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5章21話『夢やぶれて』

 風が吹いた。強い風が辺りを駆け抜けた。

 しかしそれは拓海の能力による風ではない。

 ヒロキの命懸けの特攻による爆風だ。

 同時に、ヒロキを中心とした草原一帯に炎が上がった。

 バチバチと燃える炎、空気を白く塗りつぶす煙。そして植物の焼け焦げた匂い。

 それら全てがヒロキの決断に拍手を送っているようだった。


 シュルバには、どうしても確認しなければならないことがあった。

 彼女は内ポケットからスマホを取り出し、大急ぎで数字を入力して、それを耳に当てる。


「クロノス様!そっち、ヒロキいますか!?」


「…………えぇと、はい。今来ました」


 最高管理室の本棚を漁っていたクロノスはヒロキの転生をいち早く確認した。


「良かった…………」


 シュルバはホッと胸を撫で下ろす。


「どうしたんですか?いきなり」


「それについては後で説明します。とりあえず私達も帰りますね」


 シュルバはすぐに電話を切り、考え始めた。


「普通に死んだだけなら、本当の意味で殺されはしないのか……………………」


 シュルバは顎に手を添えて考えた。


「私達を殺す方法…………一体何なんだろう?」


「どしたの?シュルバっち。敵も倒したし、帰ろ!」


 アリスに促されたシュルバ。

 これ以上考えても仕方ないか、と無理やり打ちきって帰ろうとしたその時。


 またも風が吹いた。


「うわ〜…………マジか……………………」


 シュルバはあからさまに嫌そうな顔をした。


「この程度で……死んで溜まるかッ!」


 風の奥から煙を押し退けて現れた拓海は全身を風に護らせながらそこに立っていた。


「風の鎧で爆発を避けたってとこか。なかなか面白いじゃん♪」


「ふざけた口聞けるのも今のうちだ。すぐにお前も、あの男の二の舞にしてやるよ」


 アリスは焦りからか、拓海に向かってサブマシンガンを連射する。ガガガガガと揺れる彼女の銃は悲鳴を上げているようにも見える。

 それもそのはず。銃弾は拓海の風の鎧に弾かれ1つも当たらないまま、拓海本人は動いてすらいないのだから。


「そんな……………………」


 銃口からカチッカチッと腑抜けた音が響く。何十発とあった弾を打ち尽くしたのだ。


「あの鎧…………並大抵のもんじゃねぇな」


 少し離れた場所からレイナとルカに支えられてなんとか立っているアルト。彼の目にも、風は恐ろしいものとして写っていた。


「まだ、勝負は始まっていない」


 拓海は手のひらを強く開く。そしてそこにピッタリとフィットするように白い弓が現れた。まるで霧島の光の力のように。


「ロストチルドレンNo.1の天才が開発した、霧島葵の力を擬似的に再現する武器・エンジェルボウ。天使と呼ばれた天才的な鷹を光として圧縮するという荒業だ」


 拓海はそう言いながら、同じく擬似的な光の力で生み出した矢を炎で炙る。


「そしてこの弓は…………」


 火のついた矢を装填した弓を思いっきり引き絞る。


「音速を超える」


 弦が手から離された。弓を放つ時の小さな音は、弓がアルタイルの所に到着するより遅く拓海の耳に届いた。


「…………なんだと!?」


 音の速さを超える矢。

 それはシュルバの手の中で留まっていた。


「音速を超える、ねぇ。まさに光の力って感じだね♪」


 シュルバはあと数cmで自分の腹を食い破る矢を刮目しながら笑顔を見せた。

 もっとも、目だけは恐怖に怯え、少しも笑っていないが。


「なぜ…………矢を掴めた!?」


 うーんと悩むシュルバ。


「才能?なんてねっ」


 一見かわいらしい台詞にも聞こえる。

 が、音速以上の速さを叩き出すものを素手で掴んだのだ。

 矢を射った側としては、恐怖しかない。


「クソッ……………………ならば!」


 拓海は両手を真横に広げた。真っ直ぐと伸びた両腕には木の葉がぐるぐると回っている。風が吹いている証拠だった。


「このまま…………風でアイツを引き寄せる!」


 両腕がビュービューと叫んでいる。彼の覇気の表れでもあり、彼の勇気の表れでもある。

 彼は必死だ。世界を守るのに必死だ。大切な人を守るのに必死だ。全ての人の夢を守るのに必死だ。

 だから、世界を壊そうとするアルタイルは許せない。世界を作り直すなんてことは許さない。

 彼なりの、正義だった。


「…………聞こえてるんだよなぁ〜」


 シュルバは拓海が必死すぎる故に声が大きくなってしまう事に、敵ながら可愛いという感情が湧いた。


「備えあれば憂いなし…………ってね」


