「はい、そうなります。これはただの裏切りではありません。『霧島派』と『オルフェウス派』の全面戦争です」
霧島派とオルフェウス派。
ペルセウス内で生まれたこの言葉は、自分がペルセウスにおいて最も重要なものは何かを示すのと変わらない。
霧島派は、今の霧島の運営に従い世界の秩序を守りつつアルタイルに協力し、世界の再構築を目指そうというペルセウス達を指す。
対するオルフェウス派は、昔のオルフェウスによる運営に近い形に戻し世界の秩序を守り続け、これ以上世界を破壊しないとした、反アルタイルとも呼べるペルセウス達を指す。
ペルセウス内で真っ二つに分かれているこの2つの勢力、もちろん今会議に参加している者達は総じて霧島派で、それどころか各部署の上位に君臨するペルセウスも大半が霧島派だ。
しかし、現にペルセウスの半数はオルフェウス派。3250万人は霧島の敵となる可能性がある。それでも彼女は断言した。
「関係ありません。もしロストチルドレンに協力しようものなら、私はアルタイルの力を借りてでもオルフェウス派を殲滅します」
霧島は机を強く叩いた。
「私がいる限り、革命なんて起こさせません」
霧島の目に宿る炎は蒼く、強く、そして美しく輝いていた。