 だからこそ、涙を誘ってみたかった。


 彼の手が動き出した瞬間、シュルバはそれを取り出した。スプレーの形をしたそれはプシューと音を立てて気体を放出する。

 拓海はシュルバをその気体ごと引き寄せてしまった。


「やっほ!ロストチルドレンさん♪」


「やっと捕らえたぞ、アルタイル!」


 完全に対となる発言をする両者。互いの距離はほぼ0に等しく、現にお互いの肌が触れていた。


「えへへっ会えて嬉しいよ♪」


 シュルバはそのまま拓海に抱きついた。

 風の鎧はどうやら人間には作用しないらしい。人を傷つけてしまっては拓海本人も死んでしまうからだろう。


「なっ……ちょっ………………!」


 拓海は顔を真っ赤にしてもがいた。

 女性特有の優しい香りが鼻腔をくすぐり、豊満な胸が拓海に押される。

 細い指先も拓海の背中をしっかりと掴み、離そうとしなかった。


「うぅ…………うわっ!?な、なんだこれ!?」


 拓海の目を刺激したもの。彼はそれを認識できなかった。

 よくわからないけど、目がすごく痛い。目が開けない程に痛い。しかも理由はわからない。

 未知というものの恐ろしさを改めて体験した。


「あ〜……結構強いねコレ」


 シュルバは『催涙スプレー』と書かれた缶をそっとしまった。


「お、おい!お前は目を開けられるのか!?な、なんで!?」


「そりゃまぁ…………根性、みたいな?」


「は、はぁ?」


「この程度でうろたえるほど、私の意志は弱くないの♪」


 そう、彼女は本当に根性だけで目を開けている。

 この催涙スプレーは軍隊が使うような強力なもの。そう簡単に、というかそもそも目が開けられない。

 しかし彼女はそれを開けている。意志と覚悟だけで。


「お前……一体何者なんだ?」


「さぁ?何だと思う?」


 シュルバはナイフを手に持った。


「3……2……1……時間切れーっ!」


 ナイフは拓海の首を真っ二つにした。


「さてと!」


 シュルバはまた電話をかけ始めた。


「ん?どうしたシュルバ」


「あぁ、アルト。ねねアルトってさ、肉体を完全に乗っ取らないで魂だけを与えるみたいな事ってできる?」


「…………まぁ、できなくは無いだろうけど」


「やってやってー!ロストチルドレンに!」


「……わかった。すぐ取り掛かる」






「あれ…………生きてるのか?俺」


 拓海はゆっくり目を開いた。と、同時に自分が死んだことを確信した。

 それもそうだ。目の前に首から下だけの自分がいるのだから。


「あ、おはよー!」


 シュルバは楽しそうに笑う。その無邪気な笑顔さえ、拓海には恐ろしく見えた。


「あー、挨拶返してくれないんだー。冷たいなー」


「お、おい。さっきから何のマネだ?俺、今どうなってんだ?これからどうなるんだ……!?」


 シュルバは拓海の体の横に立ち、ナイフを構えた。


「ねぇ…………初めて会ったときの事、覚えてる?」


 まるで恋人のように語りかけるシュルバ。言うまでもないが、拓海は混乱している。


「あの時のあなた、すごーっくカッコよかったよ♪」


 シュルバはそう言いながら、


 拓海の胸にナイフを入れた。


「なんかまるで、正義のヒーローみたいでさ。世界を守る勇者!みたいな?」


「お……お、おい、ややめろ!」


 ぱっくりと開かれた体。肋骨と肺が剥き出しになり、シュルバの手とナイフとは血で真っ赤に染まっていた。


「確か…………そうそう!『この心臓に誓って!』だっけ?」


 シュルバは肋骨を横に無理やり開き、肺を引きちぎった。その奥の心臓は、まだドクドクと脈を打っている。アルタイルの番号を持つだけあって凄まじい生命力だ。


「それってさ〜…………」


 シュルバは拓海の胸の中に手を突っ込んだ。


「この心臓?」


 ブチブチブチッ!と筋が切れる音。シュルバが手を引くと共に拓海の心臓が空気に触れた。

 ありとあらゆる場所から血を吐くそれをシュルバは拓海の目の前に持ってきた。


「う……ぅわあああアアア!!!」


 逃げようにも逃げられない。彼は首だけなのだから。


「この心臓に、拓海の夢とか希望とか、ぜーんぶつまってるんだよねっ♪」


 シュルバは心臓を握る手の力を強めた。

 今にもはち切れそうになっている心臓を見た拓海は、全てを察した。

 彼女には、どんな希望も通用しないということ。希望は絶望には勝てないということ。

 そして自分の信じた夢は、絶対に叶えられないということ。




 拓海の心臓は、シュルバの手の中でグチャリと音を立てて潰れた。

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